外伝(ミラフィス編) 一日限定、恋人未満の恋人期間②
「ちょ、えっ……!?」
「どこに連れて行くのか知りませんけど、案内してくださいよ。先輩」
澄ました顔で言い放つ。
ミラフィスは空いたほうの手で顔を覆いながら、小さく唸った。
「あ、アンタってほんと……」
振り払おうとはしない。ぎゅっと握り返す勇気もない。
中途半端に繋がれたまま、ミラフィスの手のひらだけがじんわりと熱を帯びていく。
「……こっち」
消え入りそうな声で方角だけを示す。
覇気の失せたつり目は頑なに前だけを向いて、絶対にアルトのほうを見ようとしなかった。
耳の先が、ポニーテールの隙間から覗いて真っ赤に染まっている。
アルトはそれを視界の端で確認しながら、何食わぬ顔で歩調を合わせた。
ルーネスハーベンの中央広場に差しかかった頃、ミラフィスの足取りが露骨に遅くなった。
噴水のある広場のベンチに、二人の少女が座っているのが見える。
「あ、いたいた! ミラフィスー!」
栗色のショートヘアの少女が立ち上がって手を振った。活発そうな笑顔と、よく通る声。
もう一人は長い黒髪を三つ編みにした少女で、控えめに手を振っている。
ミラフィスのギルドアカデミー時代の同期、そして現役の術式師だ。
「リンダ、レミーラ……久しぶり」
ミラフィスの声がわずかに強張る。
手を繋いだまま近づく二人を見て、リンダの目が輝いた。
「えっ、この子がミラフィスの彼氏くん!?」
遠慮のない声量。
ミラフィスの肩がびくりと跳ねる。
レミーラはアルトの顔をじっと見つめた後、ぽつりと呟いた。
「……かわいい」
「んね! めっちゃ可愛いじゃん!?」
リンダが食いつく。
アルトは桃色の髪に柔らかな笑みを浮かべたまま、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。アルトと言います」
「きゃあっ、礼儀正しい! ミラフィス、やるじゃん!」
リンダに肩をばしばしと叩かれ、ミラフィスは何とも言えない笑みで応じる。
「あ、あはは……まあ、ね?」
「でもさ、ミラフィスって男子には興味ないとか言ってたのに、いつの間に彼氏できたの? ギルドの人?」
「え、えっと、それはその……」
矢継ぎ早の質問に、ミラフィスの弁明がみるみる苦しくなっていく。
どうやって知り合ったのか、いつから付き合っているのか。
聞かれれば聞かれるほど辻褄が合わなくなり、助けを求めるようにアルトへ向けられた。
(「助けて……!」)
その視線を受けて、アルトは半歩前に出た。
ミラフィスの手を握ったまま、ごく自然に——まるで当たり前のことのように。
「ギルドで一緒に任務をしているうちに、仲良くなりまして」
嘘は吐いていない。
ただ、事実を都合よく繋げているだけだ。
「先輩のほうから積極的にアプローチしてくれたんですよ」
「ちょっ——!」
ミラフィスが声を上げかけるが、アルトの涼しい横顔に言葉を飲み込む。
嘘じゃない。嘘じゃないけど、言い方というものがある。
「えー、ミラフィスから!? あのミラフィスが!?」
リンダが目を丸くして、レミーラも珍しく声を上げた。
「意外……ミラフィス、積極的なんだ」
「ちがっ……そういうんじゃなくて……!」
「照れてるミラフィス、初めて見た」
レミーラが小さく微笑む。
その穏やかな観察眼が、かえってミラフィスの羞恥心を刺激した。
「あー、もう!」
それからしばらく、他愛のない会話が続いた。
リンダが彼氏との惚気話を繰り広げ、レミーラが時折ツッコミを入れ、ミラフィスは相槌を打ちながら生きた心地がしない時間を過ごす。
アルトは終始穏やかに微笑みながら、求められた「彼氏」の役割を完璧にこなしていた。
時折ミラフィスの髪に付いたゴミを取ってやったり、会話の合間にさりげなく飲み物を勧めたり。
その自然さが逆に、ミラフィスの心臓に追い打ちをかけていた。
「じゃ、ウチらはこの辺で! デートの邪魔しちゃ悪いもんね!」
リンダがウインクして立ち上がる。
「ミラフィス、幸せそうで良かった」
レミーラが静かに微笑んで、二人は手を振りながら去っていった。
その背中が人混みに消えるまで見届けてから、ミラフィスは盛大に息を吐いた。
肩の力が一気に抜け、膝が笑いそうになる。
「た、助かった……」
安堵に浸るミラフィスの耳元に、そっと声が忍び込んだ。
「これで良かったですか?」
アルトの吐息が耳を掠めて、ミラフィスの背筋に電流が走った。
振り向けば、悪戯っぽく目を細めた後輩の顔が、すぐそこにある。
「ひゃっ……! ち、近いっ!」
慌てて距離を取り、ミラフィスは乱れた呼吸を整えながら咳払いした。
「彼氏役をしてほしいんだったら、最初からそう言えばいいのに」
「ご……ごめんって。もう、帰っても大丈夫だから……ね?」
謝りながら、繋いでいた手を離そうとする。
離れない。アルトの指が、するりと絡みついたままだった。
「ミラフィス先輩」
「な、何?」
「デート、もう終わりで良いんですか?」
静かな声。からかいの色を帯びた、でもどこか真剣な声音。
ミラフィスの思考が一瞬フリーズした。
「え……だって、もう用事は……」
「今日、休暇でやることないんですよね」
アルトは暇があれば休暇でも任務に出撃したり、演習場で自主訓練をしているような人間だ。
そんな彼が、何食わぬ顔で言い放つ。まるで最初から、こうなることを分かっていたかのように。
ミラフィスは口をぱくぱくさせた。顔が熱い。頭の中が真っ白になる。
何か気の利いた返しをしなければいけないのに、出てくるのは意味のない母音ばかりだ。
「それじゃあ、続き、行きましょうか」
アルトは握った手をわずかに引いて、噴水広場の先へ歩き出した。
ミラフィスは赤くなった顔を俯かせたまま、小さく——本当に小さく、呟いた。
「……うん」
その声は、春風に紛れてアルトの耳にだけ届いた。




