表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/202

Code:083 無我の一閃②

 あの忌まわしき感覚が、再び全身を支配する。

 

 支配領域が、再展開されたのだ。

 

 しかも以前とは比較にならないほど強大に、より広範囲に。

 

「くっ……!」

 

 よろめきながら、ミラフィスは素早く後退した。

 支配領域の境界線を見極め、ぎりぎりのところでその影響圏から脱出する。

 

 だが、安堵(あんど)する間はない。

 暴走状態に移行した上位個体。その戦闘能力は、もはや別次元のものと化している。

 

 強化された支配領域が再展開された今、迂闊(うかつ)な接近は即座に死を意味するだろう。

 次々と飛来する光と闇の弾幕を術式槍(ランスコード)で払いのけながら、思考を巡らせる。

 

(「あと一撃……確実な一撃さえ与えられれば」)

 

 外殻を失った今、防御力は格段に低下しているはずだ。

 問題は、その一撃をどう与えるか。


 遠距離からの術式(コード)を使おうにも、威力が低いものは弾幕に阻まれて届かず、威力が高いものはそもそも構築する余裕がない状況だ。

 かといって接近すれば、支配領域の餌食となる。

 

 客観的に見れば、追い詰められたとしか言いようのない状況だった。

 

「アルト……」

 

 先へ行った後輩の顔が、鮮明に思い浮かぶ。

 きっと今頃、坑道の出口で自分を待っているのだろうか。

 あの真っ直ぐな瞳で、自らの無事を信じて。

 

「ねぇ、アンタだったらこの状況、どうする?」

 

 ミラフィスは、心の奥で問いかけた。


「充分、時間は稼いだよね……?」

 

 記憶の中のアルトが、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべている。


「そろそろ逃げても、いいかな……?」

 

 きっと彼なら、頷いてくれるだろう。

 

「もし、ウチが逃げ出したとしても、アンタはウチを責めないんだろうね」

 

 でも、だからこそ——

 

「そんな格好悪いところ、もう見せたくないじゃん……!」

 

 声が、誰もいない坑道に吸い込まれた。

 いつから自分は、たった一人の後輩の目を気にするようになったのだろう。

 先輩としての威厳など、もう残っているかも分からないというのに。


 それでも——いや、だからこそ、最後くらいは格好つけたいと思ってしまう。

 馬鹿げている。命を天秤にかけてまで見栄を張るなんて。

 しかし、その馬鹿げた想いこそが、今の自分を支えている唯一のものだった。

 

 思考に(ふけ)る間にも、状況は刻一刻と悪化していく。

 操術種(ハンドラー)は着実に距離を詰め、支配領域が坑道内の逃げ場を侵食していく。

 飛来する弾幕の密度も増し、防御だけで精一杯になりつつあった。

 

 そして、ついに——支配領域の境界が、ミラフィスの足元にまで達した。


 これ以上の後退は、物理的に不可能だった。

 背後は既に坑道の行き止まり。逃げ場は、もうない。

 

 震える手で術式槍(ランスコード)を握り直しながら、ミラフィスは最後の自問をする。

 

(「こんなに強い災魔(ハザード)を一人で倒したら、ちょっとは見直してくれるかな?」)

 

 幼稚な考えだと、自分でも分かっている。

 けれど、その幼稚な願望が、恐怖に(すく)む心を奮い立たせた。

 

「頑張ったんだから、褒めてくれるよね、なんて。ふふっ、そんなこと考えてるから、先輩の威厳が無くなるんだっての」

 

 自嘲(じちょう)の笑みと共に、渾身の力を込める。

 《閃き輝く光穿天槍ルミナスティンガー・スペリオル》が応えるように激しく明滅し、太陽にも匹敵する光芒(こうぼう)を放つ。


 逆転の一手とは言い切れない。恐怖は消えない。足は震え、心臓は早鐘を打っている。


「……そうだ」

 

 ふと、何かが()に落ちた。まるで霧が晴れるように、一つの戦術が脳裏に浮かび上がる。

 

「それしかない……!」

 

 (つぶや)くと同時に——ミラフィスは前へと踏み出した。

 自ら、支配領域へ飛び込む。

 

 境界線を越えた瞬間、全身を無数の針で刺されるような痛みが襲った。

 視界は明滅し、平衡感覚が狂う。

 頭蓋の内側に冷たい指を突っ込まれるような感覚が這い回り、意識を根こそぎ奪おうとしてくる。

 

 だが、ミラフィスは止まらなかった。

 歯を食いしばり、血が(にじ)むほど唇を噛み締めながら、一歩、また一歩。

 

 無数の弾幕が、暴風雨のように襲いかかる。

 もはや、全てを避けることは不可能。

 

 ミラフィスは即座に判断を切り替えた。

 完璧な防御を諦め、致命傷となるものだけを避ける。

 

 光の弾が掠め、隊服が裂けて鮮血が噴き出す。

 闇の弾が突き刺さり、深い裂傷を作る。

 

「ぐっ……あぁっ!」

 

 苦悶(くもん)の声が漏れる。全身が悲鳴を上げ、本能が撤退を叫んでいる。

 それでも、足は前へと進み続けた。

 

 《閃き輝く光穿天槍ルミナスティンガー・スペリオル》が目まぐるしく舞い、急所の直撃だけは辛うじて防いでいく。

 それ以外の傷は、甘んじて受け入れる。

 

 血に塗れ、傷だらけになりながら、ミラフィスは突き進んだ。

 足を止めない。止められない。止まったら、二度と動けなくなることが分かっているから。

 

 10メートル、8メートル、6メートル——


 操術種(ハンドラー)との距離が、確実に縮まっていく。

 狂気に歪んだ一つ目が、接近するミラフィスを凝視していた。

 そこに浮かんでいるのは嘲笑(ちょうしょう)ではなく、初めて見せる——困惑、だったのかもしれない。

 

 5メートル、3メートル、そして——


 ついに、ミラフィスは操術種(ハンドラー)の眼前に辿り着いた。

 

「ようやく、捕まえた」

 

 血の滲む顔で、凄絶(そうぜつ)な笑みを形作る。

 

術式(コード)を受けなければ、アンタは透明化できない。そうでしょ?」

 

 それこそが、全てを賭けた読みだった。

 操術種(ハンドラー)の一つ目が、驚愕(きょうがく)憤怒(ふんぬ)に見開かれる。

 

 間合いは既に術式槍(ランスコード)の射程圏内。

 攻撃を仕掛ければ、文句なく直撃させられる。

 しかし、攻撃の態勢に入れば、その瞬間は完全な無防備になる。

 

 訪れた賭けの最終局面。ミラフィスは、迷わず防御を捨てて術式槍(ランスコード)を構えた。

 

 その代償として、複数の弾丸が左脚を貫通する。


「があぁっ!」

 

 肉が裂ける音と共に、激痛が全身を駆け巡る。左脚から力が抜け、体が傾く。

 

 だが、ミラフィスは止まらなかった。

 

 残った右脚で渾身の力を込めて地面を蹴り、崩れ落ちそうになる体を槍に預けて前へと押し出す。

 

 痛みも、恐怖も、全てを光の穂先に集約させて——


「《流星刺突シューティング・スラスター》!」

 

 全てを賭けて一撃を放つ。

 《閃き輝く光穿天槍ルミナスティンガー・スペリオル》に込められたすべての魔導粒子(マギオン)が臨界を超えた。


 光芒(こうぼう)が坑道を白く染め上げる。

 狙いは、亀裂の入った巨大な一つ目——急所にして、唯一の弱点。

 

 術式槍(ランスコード)が、災魔(ハザード)の一つ目を貫く。


 言葉では表現できない金属音が、一帯を震わせた。

 それは断末魔というより、存在そのものが崩壊する音だった。

 

 天秤が砕け散り、制御を失った力の奔流(ほんりゅう)が、凄まじい爆発となって周囲を()み込む。

 衝撃波がミラフィスの身体を宙に投げ出した。

 

 壁に激突し、地面に崩れ落ちる。

 身体中が痛い。左脚はもう感覚がない。指先すら動かすのが億劫(おっくう)だった。

 

 それでも——混濁(こんだく)する意識の中で、ミラフィスは確かに見た。

 操術種(ハンドラー)魔導粒子(マギオン)の霧と化し、ゆっくりと、ゆっくりと消滅していく様を。

 

「やった……の、かな」

 

 小さく(つぶや)き、天井を見上げる。

 

(「褒めて、くれるよね……アルト」)

 

 血に濡れた顔に、小さな笑みが浮かんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ