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Code:071 呻き声①

「……これが、鉱夫たちが恐れている声ですか」

 

 鼓膜を揺さぶるというよりも、骨の奥を直接(えぐ)るような低音。

 ミラフィスはDOC(ドック)を操作し、周囲の魔導粒子(マギオン)濃度を測定する。


 表示される数値に異常はない——むしろ、この状況下で数値が()いでいることのほうが不気味だった。

 

「調査を進めましょう。可能な限り全ての分岐路を確認します」

 

 自らの声に浮ついた(ひび)きがあることを自覚しつつも、ミラフィスは(つと)めて姿勢を正した。


 第三区画の奥へ伸びる通路は、進むほどに狭く、第二区画と同じくらい天井は低い。

 まるで大地の(のど)()み込まれていくようだった。

 岩肌にはところどころ耀魔鉱(マゼライト)残滓(ざんし)が食い込み、(ほの)かな光を脈打たせている。

 

「道が分かれていますね、どちらへ?」

 

 ランプが照らし出した先は、左右に枝分かれする分岐点だった。

 生き物の血管(けっかん)のように入り組んだ通路が幾重(いくえ)にも絡み合い、鉱夫たちがただひたすらに鉱石を追って掘り進んだ痕跡を物語っている。

 

「最初は左の通路から。失踪した二人はこちらで最後に作業をしていました」

 

 足を踏み入れた通路は一段と狭まり、天井を支える木材が時折、不協和音を立てる。

 頭上から水滴が滴り、湿った空気が肺腑(はいふ)の奥まで染み入ってくるようだった。

 

 坑道沿いに備え付けられた照明もどこか頼りなく揺れ、岩壁に映る二人の影が(いびつ)に踊る。

 どこからか吹き込む風が通路を通り抜けたかと思えば、遠くで岩が崩れるような(にぶ)い音が木霊(こだま)した。


魔導粒子(マギオン)の反応は、いかがでしょうか」

「先ほどまでと、変わりないですね」

 

 やがて通路は唐突に開け、天然の洞窟(どうくつ)のような空間へと変わった。

 湿った土と、微かな腐敗臭(ふはいしゅう)


 二つが入り混じった奇妙な生暖かさが、ミラフィスの肌を()でる。

 その気配に、彼女は思わず足を止めた。

 

「ここが……?」

「はい、二人が失踪した現場です」

 

 高く掲げたランプの光に照らされたのは、地面に散乱する鉱夫の装備だった。

 安全帽、靴、道具袋——それらは未だに、脱ぎ捨てられたように無造作に転がっている。


 血痕もなければ、(あらそ)った形跡もない。

 まるで着用者だけが蒸発したかのような光景だった。

 

「先ほどあなたが(おっしゃ)ったように、災魔(ハザード)は人間を丸ごと捕食(ほしょく)する……装備だけが残るというのは、確かに不自然です」

 

 ミラフィスはDOC(ドック)を操作し、装備から(かす)かな魔導粒子(マギオン)残滓(ざんし)を検出しようと試みる。

 しかし、返ってくるのは、無機質な沈黙だけだった。


 岩肌の冷たい質感、散乱した装備品の配置——それらが描き出すのは、まるで時間ごと凍結してしまったかのような停滞(ていたい)の風景だ。

 

「この場所は鉱脈の最奥部なのでしょうか?」

「いいえ、まだ先があります。それと、分岐路も複数あります。可能な限り全て確認したほうが」

 

 その言葉に(うなず)き、ミラフィスは再び前進する。

 床を踏みしめる音だけが、(よど)んだ空気をかろうじて震わせていた。

 

 二人は時間をかけて第三区画の全分岐路を調査した。

 進むにつれ通路は細く、天井は低くなり、時に(かが)むようにして身を進める箇所もあった。

 何度か遠くで(うめ)き声らしきものが耳をかすめたが、災魔(ハザード)の姿は影すら見当たらない。

 

 最深部は予想に反して整然とした円形の空間で、中央に一本の石柱が(たたず)んでいた。

 天井から落ちる水滴の音が、時計のように規則正しくその静寂を刻んでいる。

 

「なぜこの柱は残されているのですか?」

「支柱です。この柱を掘り崩せば、天井が崩落する危険があります」

 

 石柱の表面には細い筋が幾条(いくじょう)も刻まれ、耀魔鉱(マゼライト)の微粒子が不規則に埋め込まれている。

 特別な意味のある配置には見えなかった。

 ミラフィスは慎重にDOC(ドック)をかざして反応を調べたが、ここでもまた、特筆すべき異常は見つからなかった。

 

「全ての通路を確認しましたが、災魔(ハザード)の気配はありませんでした」


 DOC(ドック)の画面に表示された測定結果を一通り確認し、ミラフィスは言葉を()り分けるように言った。

 

災魔(ハザード)(ひそ)んでいる可能性は低い、というのが現時点の見解ですね。探索中に入れ違った可能性はゼロではないけれど、魔導粒子(マギオン)の濃淡で人間を探知する災魔(ハザード)が、獲物である人間をそう簡単に見過ごすとは思えない」

 

 ザイルの表情から強張(こわばる)りが解けていく。

 だが、ミラフィスの眉間(みけん)に刻まれた、払拭(ふっしょく)できない疑念を現すかのような(しわ)は、そのままだった。


「明日、改めて調査しましょう。何か、見落としている気がします」

 

 

 鉱山の外に出ると、頭上には満天(まんてん)の星が()りばめられていた。

 ルーネスハーベンの空では決して見られない光景に、ミラフィスは一瞬だけ足を止め、息を吐く。

 冷えた夜気が、鉱山の(おり)を洗い流すように肺を満たした。


「宿泊施設はこちらです。鉱夫たちの寮とは別棟になっていますので、ごゆっくりお休みください」

 

 ザイルに案内された部屋は質素ながらも清潔だった。

 必要最低限の家具と、小さなバスルーム。

 

 急な来客を宿泊させるための施設といったところだろうか。

 彼は部屋の内装を手短に説明すると、丁寧にお辞儀をして退室した。

 

 一人になった途端(とたん)、疲労が(せき)を切ったように押し寄せてきた。

 長時間の移動と張り詰めた緊張の代償が、今になって肩と(うなじ)にのしかかる。

 

 ミラフィスはバスルームへ向かい、蛇口をひねった。

 温かな湯がシャワーヘッドから勢いよく(ほとばし)る。

 

 水を全身に浴びながら、ようやく緊張の糸を解く。

 肌を伝い落ちる温もりが、鉱山で身に染みついた冷気と圧迫感を少しずつ()がしていく。


 しかし、胸の奥に(わだかま)る違和感だけは、いつまでも溶け出そうとしなかった。

 

(「災魔(ハザード)の可能性は低い……けれど、鉱夫が失踪したのは事実。そして、あの(うめ)き声は確かに聞こえた」)

 

 全ての分岐路を(くま)なく調査し、何も見つからなかった。

 一見すれば、災魔(ハザード)が存在しないことの傍証(ぼうしょう)にはなる。


 だが、それでは失踪事件も(うめ)き声も、何ひとつ説明がつかない。

 蒸気に包まれながら、彼女の思考は第三区画で覚えた疑問を手繰り寄せていく。


 分岐点の空気の流れ、洞窟の生暖かい気配、そして虚無のような最深部——それらを結ぶ一本の糸が、まだ見えない。

 

 バスルームを出たミラフィスは、備え付けの白いバスローブを(まと)った。

 鏡の前に立ち、濡れた金髪をタオルで(ゆる)く拭きながら、思考は迷路(めいろ)の地図を描くように枝を広げていく。

 

「何か、見落としていることがあるような……」

 

 (つぶや)きは部屋の静寂に吸い込まれ、返事は返ってこなかった。

 ベッドの(はし)に腰を下ろし、窓の外に目をやる。


 明日はより深く調べなければならない——そう胸裏(きょうり)で決意を固めながら、ミラフィスは暗がりに身を横たえた。

 重くなる(まぶた)に逆らうことなく、彼女は眠りの底へと(しず)んでいった。

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