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Code:088 晴天②

「そういえばさ、鉱山はあの後どうなったの?」

 

 ミラフィスの問いかけに、アルトは思案するような表情を浮かべる。

 自分たちが病院に運ばれた後の出来事は断片的にしか聞いていないからだ。

 それでも、知っている限りの情報を整理しながら答えていく。

 

「詳しくは知りませんが、第一区画から第三区画まで、全部崩落しちゃったみたいですね」

「……鉱夫さんたちは?」

「僕と一緒に出口まで行った人たちは、全員無事ですよ」

「そっか、流石はアルト。でも、鉱山が崩落したのなら、あの人たちの仕事、無くなっちゃうんだね」

「ああ、それなら、大丈夫だと思いますよ」

 

 アルトはDOC(ドック)に届いたメッセージを表示させた。

 送り主は、今回の依頼主でもあるザイル本人。

 そこには、長文で感謝のメッセージが(つづ)られていた。

 

「崩落後の現場検証中に、新たな鉱脈が複数発見されたそうです。そこでは今まで以上に良質な耀魔鉱(マゼライト)が採れるらしくて、復旧作業が終わり次第、すぐにでも採掘を開始したいんだとか」

「すごいね、そんなラッキーなことがあるんだ」

「『あなたたちのおかげで大儲けだ!』って、お礼の品まで送るって書いてありました」


 二人は顔を見合わせて、小さく笑った。

 結果として転がり着いた先は、思いのほか悪くない場所だったらしい。

 運命というのは、本当に分からないものだ。


「あれ、よく見たらもう一件来てる。ボイスメッセージか……って、ミラフィス先輩か」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミラフィスは急に何かを思い出したような顔になり、表情が凍った。

 数秒の間。それから血液が一気に顔面に押し寄せるように、白い頬が見る見るうちに(あか)へ染まっていく。

 瞳の焦点が定まらず、視線があちこちに逃げ回り始めた。

 

「それってもしかして、あの時の……」

 

 採掘場で絶体絶命の状況に陥った時、ミラフィスは最後の最後にアルトへボイスメッセージを送っていた。

 死を覚悟した状況で、普段なら絶対に口にしないような内容を、心の奥底に押し込めた感情の赴くままに。


 その内容は——

 

「再生しますね」

「ダメぇぇぇっ!」

 

 傷だらけの身体のどこにそんな瞬発力が残っていたのやら。

 アルトが再生ボタンをタップしようとした瞬間、ミラフィスは凄まじいスピードで彼の手を(つか)み、画面から引き()がした。

 

「ちょ、何するんですか!」

「い、いいから! それは忘れて! なかったことにして!」


 必死の形相でDOC(ドック)を奪い取ろうとするミラフィスと、困惑しながらも器用に(かわ)すアルト。

 二人の攻防は、まるで幼い子供の喧嘩のようで——

 

「なんでそんなに必死なんですか」

「うるさい! とにかく渡して!」

「へぇ、ますます気になりますね」

「ダメっ、これは先輩命令っ!」

 

 包帯のせいで器用に動けないアルトの隙をついて、ミラフィスはDOC(ドック)の画面に指を滑らせ、素早く操作する。

 慣れた手つきで階層を潜り、目的のデータに辿(たど)り着く。

 

『ボイスメッセージを削除しました』

 

 画面に浮かんだ無慈悲な一文を確認した瞬間、ミラフィスは大きく息をついた。

 へなへなと力が抜けて、その場にしゃがみ込む。


「何やってるんですか、職権乱用ですよ?」

 

 ミラフィスは送ったメッセージの内容を思い出したことによる気恥ずかしさと、一度は送ったくせに隠そうとする中途半端さに居たたまれなくなったのか、小柄なアルトの顔を自分の胸に押し付けて、黙らせるように再び強く抱きしめる。

 

「この内容は……いつか、ウチの口から、ちゃんと伝えるから」

 

 頭の上から降ってきたその言葉に対して、胸元からくぐもった笑い声が漏れた。

 

「何よ、急に笑って」

「いえ、ミラフィス先輩って本当に素直じゃないなって思って」

「は? どういう意味?」

 

 ミラフィスが頬を膨らませると、アルトは少し意地悪な笑みを浮かべ、顔を上げた。

 まるで何か秘密を知っているような、そんな表情で。

 

「実は、もう聞きました」

「へっ!?」

「ウチは、アンタのことが……って」

「ああああああっっっっっっ!」


 時間が止まった。

 直後、ミラフィスの顔面に過去最高の熱量が殺到した。

 頬から耳たぶまで、逃げ場なく真っ赤に染まる。

 

「き、聞かなかったことにしてっ!」

「どうしてですか? せっかく送ってくれたのに」

「だから、それは……その時は、もう会えないかもしれないって思って……」

 

 尻すぼみになっていく語尾。目が泳ぎ、指先が所在なさげに自分の袖口をいじる。

 しどろもどろのミラフィスを見つめるアルトの瞳は、穏やかだった。

 

「分かりました。ミラフィス先輩が直接言ってくるまで、待つことにします。もう内容知ってますけど」

 

 最後の一言は余計だ。絶対に分かっていて付け加えている。

 怒る気力すら奪われた。こんな年下の少年に、手のひらの上で転がされている自分が、途方もなく情けない。

 

「……ずるい」

「何がですか?」

「アンタ、絶対分かってて言ってるでしょ」

「さあ、どうでしょうね」

 

 茶目っ気たっぷりにアルトが笑う。

 その表情は、いつもの猫を被った姿とは違う、どこか大人びた素の部分が(のぞ)いているようだった。

 

「もう! とにかく、今日のことは忘れて! ウチが泣いてたことも、メッセージの内容も、全部!」

「どうしよっかなぁ」

「先輩命令!」

「拒否しまーす」

 

 生意気な返答だった。

 ミラフィスが(にら)むように顔を上げると、アルトは真っ直ぐな瞳で見つめ返してきた。

 

「だって、ミラフィス先輩の新しい一面が見られて、嬉しかったですから」

 

 返す言葉が、出てこなかった。

 喉の奥がきゅっと詰まって、代わりに胸の内側で何かが温かく溶け出していく。

 理由の分からない熱が、じわりと広がった。

 

「……バカ」

 

 オープンテラスに吹く風が、二人の髪を優しく揺らす。

 病院の喧騒も、今はどこか遠い世界の出来事のように感じられた。


「そろそろ、戻ろっか」

「仕方ないですね」

「なんで不服そうなのよ……」

「ベッドの上は退屈なので」

「そ、それじゃあさ、もうちょっと、一緒にここにいる?」

「そうしたいのは山々ですが……ほら、あそこ」

 

 自販機の陰から顔を(のぞ)かせると、殺気にも似た気配を放つ看護師たちが血相を変えて待ち構えていた。

 これ以上逃げ隠れするのは、どうやら難しそうだ。

 

「見つけた! 二人とも、すぐにベッドに戻りなさい!」

「傷が開いたらどうするの! まったく、これだから術式師(コーディアン)は……」

 

 悪戯がバレた子供のように顔を見合わせて、くすくすと笑う。

 これから受けるであろう長い説教を覚悟しながら、それでも二人の表情は晴れやかだった。


 * * *


 光の届かない地下室に、膝をつく人影があった。

 顔を覆う無貌(むぼう)の仮面が、デバイスから投影される光を鈍く反射している。

 通信相手の姿は映し出されない。闇の中に声だけが降りてきた。

 

「定例報告を」

 

 低い声だった。

 低いだけではない。有無を言わさぬ圧が、言葉の一つ一つに織り込まれている。

 仮面の人物は(うやうや)しく頭を垂れた。

 

(かしこ)まりました、オルトディラン様。耀魔鉱(マゼライト)採掘場での実験は、概ね成功と言えるでしょう。特殊実験体のデータは全て収集しました」

「返り討ちにされたのに、か?」

 

 声の温度が一段下がる。仮面の下で、息が詰まった。

 

「申し訳ございません。予想外の変数が……」

「言い訳は不要だ。詳細を述べろ」

「現場に居合わせたのはランクBの術式師(コーディアン)、ミラフィス・フロレンシア。彼女一人であれば、計画は完璧に遂行されていたはずだったのですが……」

「それで?」

「現場に桃色の髪をした少年が居合わせました。彼の介入により、計画に狂いが生じたようです」

「桃髪の少年……術式師(コーディアン)か?」

「恐らくは」

「ふむ」

 

 しかし、オルトディランと呼ばれた男の声に、特別な関心は感じられなかった。

 

「各地の同胞たちからも似たような報告が届いている。皆、『予想外の変数』とやらに振り回されているようだな」

 

 皮肉めいた口調に、仮面の人物はさらに深く頭を下げた。

 

「しかし、オルトディラン様。実験そのものは順調に進行しております。次の段階へ移行する準備も……」

「ああ、そうだな」

 

 思案するような間。暗闇の向こうで、何かを秤にかけている気配。

 

「次の実験では、————を前線に投入しろ。————の実用化が、最優先事項だ」

「承知いたしました。では、あの桃髪の少年については?」

「放っておけ。所詮は子供だ」

 

 関心を払う価値もない——そう言わんばかりの素っ気なさだった。

 仮面の人物は無言で(うなず)く。

 

「次の実験は?」

「詳細は追って伝える」

 

 通信が途切れる寸前、声が付け加えた。温度はそのままに、しかし明確な重みを帯びて。

 

「失敗は許されない。分かっているな?」

「はっ……!」

 

 光が消えた。

 デバイスの残光すら呑み込むように、闇が部屋を満たす。

 仮面の人物は音もなく立ち上がると、影に溶けるようにして地下室を後にした。

 

 一方で——


 豪奢(ごうしゃ)な室内で、オルトディランは通信デバイスを卓上に置くと、ゆっくりと椅子から身を起こした。

 窓の外には夜の(とばり)。遠くの街灯が散り散りに瞬いている。

 差し込む月光が室内に影を落とし、その淡い光の先に——白い鬼面(きめん)が、静かに鎮座(ちんざ)していた。

 

「桃髪の少年、か」

 

 何気ない独白のはずだった。

 しかし、口にした瞬間、自分の中で何かが引っかかった。

 思考の歯車が一つ、噛み合わないまま空転する。

 

「まさか、な……」

 

 低く(つぶや)きながら、白い鬼面(きめん)を手に取った。

 月光を受けた面が、まるで(わら)うように輝く。

 指先に伝わる冷たい感触が、あの日の血の温度を呼び覚ますかのようだった。

 

 古い記憶を手放すように、鬼面を元の場所に戻す。

 

 月光の角度が変わったのか、先ほどまで(わら)っていたように見えた鬼面は、もう何の表情も浮かべていない。

 自らの影を踏み越えるようにして、オルトディランは闇の奥へと歩を進めた。

 

 過去の亡霊が、静かに動き始めていた。

【第2章-②完結:あとがき】


 ここまでお読み頂きありがとうございます!

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 第1部完結(250話予定)までノンストップで毎日投稿しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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