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外伝(ミラフィス編) 一日限定、恋人未満の恋人期間④

「あ、いや……その、まあ、うん……付き合って、る……的な?」

 

 しどろもどろ。目が泳ぎ、声が裏返り、挙動不審の極みだった。

 常日頃の姉のクールな振る舞いを知る妹にとって、こんな分かりやすい反応は答えを言っているも同然だ。


 セラミィは一度大きく頷いてから、探偵が推理を披露(ひろう)するように人差し指を立てた。

 

「お姉ちゃんのことだから——自分から告白したんだよね?」

 

 ズキン、と。見えない矢がミラフィスの胸に突き刺さった。

 

「でも、ちゃんと返事は聞いてないよね?」

 

 ズキン、ズキン、と。二本目、三本目の矢が容赦なく追い打ちをかける。

 

「それで、自分からはっきり聞く勇気が出なくて、曖昧なまま引き下がったんでしょ? それか未来に先延ばしして保留にしたか、ってとこ?」

 

 既に致命傷だった。

 ミラフィスはゆっくりとその場にしゃがみ込み、両手で頭を抱えた。

 

「……何で分かるの」

「だってお姉ちゃん、普段はしっかりしてるけど、そういうところは優柔不断で小心者じゃん」

 

 容赦がない。的確すぎて反論の余地がない。

 セラミィはしゃがみ込んだ姉の頭をぽんぽんと叩きながら、少しだけ声のトーンを落とした。

 

「でもさ、あの子、お姉ちゃんのこと嫌いな顔してなかったよ? むしろ、めちゃくちゃ楽しそうだった」

「……ほんと?」

「うん。だから、大丈夫だと思うよ」

 

 妹の言葉に、ミラフィスはゆっくりと顔を上げた。

 セラミィは満足そうに頷くと、立ち上がってスカートの(ほこり)を払う。


「よーし、確認完了! 戻ろっか!」

 

 建物の陰から出ると、アルトは通りの縁石に腰掛けて待っていた。

 二人が戻ってきたのに気付いて立ち上がる。

 

「お待たせしましたっ!」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 穏やかに微笑(ほほえ)むアルト。

 セラミィはその笑顔を見て、悪戯を思いついた子供のような表情を一瞬浮かべた。


 そして——するりと、アルトの腕に自分の腕を絡ませた。

 

「ねぇねぇ、アルトくん、お姉ちゃんとは、どんな関係なんですかっ?」

 

 甘えた声。ぎゅっと腕を抱え込む仕草は、姉よりもよほど大胆だった。

 

「ふふっ、セラミィさんは何だと思います?」

 

 アルトは動揺することもなく、落ち着き払った顔で笑うだけだ。振りほどきもしない。

 その光景を見た瞬間——ミラフィスの胸の奥で、何かがきゅっと締まった。


(「……痛い」)

 

 心臓が、ズキズキと脈を打つ。先ほど、セラミィに痛いところを突かれた時のそれとは違う。


 嫉妬だ。これは、紛れもなく——嫉妬。


 妹に対して、こんな感情を抱いてしまうなんて。

 でも、それが紛れもない本心だった。

 アルトの隣にいるのが自分じゃないことが、こんなにも苦しい。

 

(「好き、なんだ。ウチは、本当に、アルトのことが——」)

 

 気付いた時には、身体が勝手に動いていた。

 つかつかとアルトに歩み寄り、セラミィの腕を引き剥がす。そのまま、アルトの手首を掴んだ。

 

「アルト、もう行くよ!」

 

 有無を言わさぬ声。

 先輩としての、いや、それ以上の何かを込めた力強い宣言だった。


 アルトは一瞬目を瞬かせたが、すぐにいつもの柔らかな笑みに戻る。

 

「はい、ミラフィス先輩」

 

 引っ張られるまま歩き出す二人の背中を、セラミィは買い物袋を揺らしながら見送った。


 ミラフィスが一度だけ振り返る。

 その目が合った瞬間、セラミィは声を出さずに、唇だけを動かした。


 ——お姉ちゃん、頑張って。


 ミラフィスは前を向き直して、ぎゅっとアルトの手首を握る力を強めた。胸の奥が熱い。泣きそうなのか、笑いたいのか、自分でもよく分からない。


 ただ、一つだけはっきりしていることがある。

 

(「ウチが、もっと勇気を出さなきゃ」)

 

 あのボイスメッセージの答えを、いつまでも保留にしたままではいられない。

 自分は一度、怖くて逃げた。でも、次こそは、逃げたくない。

 

(「そうだよ、ウチは先輩なんだから。もっと堂々と、お姉さんらしく、主導権を握る感じで、そうすれば——」)

 

 脳内でシミュレーションが始まる。さりげなく腕を組む。そこから自然に肩を寄せて。話題を振って、いい雰囲気になったところで——


 妄想が佳境に差しかかった、その時だった。


 背後から、けたたましい排気音が裂いた。

 導力バイクだ。道幅の狭い裏通りを、明らかに速度超過で突っ込んでくる。


 エンジンの唸りが一瞬で至近距離に迫り、風圧が髪を巻き上げた。

 

「危なっ——」

 

 ミラフィスが反応するより早く、アルトの腕が彼女の腰に回された。

 引き寄せられる。ぐっと、強く。


 小柄な身体のどこにそんな力があるのかと思うほどの引力で、ミラフィスの身体がアルトの胸元に引き込まれた。


 導力バイクが轟音と共に脇を通過していく。

 排気の熱が肌を掠め、すれ違いざまの風がポニーテールを大きく煽った。

 

「大丈夫ですか、先輩」

 

 低く、落ち着いた声。

 守るように回された腕の力は小柄な体躯には似合わないほどに強いのに、声だけは普段と変わらない。


 ミラフィスは顔を上げた。

 近い。アルトの顔が、すぐそこにあった。


 桃色の髪が風で乱れて、額にかかっている。

 少女のように端正な輪郭。

 でも、その目だけは妙に大人びていて、不思議な引力を持っている。


 至近距離。吐息が触れるほどの。


 先ほどまでの思考——主導権を握る。お姉さんらしく。堂々と。


 全部、一瞬で吹っ飛んだ。

 

「あ——」

 

 声にならない声が漏れる。

 顔が沸騰するように熱くなる。

 心臓が耳の裏で暴れている。

 視界がぐるぐるして、まともに立っていられない。

 

「危ない運転する人もいるものですね。怪我はないですか?」

「……だ、だいじょぶ」

 

 辛うじて絞り出した返事。

 膝がぷるぷると笑っているのを悟られまいと、必死に踏ん張る。


 ——と、その時だった。

 離れかけたアルトの手が、不意にミラフィスの肩口に伸びた。


「ちょっと、じっとしてください」


 え、と声を上げる間もなく、アルトの指がミラフィスの耳元に触れた。ぽさぽさに乱れたポニーテールの、ちょうど付け根のあたり。

 何かが、髪に留められる感触。

 金属の、小さな——。


「……な、何して」

「はい、完成」


 アルトが半歩引いて、満足そうに目を細めた。


 ミラフィスは恐る恐る手を上げて、自分の髪に触れた。指先に当たる、冷たくて小さな感触。


 花弁の形をした、繊細な細工。


 心臓が一拍、大きく跳ねた。


「これ……さっきの店の……」

「先輩、ずっと見てたでしょう。似合うと思ったので」


 あっさりと言ってのける。

 まるで道端の花を摘んで渡すような、何でもない口調で。

 

 いつの間に買ったのか。

 ミラフィスが店内を見ていた隙に?


 胸の奥が、きゅうっと甘く(きし)む。

 嬉しい。嬉しいのに——


「……ウチには似合わないって」


 ぼそりと呟いた。

 視線を落として、わざと不機嫌そうに唇を尖らせる。


「こういう可愛いのは、もっとこう……ああいう、ふわふわした女の子が付けるもんでしょ」


 さっき店で見た、フリルのブラウスの女の子たち。

 あちら側の人間が身につけてこそ映えるものだ。

 自分みたいなのが付けたところで、ちぐはぐなだけ。


 そう言い聞かせようとしたのに、外す手は動かない。

 指先がヘアピンの縁をなぞったまま、離れてくれない。


「似合うと思うんですけどねぇ」


 アルトは引き下がらなかった。

 むしろ、少し楽しそうですらあった。


 ひょいと手を伸ばして、ミラフィスの手を——ヘアピンを外そうとしていた指を、やんわりと押し返す。


「そのままそのまま」

「いや、でもさ——」

「ミラフィス先輩」


 名前を呼ばれて、反射的に顔を上げてしまった。


 アルトがまっすぐにこちらを見ている。

 その唇が、ゆっくりと弧を描いた。


「ほら、可愛いですよ」


 ——時間が、止まった。


 少なくとも、ミラフィスの体内時計は完全に狂った。

 顔面に一気に血が上る。

 耳まで、首筋まで、じわじわと熱が這い上がってくるのが分かる。

 視界の端がちかちかして、まともに焦点が合わない。


「か——っ、かわっ……」


 言葉が出ない。口がぱくぱくと動くだけで、音にならない。

 落ち着け。落ち着くんだ、ウチ。


 ——そうだ、ヘアピンのことだ。可愛いって言ったのは、ヘアピンのこと。ヘアピンが可愛い。そう言っただけ。そういう意味。うん、そうに決まってる。


 必死に理性を総動員して、そう結論づけようとした。


「そ、そう……だよね、ヘアピンが、可愛いよね、うん」


 声が裏返っている。自分でも分かるくらい不自然な相槌だった。


 アルトは答えなかった。

 代わりに、黙ったまま、じっとミラフィスの目を見つめた。


「——どっちだと思います?」


 どっち。ヘアピンのことか。それとも——


 ミラフィスの頭が、ショートした。


「〜〜〜〜っっ!!」


 声にならない悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。


 膝が砕ける。比喩じゃなく、本当にがくがくと笑って、その場にしゃがみ込みそうになった。


 アルトはそんなミラフィスを見て、くすっと小さく笑った。悪意のない、でもどこか確信犯的な笑み。


 それ以上は何も言わず、ただ穏やかに、ミラフィスが立ち直るのを、待っている。


(「うぅ、後輩のくせに……敵わないなぁ」)

 

 主導権を握るなんて、夢のまた夢だった。

 この後輩は、いつだってこうだ。何でもないような顔をして、こちらの心臓を鷲掴(わしづか)みにしてくる。

 意識すればするほど、距離を詰めれば詰めるほど、自分のほうが先に壊れてしまう。

 

「行きましょうか、先輩。まだ日は高いですよ」

 

 アルトがすっと手を差し出した。先ほどまで自分が握っていた手を、今度は彼のほうから。

 その自然な仕草が、どうしようもなくずるくて、どうしようもなく優しい。

 ミラフィスは深呼吸を一つ。赤い顔のまま、その手を取った。

 

「……うん」

 

 今日だけの、恋人未満の恋人。

 でも、いつかこの手を、ちゃんと自分の意思で——自分の言葉で繋ぎ直せるように。


 その日のために、もう少しだけ、勇気を貯めなくては。

【第2章-おまけパート完結:あとがき】


 ここまでお読み頂きありがとうございます!

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 第1部完結(250話予定)までノンストップで毎日投稿しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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