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Code:008 災厄の始発点①

 狭い路地裏、袋小路(ふくろこうじ)での奇襲という圧倒的な不利が2人を襲う。

 だが、アルスフリートにとってはその不利な状況さえも戦術の一環だった。

 

 彼は敵の術式砲(キャノンコード)を軽やかに(かわ)し、反転しながら壁を蹴って宙を1回転すると、その動作の中で雷属性の術式弾(バレットコード)を瞬時に組み上げ、カウンターで撃ち返す。


 連続した5発の弾はそれぞれ壁に跳ね返って1点に収束し、相殺する形となって霧散(むさん)した。


 一方、キグナスは避けることを選ばず、術式装甲(アーマーコード)を全身に掛けて仁王立ちで術式砲(キャノンコード)を受け止める。

 着弾の衝撃で爆炎に包まれるが、すぐにそれを振り払うと、にやりと笑ってみせた。


「軽いな、その程度か?」

「遊びすぎだぜ、キグナス」


 キグナスは挑発するように言い、アルスフリートが軽口を叩く。


 2人が使ったのは小手調べの基幹式(ベーシック)

 威力と性能は劣るが、構築から展開までのスピードがほぼノータイムであるため、速度が求められる戦闘において重宝される術式(コード)だ。


 とは言え、基幹式(ベーシック)だけでは、勝負を決定付けることはできない。

 術式師(コーディアン)同士の戦いでは、発動に時間がかかる上位の術式(コード)昇華式(アンプリフ)共鳴式(レゾナンス)の巧みな扱いが勝敗のカギを握っている。

 

「ターゲットの能力は想定通り」

「作戦を継続する」

導力因子(コンダクトファクター)に接続」

殲滅(せんめつ)を開始する」


 相変わらず無機質な声音で交互に言ったダリオンとメルキオルは、何やら注射器のようなものを取り出して腕の静脈(じょうみゃく)に打ち込んだ。

 すると、壊れかけた操り人形のように全身が脈打って震え出す。


 直後、彼らの手には魔導粒子(マギオン)猛烈(もうれつ)に収束し始めた。


「連中、薬物を使うのか」

魔導回路(サーキット)を強制的に暴走させる薬なら、聞いたことがある。一般には出回っていない、裏社会の産物ってところか」

「だが、そんなものを使えば……」

「いずれは死ぬか廃人だ。強い負荷の暴走が永続的に続くと考えたら、身体が持つはずもない」


 これまでの計画的な犯行があったかと思えば、今度は自身を滅ぼすような劇薬を平気で使用する狂気ぶり。

 間違いなく、彼らは(ただ)魔導犯罪者(マヴィアラン)などではない。


 その背後にあるのは、おそらく術式師(コーディアン)たちの社会に潜む暗部とも言うべき組織。

 そして、アルスフリートにとってもそういう組織は決して無縁ではなかった。


「早めに決着を付けるぞ、キグナス」

「了解だ、アル」


 一瞬の目配せの後、2人は散らばって各個撃破の作戦に出る。


「我が血を(かて)に、具現せよ──《焔纏刃(ブレイゼル)》」

(うな)れ剛腕──《威厳ある徹甲拳フェルゼン・ガントレット》」

 

 詠唱によって2人は昇華式(アンプリフ)を駆動、近接戦闘に特化した術式(コード)を展開する。

 そして、アルスフリートはフードの男・ダリオンと、キグナスは髑髏(どくろ)ピアスの男・メルキオルと対峙(たいじ)した。


「どうした、術式師殺し(コードブレイカー)。狩られる側に立つのは初めてか?」

「ググ、ガガガッ……!」


 アルスフリートが《ブレイゼル》を振るって接近すると、ダリオンは人間離れした不気味な動きで術式弾(バレットコード)を続け様に放って迎撃する。


 薬物によって魔導回路(サーキット)が暴走している影響か、弾数も威力も、初撃のそれとは桁違(けたちが)いの勢いだ。


 さらに、狭い路地裏で放たれた術式弾(バレットコード)は四方八方を飛び回り、予測不能な軌道を描いてアルスフリートに襲いかかった。


(「跳弾(ちょうだん)狙いか、それなら……」)

 

 弾丸の雨が飛来する中で、アルスフリートは迫り来るそれ(・・)を目視しようとはしていない。

 彼を導くのは、研ぎ()まされた第六感に近いものと呼ぶべきだろうか。

 幼い頃から戦場に立ち、物心ついた時から死と隣り合わせの世界で生き抜いてきた経験がもたらす常人離れした空間把握能力。

 それは、彼の視界の外にあるものさえ完璧に見切っていた。

 

 刹那(せつな)、蒼き(ほむら)の剣が(ひらめ)く。

 空中で構え直した剣を高速で抜刀すると、無数の斬撃が虚空(こくう)を走る。


 コンマ数秒の後、術式弾(バレットコード)は《焔纏刃(ブレイゼル)》によって全て切り裂かれ、無法者の首元に刃が突きつけられた。


「投降しろ、命は助けてやる」

「グググ……」

「薬でキマっちまって、(しゃべ)ることもできないか?」

「ヴヴッ、オオッッ!」


 追い詰められたダリオンは不気味な(うめ)き声を上げながら、(ふところ)から10cm程度の球状の物体を取り出し、アルスフリートを目掛けて投げつける。


 無論、警戒している相手にそんな攻撃が通用するはずもなく、投擲物(とうてきぶつ)は《焔纏刃(ブレイゼル)》の一振りで弾き返される。


 しかし、ダリオンの足元に転がったそれは(またた)く間に真っ白いスモークを放出し、路地裏の一帯を(おお)()くしてしまった。

 

「……チッ、下らない真似(まね)を」

「うぉぉっ、何も見えん!」

「落ち着け、ただの目眩(めくらま)しだ」


 離れた地点でメルキオルと交戦し、あと一歩のところまで追い詰めていたキグナスも、広がった煙に視界を(ふさ)がれてチャンスを逃す。


 スモークを吹き飛ばして視界を確保した時、術式師殺し(コードブレイカー)たちの姿は忽然(こつぜん)と消えていた。


 しんと静まり返った路地裏、けれども、気配は完全に消えてはいない。


「追いかけるぞ、キグナス!」

「おう!」


 気配を辿(たど)り、2人は並んだ建物の屋上へと登って行った。


 術式師殺し(コードブレイカー)たちは敵わない相手を前に逃げてしまったのか、(いな)、屋上ではアルスフリートとキグナスを待ち構えていたかのように、無数の銃口が一斉に照準を定める。


「まったく、用意周到(よういしゅうとう)だな」


 屋上の景色は異様なものだった。まるでビットのように宙に浮かんでいるのは、術式(コード)によって生み出された20を超える魔導の砲塔。


 それらは全て術式師殺し(コードブレイカー)たちの魔導回路(サーキット)と直列で結合しているようで、ダリオンの手の動きに合わせて自在に動き、メルキオルの手の動きに合わせて属性を帯びた術式砲(キャノンコード)が自在に装填される。


 本来なら、生身の魔導回路(サーキット)でこれだけの数を同時操作することは困難なはずで、無理に行えば激痛と感覚の麻痺(まひ)が交互に訪れ、やがて魔導回路(サーキット)が焼き切れる。


 狂気か、(ある)いは執念か。その強さというよりも破滅的な行動原理に、アルスフリートとキグナスは初めて恐怖を覚えた。


「アル、俺に1つ作戦がある」

「そうか。なら、あんたに合わせるよ」

「奴らが撃ってきたら、勝負に出るぞ……!」


 達人の間合いとも呼べる一瞬の駆け引きが交錯した後、ダリオンとメルキオルが先に動いた。


 標的を完全に包囲した位置から無数の砲弾が俄雨(にわかあめ)のように降り注ぎ、屋上を塗り潰すような勢いで蹂躙(じゅうりん)を開始する。


 そのタイミングを待っていたかのように、キグナスも術式盾(シールドコード)を展開した。


(そび)え立て──《威厳ある剛壁フェルゼン・ヴァンドゥーロ》!!」


 大きな音を立てて岩の壁が次々とせり上がり、降り注ぐ砲弾から2人を守る盾を作り上げる。

 強固な防壁は並の攻撃なら易々と弾き返す強度を誇るが、薬物投与で暴走した術式砲(キャノンコード)による攻撃を全て(しの)ぎ切ることはできず、10秒も経った頃には音を立てて崩れ落ちてしまう。


 しかし、それだけの時間が稼げれば十分。

 防壁の中にいる彼らに攻撃が届く前に、詠唱を完了させたアルスフリートが(ほむら)の剣を抜き放った。

 

「──《七天抜刀ルフトゥ・アン・シーズ》!」


 居合の要領で繰り出された極技(クラフト)の斬撃は前方180度の射程領域を(ことごと)(おお)い尽くし、飛来する砲弾と浮遊する銃口、そして術者たるダリオンとメルキオルを鋭く切り(きざ)んだ。


 術式師殺し(コードブレイカー)は武器を全て失い、術者も戦闘の続行が不可能なほどのダメージを受けてその場に崩れ落ちる。これで勝負はついた、はずだった。


「こいつは……っ!」

「人間じゃない、のか……!?」


 アルスフリートとキグナスに、勝者としての笑みは無い。

 彼らは倒れたダリオンとメルキオルの傷痕(きずあと)を直視して、唖然(あぜん)とした表情を浮かべる。


 (ひたい)や肩の傷口から(のぞ)くのは、機械の内部とでも言うべき人工物。

 血の代わりに黒色の液体を流し、電気的な回路からショートした火花が飛び出る様は、彼らが普通の人間ではないことを如実(にょじつ)に物語っていた。


「酷いことをするものだ、人の玩具を勝手に壊すとは」


 動揺する2人に追い打ちをかけるように、聞き慣れない声が頭上から聞こえてくる。

 2人が顔を上げると、屋上に設置された魔導アンテナの細いポールに乗って器用に立つ人影があった。


 黒い外套(がいとう)に身を包み、鬼を思わせる白い仮面で顔を隠した謎の男。彼は右手を胸に当てて(うやうや)しく一礼をすると、颯爽(さっそう)と2人の前に飛び降りる。


「何者だ、あんたは」

「フッ、名乗るほどの名も無いが……《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》の残党と言っておこうか」


 身も凍るような声のトーンで、白鬼面の男はそう言った。

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