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外伝(ミラフィス編) 一日限定、恋人未満の恋人期間③

 * * *

 

 噴水広場を後にした二人は、ルーネスハーベンの目抜き通りへと足を向けた。

 手は、まだ繋いだままだ。ミラフィスのほうから離そうとしないし、アルトも離す気配がない。

 暗黙の了解のように、二人の指の温度がゆっくりと馴染んでいく。

 

「そういえば、どこに行くか決めてないですね」

「あ……そっか」

 

 ミラフィスは旧友たちとの合流しか考えていなかったらしく、完全に無計画だった。

 そわそわと視線を泳がせながら、空いたほうの手で金色の髪を(いじ)る。

 

「じゃあ、先輩の行きたいところで良いですよ」

「ウチの行きたいところ……」

 

 考え込むミラフィスの横で、アルトはさりげなく通りの両側を見渡した。

 休日の目抜き通りは(にぎ)わっていて、雑貨屋や飲食店の看板が(のき)を連ねている。

 

 店先を流し見るミラフィスの視線が、不意にひとつのショーウインドウで止まった。

 あれは、アクセサリーショップだろうか。

 その一瞬の停滞を、隣のアルトは正確に拾っていた。

 

「見て行きますか?」

 

 声をかけると、ミラフィスは慌てて視線を逸らした。

 

「べ、別に。そんなに興味あるわけじゃ……」

「ミラフィス先輩、目がキラキラしてましたけど」

「してない!」

「してました」

「……ちょっとだけ」

 

 渋々認めて、二人はアクセサリーショップに足を踏み入れた。

 店内は柔らかな照明に包まれ、壁一面のガラスケースに色とりどりの装飾品が並んでいる。


 ミラフィスは最初こそ遠慮がちに眺めていたが、次第に目の色が変わった。

 普段はクールを気取っている彼女も、こういう場所では年相応の女の子に戻るようだった。


 ひとつのガラスケースの前で、ミラフィスの足がぴたりと止まった。


 小さな花をかたどったヘアピン。淡い水色の花弁に銀の縁取りが施され、中央には雫型の小さな石がはめ込まれている。

 光の角度によって青にも紫にも揺れるそれは、店内の照明を受けてちかちかと(またた)いていた。


 ——可愛い。


 純粋にそう思った。ポニーテールの根元あたりに留めたら、きっと金色の髪によく映える。

 ミラフィスの指先が、無意識にガラスケースの縁に触れた。


 ——けれど、すぐに我に返る。


 店内に目をやれば、来客の大半は自分よりも華やかな装いの女性たちだった。

 フリルのブラウスにパステルカラーのスカート。柔らかな巻き髪。甘い香水。

 誰も彼もが、こういう店に似合う空気をまとっている。


 対して、自分はどうか。

 ギルドの隊服を脱いで、彼女たちが着ているような服に着替えたとしたら、どうか。

 

(「……ウチには、似合わない、よね」)


 普段からクール系(自称)で通している自分が、こんな繊細で可愛らしいヘアピンを「ください」とレジに持っていく姿を想像して——背筋がむずむずした。


 横目で他の客をちらりと見る。

 ちょうど隣のケースで、ふわふわのセミロングの女の子が「これ可愛い〜!」とはしゃいでいた。


 あの子みたいに素直に手を伸ばせたら、どんなに楽か。

 ミラフィスの視線が、もう一度ヘアピンに戻る。


 ——やめよう。


 ウチのキャラじゃない。

 そう結論づけて、未練を振り切るようにケースから一歩退いた。


 代わりに、何気なく隣に立つアルトの横顔に目がいく。

 桃色がかった髪を耳の後ろに流して、陳列棚のアクセサリーを眺めている。柔らかな照明が白い肌を滑って、長い睫毛に小さな影を落としている。


 ——ずるい、と思う。


 男のくせに、と言うのは(はばか)られるが、さっきすれ違った女の子たちと並べても、負けないどころか勝ってしまいそうなくらいに可愛らしい顔をしている。

 華奢(きゃしゃ)な指先がネックレスのチェーンをそっと持ち上げる仕草なんて、もう完全にそっち側の生き物だ。


 ウチよりよっぽどこの店に馴染(なじ)んでるじゃないか。

 そう思った瞬間、口から溜息が漏れた。


 隣でアクセサリーを見るアルトの横顔と、ガラスケースの中の可愛いヘアピン。

 どちらにも手が届かない自分がいる気がして、なんだか妙にもどかしかった。


「先輩、何かいいのありました?」

「んー……ウチはいいや。見てるだけで満足」


 嘘だ。全然満足じゃない。

 でも、ここで「あのヘアピンが気になる」と言えるほど、ミラフィスは素直にはなれなかった。


 アルトは「そうですか」と微笑むだけだったが、その視線がほんの一瞬、ミラフィスがさっきまで見つめていたガラスケースの方向をなぞったことに、ミラフィスは気付かなかった。


 少女のような顔立ちの奥で、何かを思いついたように、アルトの目がかすかに細まる。

 その表情は、すぐにいつもの穏やかな微笑みの下に隠された。


 数分後——


「じゃあ、そろそろ出ましょうか」

「うん、そだね」


 出口へ向かうミラフィスの背中を追いながら、アルトは一度だけ足を止めて、振り返った。


 店員の視線を捉えて、人差し指を唇に当てる。


 内緒ですよ、と言うように。


 * * *

 

 店を出て、しばらく歩く。

 次に立ち寄ったのは、通り沿いのカフェだった。

 テラス席に腰を下ろし、一人分には大きいフルーツパフェをシェアする。

 

「前から知ってましたけど、甘いもの好きですよね」

「う、うるさいなぁ……好きだけど、それが何よ」

「いえ、可愛いなと」

「——っ」

 

 ストローに口をつけたまま固まるミラフィス。

 頬がじわじわと赤く染まり、パフェのクリームよりも甘い空気が漂う。

 アルトは涼しい顔でアイスティーを(すす)っていた。

 

(「ああもう、本当にさらっとそういうこと言うんだから……」)

 

 心臓がうるさい。でも、嫌じゃない。

 嫌じゃないのが、また悔しい。

 

「アルトってさ、ウチ以外にもそういうこと言うの?」

 

 何気なく聞いたつもりだった。でも、声が震えていたのは自覚している。

 

「どういうことですか?」

「だから、その……他の女の子にも、可愛いとか、さらっと言うのかなって」

 

 パフェのフルーツを突きながら、顔を上げられない。

 

「ミラフィス先輩が特別、ってことにしておきましょうか」

「っ……その言い方がずるいっての……!」

 

 にっこりと微笑むアルトの顔を見て、ミラフィスは自分がまた手玉に取られていることを悟った。

 「特別」という単語が胸の中でぐるぐると回っている。

 スプーンで(すく)ったアイスクリームの味が、よく分からなくなった。


 * * *

 

 カフェを出て、再び通りを歩く。

 人通りの多い商店街を抜け、少し落ち着いた裏通りに差しかかった時だった。

 

「あれ——お姉ちゃん?」

 

 聞き覚えのある、明るい声。

 振り向くと、買い物袋を両手に提げた金髪ショートヘアの少女が、目を丸くして立っていた。

 

「セラミィ!?」

 

 ミラフィスの妹、セラミィ。

 パティスリーの材料を買い出しに来ていたらしく、紙袋からバターの香りが漂っている。

 

「やっぱりお姉ちゃんだ! わぁ、アルトくんも一緒!」

 

 セラミィの視線が、二人の手元に移る。


 ——繋がれたままの手に。


 にんまりと、花が咲くような笑顔が広がった。

 

「なるほどぉ……ちょっとだけ、お姉ちゃん借りていい!?」

 

 有無を言わさず、セラミィはミラフィスの空いたほうの腕を掴んで引っ張った。

 アルトに「すぐ返すから!」とウインクを残して、近くの建物の陰へと姉を連行していく。

 

「ちょ、セラミィ! 何するの!」

「いいからいいから!」

 

 建物の陰に入るなり、セラミィはミラフィスの両肩を掴んで正面から覗き込んだ。その目はきらきらと輝いている。

 

「付き合ってるの?」

「え」


 直球。ド直球の質問だった。

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