Code:069 耀魔鉱《マゼライト》採掘場へ①
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高速魔導トラムの窓を、茜色の夕焼けが流れていく。
指先でDOCのスクリーンをなぞりながら、ミラフィスは任務内容を再び読み返していた。
耀魔鉱採掘場における異変調査——ジュリアナ司令官から直々に下された指令は単純明快だったが、文面の裏に潜む気配には、一筋縄ではいかない不穏さが漂っている。
「まもなくリドフォード駅に到着いたします。お降りのお客様は、お忘れ物のないよう——」
無機質なアナウンスが、彼女の意識を現実に引き戻した。
「ふぁぁ……やっと着いた」
微睡みの残る瞼を指で擦り、鞄を手に取って立ち上がる。
列車は徐々に速度を落とし、プラットフォームへと滑り込んでいく。
乗客の流れに乗って下車すると、足裏に確かな地面の感触が戻ってきた。
その瞬間、空気の質が変わったことに全身が気づく。
ルーネスハーベン都市部では常に纏わりついていた魔導エンジンの排気も、人々の体温が宿る雑踏の熱も、ここにはない。
代わりに山から降りてくる冷気と、湿った土の香りが鼻腔をくすぐった。
「こんな空気、久しぶりかも」
これが旅行であったなら、どんなに良かっただろう。
だが、ミラフィスは、すぐにその甘い考えを振り払った。
しかめっ面を作って頬を軽く叩き、意識を切り替える。
「ミラフィス様でいらっしゃいますか?」
改札を出たところで声をかけられ、振り返ると頑丈そうな体格の中年男性が立っていた。
風雨に晒され続けた岩肌のような硬い表情。
長年の重労働が彫り上げたであろう骨太の体躯。
左腕には「リドフォード鉱山管理局」の腕章が巻かれており、口にする敬語はどこかぎこちない。
「はい、そうですが……」
「私はザイルと申します。耀魔鉱採掘場にてマネージャーを務めております」
名乗ったザイルは軽く会釈し、無骨な手つきで頭を掻いた。
「この度は依頼を引き受けていただき、ありがとうございます」
「いえ、お気遣いなく。ギルドが決めたことですので」
軽く返したミラフィスだったが、彼女の目はザイルの表情に見え隠れする不安を捉えていた。
口には出さないが、この男は今、自分が思っている以上に追い詰められている。
そう直感したミラフィスは、世間話を挟む選択肢を捨てた。
「それで、今回の任務について、お話を聞いてもいいですか?」
「勿論です。ですが、この場で詳細を申し上げるのは避けたい。車をご用意しております」
駅前に停められていたのは小型の魔導車だった。
古い四輪型——ルーネスハーベンではもう見かけなくなった旧式のものだ。
ドアを開けながら、ザイルは低い声で語り始めた。
深く刻まれた皺と目の下の隈が、近頃の苦労を雄弁に物語っている。
「……正直なところ、我々だけでは手に負えない事態になっているのです」
山道を走る魔導車の窓の外で、景色は少しずつ文明から遠ざかっていった。
初めこそ舗装されていた道路も、やがて砂利道に変わり、車体が大きく跳ねる。
遠くに連なる山々の稜線が、夕陽を受けて金色に燃えていた。
「ご存じかとは思いますが、我々の採掘場はルーネスハーベン地域における主要供給源です」
ザイルは運転しながら状況説明を始めた。
「採掘場はいくつかの区画に分かれておりまして、問題が起きたのは第三区画と呼ばれる場所です。最も新しく開拓した最深部の採掘域で、今まで発見された中でも群を抜いて品質の良い耀魔鉱が産出されることから、人員を集中させて掘り進めておりました」
片手でハンドルを握りしめ、もう片方の手で空中に鉱脈を描くような仕草を見せる。
「ですが先月の中旬あたりから、第三区画の奥で……なんと言いますか、災魔のような呻き声が聞こえ始めたんです」
いよいよ本題だ。ミラフィスは無意識に姿勢を正した。
「最初は機械の故障か、地鳴りの類だろうと思っていました。山の中での作業ですからね、妙な音が響くことは珍しくない。ですが——」
バックミラー越しに見えたザイルの唇が引き結ばれ、眼差しが険しくなる。
茜色に染まった空が徐々に紫紺へと移ろい、その横顔に不吉な影を落としていた。
「日を追うごとに音は大きく、はっきりとしていきました。鉱夫たちにも動揺が広がって、欠勤が増える一方で。そして先週、ついに——」
言葉が途切れ、ザイルは低く唸るように俯いた。
「第三区画の深部で作業していた鉱夫のうち、二名が定刻を過ぎても戻ってこなかったんです」
「行方不明、ですか?」
「捜索に向かったところ、見つかったのは——装備だけでした。安全帽と靴が、まるで脱ぎ捨てられたみたいに、地面に転がっていたんです」
山道の轍を踏み、車体が不意に大きく跳ねた。
ミラフィスは咄嗟に皮張りの座席の端を掴んで体勢を保つ。
「すみません、道が悪くて」
謝るザイルの声は、路面の衝撃とは無関係に震えていた。
ハンドルを握る指に汗が滲み、関節が小刻みに揺れているのがミラフィスの目に映る。
「鉱夫たちは、口々に『災魔が出た』と噂しています。現状では管理局側で手当を増額して説得にあたり、多くの者が作業を続けておりますが、長くは持たないでしょう。操業が止まれば、ルーネスハーベンの各産業にまで影響が及びます」
やがて山腹が急に開け、視界が一変した。
山肌を切り崩して造成された人工の平地。天を衝くような巨大な掘削機と、鉄腕めいたクレーンが無数に聳え立ち、照明の光に不自然なほど煌々と浮かび上がっている。
燃えるような赤い空を背景に、それはまるで異界への門のように佇んでいた。
「着きました。耀魔鉱採掘場です」




