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Code:069 耀魔鉱《マゼライト》採掘場へ①

 * * *


 高速魔導トラムの窓を、茜色(あかねいろ)の夕焼けが流れていく。

 

 指先でDOC(ドック)のスクリーンをなぞりながら、ミラフィスは任務内容を再び読み返していた。

 耀魔鉱(マゼライト)採掘場における異変調査——ジュリアナ司令官から直々に下された指令は単純明快だったが、文面の裏に潜む気配には、一筋縄ではいかない不穏さが(ただよ)っている。

 

「まもなくリドフォード駅に到着いたします。お降りのお客様は、お忘れ物のないよう——」

 

 無機質なアナウンスが、彼女の意識を現実に引き戻した。

 

「ふぁぁ……やっと着いた」

 

 微睡(まどろ)みの残る(まぶた)を指で(こす)り、鞄を手に取って立ち上がる。

 列車は徐々に速度を落とし、プラットフォームへと滑り込んでいく。


 乗客の流れに乗って下車すると、足裏に確かな地面の感触が戻ってきた。

 その瞬間、空気の質が変わったことに全身が気づく。


 ルーネスハーベン都市部では常に(まと)わりついていた魔導エンジンの排気も、人々の体温が宿る雑踏の熱も、ここにはない。

 代わりに山から降りてくる冷気と、湿った土の香りが鼻腔(びこう)をくすぐった。

 

「こんな空気、久しぶりかも」

 

 これが旅行であったなら、どんなに良かっただろう。

 だが、ミラフィスは、すぐにその甘い考えを振り払った。

 しかめっ面を作って頬を軽く叩き、意識を切り替える。

 

「ミラフィス様でいらっしゃいますか?」

 

 改札を出たところで声をかけられ、振り返ると頑丈(がんじょう)そうな体格の中年男性が立っていた。

 

 風雨に晒され続けた岩肌のような硬い表情。

 長年の重労働が()り上げたであろう骨太の体躯(たいく)

 左腕には「リドフォード鉱山管理局」の腕章が巻かれており、口にする敬語はどこかぎこちない。

 

「はい、そうですが……」

「私はザイルと申します。耀魔鉱(マゼライト)採掘場にてマネージャーを務めております」

 

 名乗ったザイルは軽く会釈(えしゃく)し、無骨な手つきで頭を掻いた。

 

「この度は依頼を引き受けていただき、ありがとうございます」

「いえ、お気遣いなく。ギルドが決めたことですので」

 

 軽く返したミラフィスだったが、彼女の目はザイルの表情に見え隠れする不安を捉えていた。

 口には出さないが、この男は今、自分が思っている以上に追い詰められている。

 そう直感したミラフィスは、世間話を挟む選択肢を捨てた。

 

「それで、今回の任務について、お話を聞いてもいいですか?」

「勿論です。ですが、この場で詳細を申し上げるのは避けたい。車をご用意しております」

 

 駅前に停められていたのは小型の魔導車だった。

 古い四輪型——ルーネスハーベンではもう見かけなくなった旧式のものだ。


 ドアを開けながら、ザイルは低い声で語り始めた。

 深く刻まれた(しわ)と目の下の(くま)が、近頃の苦労を雄弁に物語っている。

 

「……正直なところ、我々だけでは手に負えない事態になっているのです」

 

 

 山道を走る魔導車の窓の外で、景色は少しずつ文明から遠ざかっていった。

 初めこそ舗装(ほそう)されていた道路も、やがて砂利道に変わり、車体が大きく跳ねる。

 遠くに連なる山々の稜線(りょうせん)が、夕陽(ゆうひ)を受けて金色に燃えていた。

 

「ご存じかとは思いますが、我々の採掘場はルーネスハーベン地域における主要供給源です」

 

 ザイルは運転しながら状況説明を始めた。

 

「採掘場はいくつかの区画に分かれておりまして、問題が起きたのは第三区画と呼ばれる場所です。最も新しく開拓した最深部の採掘域で、今まで発見された中でも(ぐん)を抜いて品質の良い耀魔鉱(マゼライト)が産出されることから、人員を集中させて掘り進めておりました」

 

 片手でハンドルを握りしめ、もう片方の手で空中に鉱脈を描くような仕草を見せる。

 

「ですが先月の中旬あたりから、第三区画の奥で……なんと言いますか、災魔(ハザード)のような(うめ)き声が聞こえ始めたんです」

 

 いよいよ本題だ。ミラフィスは無意識に姿勢を正した。

 

「最初は機械の故障か、地鳴りの類だろうと思っていました。山の中での作業ですからね、妙な音が響くことは珍しくない。ですが——」

 

 バックミラー越しに見えたザイルの唇が引き結ばれ、眼差しが(けわ)しくなる。

 茜色に染まった空が徐々に紫紺(しこん)へと(うつ)ろい、その横顔に不吉な影を落としていた。

 

「日を追うごとに音は大きく、はっきりとしていきました。鉱夫たちにも動揺が広がって、欠勤が増える一方で。そして先週、ついに——」

 

 言葉が途切れ、ザイルは低く(うな)るように(うつむ)いた。

 

「第三区画の深部で作業していた鉱夫のうち、二名が定刻を過ぎても戻ってこなかったんです」

「行方不明、ですか?」

「捜索に向かったところ、見つかったのは——装備だけでした。安全帽と靴が、まるで脱ぎ捨てられたみたいに、地面に転がっていたんです」

 

 山道の(わだち)を踏み、車体が不意に大きく跳ねた。

 ミラフィスは咄嗟(とっさ)に皮張りの座席の端を掴んで体勢を保つ。

 

「すみません、道が悪くて」

 

 謝るザイルの声は、路面の衝撃とは無関係に震えていた。

 ハンドルを握る指に汗が(にじ)み、関節が小刻みに揺れているのがミラフィスの目に映る。

 

「鉱夫たちは、口々に『災魔(ハザード)が出た』と噂しています。現状では管理局側で手当を増額して説得にあたり、多くの者が作業を続けておりますが、長くは持たないでしょう。操業が止まれば、ルーネスハーベンの各産業にまで影響が及びます」

 

 やがて山腹が急に開け、視界が一変した。


 山肌を切り崩して造成された人工の平地。天を衝くような巨大な掘削機と、鉄腕(てつわん)めいたクレーンが無数に(そび)え立ち、照明の光に不自然なほど煌々(こうこう)と浮かび上がっている。


 燃えるような赤い空を背景に、それはまるで異界(いかい)への門のように(たたず)んでいた。

 

「着きました。耀魔鉱(マゼライト)採掘場です」

 


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