表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/197

Code:070 耀魔鉱《マゼライト》採掘場へ②

 鉱山管理棟は、無骨な鉄骨と鉄板で囲われた二階建ての建物だった。

 腐食(ふしょく)の進んだ壁面に浮かぶ(さび)の染みが、積み重なった歳月を物語る。


 ザイルに案内され内部に入ると、会議室のテーブルには採掘場の全体図が広げられていた。

 ミラフィスは椅子(いす)に腰を下ろし、地図に目を落とす。

 

「これが、採掘場の全体図です」

 

 ザイルが指差した図面には、山の断面が精密に描かれていた。

 幾重(いくえ)にも張り巡らされた坑道(こうどう)が、地中深くに根を伸ばす樹木のように複雑に枝分かれしている。

 

「第一区画はここ。入口に最も近い区域です。かつては豊かな鉱脈が広がっていましたが、今では干上がった井戸のようなもの。それでも定期的な保守点検は欠かしておらず、安全性は確保しています」

 

 指が第一区画と記された範囲をなぞり、続いて奥へと移動する。構造がより入り組んだ区域へ。

 

「第二区画は中間地点です。およそ二十年前に開拓され、現在も採掘作業を継続中。耀魔鉱(マゼライト)の産出量は年々減ってはいますが、まだ採算ラインは維持できております」

 

 そして最後に、地図の最も深い場所を指差した。

 

「ここが第三区画です。開拓からまだ五年と歴史は浅いものの、最も純度の高い耀魔鉱(マゼライト)が産出される区域でして。現在は全労働力の七割をここに集中させていますが……(うめ)き声も、鉱夫の失踪(しっそう)も、すべてこの最深部で起きました」

 

 ミラフィスはDOC(ドック)のメモリーに状況を記録しながら、ふと顔を上げた。

 

「失踪した鉱夫について、もう少し詳しく教えてもらえますか?」

「名前はグラッドとホーク。いずれも十年以上この山で働いてきたベテランです。事件当日、二人は最深部の新たな支脈を調査に向かいました。十六時の無線連絡を最後に応答が途絶え、点呼の時間になっても帰ってこなかった」

 

 ザイルの声は、語るほどに強張(こわば)ばっていく。

 

「捜索隊が現場に着いたところ、安全帽、靴、作業ベルト、水筒、制服まで——すべてが脱ぎ捨てられたように放置されていました。血痕も、争った痕跡も、何もない。ただ……二人の人間が、この世から蒸発したかのように」

 

 ミラフィスはDOC(ドック)から手を離し、真っ直ぐにザイルを見据えた。

 

「分かりました。早速ですが、現場を確認させてください」

 

 管理棟を出ると、既に夕闇が辺りを覆い始めていた。

 にもかかわらず、採掘場全体は昼間と見紛うほどの明るさを保っている。


 無数の照明が巨大な(おり)のように鉱山を照らし出し、そこで働く人々の影を濃く地面に焼きつけていた。

 入口に立ったミラフィスに、作業を終えた鉱夫たちの視線が一斉に集まった。


 肌を焼くような視線の(あつ)

 緊張を悟られまいと表情を引き締め、彼女は淡々(たんたん)とした足取りで進んだ。

 

「気にしないでください。ここの連中は、新しい顔を見ると必ず反応します。ましてや女性となれば、なおのこと」

 

 ザイルの声には、謝罪と諦観(ていかん)等分(とうぶん)(にじ)んでいる。

 その肩越しに、粗野な()なりの男たちが小突き合い、いやらしい笑みを浮かべるのが見えた。

 

「おいおい、美人な金髪のねーちゃんが来たぜ!」

「あれがギルドから来た術式師(コーディアン)か? どう見てもガキじゃねぇか」

「へへ、あんな華奢(きゃしゃ)な体で災魔(ハザード)を倒せんのかよ」

「オレらで守ってやりてぇよなぁ、へへっ」

 

 下品な笑い声と共に飛び交う嘲弄(ちょうろう)の言葉。

 ミラフィスは心の奥で小さく息を吐いたが、表情には全く出さず、崩さない。

 

 昔から幾度(いくど)となく浴びせられてきた類の視線と声だ。

 今さら肌の上を滑っていくだけで、内側には何も届かない。

 

「黙って働け、馬鹿者どもが!」

 

 怒号が反響し、鉱夫たちが一瞬で口を(つぐ)んだ。

 

「申し訳ありません」

 

 ザイルが気まずそうに頭を下げる。

 

「仕事柄、人格者ばかりとはいきません。中には服役を終えた者もおりますし……」

「気にしないでください。それより、調査に集中しましょう」

 

 坑道に入るとすぐ、ミラフィスはDOC(ドック)を起動し魔導粒子(マギオン)濃度の測定を開始した。


 第一区画は比較的広い空間が確保されており、天井も高い。

 壁面に残る掘削(くっさく)の痕跡は長年の採掘の歴史を物語り、ガラス玉のような小さな結晶が点々と壁面を飾って、暗闇の中でうっすらと発光していた。

 

「これが耀魔鉱(マゼライト)の残片ですか?」

「はい、採掘時に取り残された小さな欠片です。商業価値はありませんが、綺麗でしょう?」

 

 DOC(ドック)の画面に映る数値は、ごく一般的な範囲に収まっている。

 

「この区画は、異常値ではありませんね」

「それでは、次の区画へ行きましょう」 


 第一区画から第二区画へ——その移行は、別の空間に踏み込むような変化をもたらした。

 坑道の幅が狭まり、天井が低く迫ってくる。


 壁面から()み出た水分が床を濡らし、足元が覚束(おぼつか)なくなる。

 空気中の(ほこり)と湿度が増すにつれ、ランプの光は(もや)がかったようにぼやけていった。


 DOC(ドック)の測定値がじわりと上昇を始める。

 

魔導粒子(マギオン)濃度が上がってきた……」

災魔(ハザード)でしょうか?」

「いえ、違うと思います。災魔(ハザード)を産み落とす顕現門(ゲート)が開いたのなら、この程度の上昇では済みません」

 

 第二区画をしばらく進むと、やがて鉄格子のゲートが姿を現した。

 その向こうには、闇が凝縮(ぎょうしゅく)したかのような暗がりが広がっている。


 第三区画の入口だ。


 DOC(ドック)のデータを確認する。今のところ、異常値は観測されていない。

 ゲートに近づき、内部を覗き込もうとした——その時。

 鉱山の中に軽快なサイレンの音が鳴り響き、彼女の動きを止めた。

 

「就業時間のサイレンです。この時刻になると、鉱夫たちは一斉に作業を切り上げ、外に戻るのです」

 

 実際、坑道に散らばっていた男たちが次々と工具を片づけ、出口へと向かい始めた。

 ミラフィスは少しだけ思案し、判断を下す。

 

「むしろ好都合です。人がいなくなった方が、より精密な調査ができますから」

 

 ザイルは硬い表情のまま頷き、鍵を取り出してゲートを開けた。

 金属の(ゆが)んで(きし)む音が、薄暗い坑道に長い余韻(よいん)を残す。

 開かれたゲートの向こうを見つめながら、彼は不意に声を落とした。

 

「ミラフィス様、一つ——気になることがあります」

「なんでしょう?」

災魔(ハザード)という生き物は、人間を捕食する時、わざわざ衣服や装備を全て()がしてから食べるものでしょうか?」

 

 その問いは、ここまで胸の底に沈殿していた違和感を、明確な形にして引き上げるものだった。


 ミラフィスも同じことを考えていた。

 通常、災魔(ハザード)は獲物の衣服など意に介さず丸ごと()らう。


 破損した装備が残されているならまだ分かる。

 だが、綺麗に脱ぎ捨てられた状態で放置されている——その事実が示す不自然さは、どう解釈しても(ぬぐ)いきれない。

 

 何か言葉を返そうとして、ミラフィスは口を閉ざした。

 暗闇の奥から、得体の知れない音が()い上がってきたからだ。

 

 全身の神経が、一斉に()()まされる。


 それは人のものとも、獣のものとも、災魔(ハザード)のものとも違う——得体(えたい)の知れない、奇妙な(うめ)き声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ