Code:007 術式師殺し《コードブレイカー》②
災魔という共通の敵の存在が人間同士の争いを無くしてくれたのなら、どんなに良かったことだろうか。
残念ながら、時代を重ねても人間という生き物は愚かである。
災魔が出現し始めたおよそ100年前、人類の存続が危ぶまれた時だけ、全ての人々は一時的に手を取り合って力を合わせた。
けれども、術式という対抗手段を手に入れ、災魔の脅威は無くならずとも世界の覇権を人類の手に取り戻した瞬間、人々は再び争いを始めた。
国同士の諍いは勿論のこと、世界各国にて凶悪犯罪の件数は増加の一途を辿っている。
理由は幾つかあるだろうが、最も大きいのは術式という軍事力を一個人が天賦の才として所有できたことだろう。
「恐れ知らずの魔導犯罪者か、厄介だな……」
キグナスは、過去の嫌な記憶を振り返るように言った。
魔導犯罪者、それは術式を悪用して秩序を乱す無法者たち。
本来は災魔を討つために作られた術式を人に向けることも厭わない者たちの台頭はルーネスハーベンのみならずヴェルキア全土で大きな問題となっており、各地の術式師は災魔と戦いながら奴らの対処にも手を焼いていた。
「目的は何だ。逆恨みか、抗争か?」
「それが、詳しく分かっていないの。写真の犯人はかつてギルド【アルデバラン】に所属していたランクCの術式師なのだけれど、調べても被害者との繋がりが全く出てこないそうよ。被害者は年齢も所属もバラバラで、被害者同士の面識も無し。ただ一つ共通しているのは、全員が術式師ってことだけね」
アルスフリートはディアーナの話を聞きながら、余計な仕事を増やすなと言わんばかりの顔で面倒臭そうに息を吐く。
対して、隣に座るルークは何やら自信ありげな顔でこう言った。
「へっ、凶悪犯なんて言っても、ランクCなら楽勝で返り討ちにできるっスよ!」
ルークは自信満々に胸を張ったが、アルスフリートは冷静な目で彼を見つめた。
「甘く見過ぎだ、ルーク。そんな簡単な話じゃねぇよ」
「えぇっ!? アルの兄貴、そんなに弱気でどうするんスか!?」
ルークの声が裏返るのを聞いて、キグナスが咳払いをした。
「いや、アルの言う通りだ。術式師同士の戦いは一筋縄ではいかん。相手の術式を読み切れなければ、一瞬で命を落とすこともある。ランクというものは、あくまで人間が災魔と戦う際の指標だ。確かにランクCでは強力な災魔の外殻を貫くことはできないかもしれんが、ランクBやランクAの術式師を不意打ちで殺すことは難しくない。人間は、そこまで硬くないからな」
キグナスの言葉には、実体験に基づく重みがあった。
【フリューゲル】における災魔の討伐数1位がアルスフリートだとしたら、魔導犯罪者の制圧数1位はキグナスだ。
彼の顔に刻まれた疵痕は、その経歴の過酷さを如実に物語っていた。
「実際、被害者にはランクBの術式師も含まれているわ。ランクCには負けないと思って応戦した結果、返り討ちに遭って殺されている。そして、これはあなたたちにとっても、他人事じゃないのは分かるわね?」
ディアーナが部屋全体を見渡して言うと、ギルドメンバーはしんと静まり返る。
目的不明の殺人鬼が近くに潜んでいて、その攻撃対象が自分たちだと明確に告げられたのだから無理もないだろう。
そんな静寂を破ったのは、アルスフリートの一言だった。
「だったら、先手を打てば良い」
「流石は私の教え子、話が早いわね」
ディアーナは微笑を浮かべると、スクリーンにルーネスハーベン近郊の簡易マップを表示させた。
「赤いピンがこれまでの事件現場、緑のピンが各ギルドの拠点。そして、それらから推測される次の犯行現場が青いピンの場所よ」
旧市街を中心とした一帯に立つ、複数本の青いピン。
該当エリアは一般人があまり立ち入らない一方で、いくつかの中小ギルドが拠点を構えていることから、術式師の出入りは多い。
次なる犯行現場としては、かなり怪しい地点と言えるだろう。
「あなたたちにはこれから暫くの間、班に分かれて交代で青いピンのエリアを巡回してもらうわ。勘違いしないように言っておくけど、目的は奴らの制圧ではなく牽制よ。腕の立つ術式師が巡回しているとなれば、奴らとて迂闊には動けない。顔も経歴も割れているのだから、放っておいても捕まるのは時間の問題でしょう」
緊張感が一層高まる中、ディアーナの指示に従い、ギルドメンバーたちは作戦の詳細に耳を傾けた。
そして、作戦行動の班が決まった頃、アルスフリートは思い出したかのように口を開き、問いを投げかける。
「なあ、ディアーナ」
「何かしら?」
「捕まえても良いんだろ?」
「喋れる状態にはしておくように」
「拷問は趣味じゃない、あんたと違ってな」
「失礼ね、あなたにしかしないわよ」
「へっ、怖い怖い」
挑発的な返答に対し、ディアーナはアルスフリートを軽く睨みながらも口元には笑みが浮かんでいた。
斯くして、ギルド【フリューゲル】による術式師殺し包囲作戦が始まる。
敵は手練とは言え、作戦に参加するメンバーはランクB以上の精鋭揃いで頭数も準備も十分、いざ戦闘となっても簡単にやられることはないと、誰もが思っていた。
しかし、この作戦が後にギルド【フリューゲル】の、そして、アルスフリートの運命を大きく狂わせる災厄の始発点となることを、この時はまだ、誰も知る由は無かった。
* * *
異様な静けさに包まれる夕暮れの旧市街。
一般人があまり訪れない場所ゆえか、時折すれ違うのはアウトローな見た目の人物ばかりだ。
柄の悪そうな若者、厳つい顔面の中年、陽が沈む前から酔っ払った老人、そんな彼らでさえ、路地を闊歩する2人組を前にして道を開けた。
「アル、そんなに怖い顔をするな。皆怯えているぞ」
「怖い顔をしてるのはあんただろ。ただでさえ威圧感しかない筋肉ゴリラなんだから、もうちょっと笑った方がいいぜ?」
「そうか。なら、こんな感じか?」
「もっと怖ぇよ」
アルスフリートとキグナスはペアを組んで、指定されたエリアを巡回していた。
構成された班の中で2人組というのは最小の人数だが、それはディアーナが彼らの実力を高く評価した上でのことだろう。
2人がしばらく進んでいくと、旧市街のシンボルでもある噴水広場へと辿り着いた。
「ここでも戦闘があったのは、間違いないみたいだな」
「分かるのか?」
「こいつを見てみろよ、キグナス」
アルスフリートは噴水周りの石段に指を這わせ、粉状の砂粒を拾い上げる。
そして、魔導粒子のエネルギーを軽く込めると、砂粒は淡い色に光り始めた。
「なるほど。魔導粒子に反応するということは、ここで術式が使われたのか」
「そういうことだ」
アルスフリートとキグナスは噴水広場の奥側、前回の事件現場となった路地裏の入り口に近付くと、バリケードテープを踏み越えて中へ入って行った。
写真で見た時とは違って血痕は綺麗に拭き取られているが、所々が崩れかけた壁面や地面に空いた穴は戦闘の痕跡を隠し切れていない。
「この辺りで、一方的になったな」
「それは俺も分かるぞ。破壊された箇所の形状が1種類に偏っている。おそらく、噴水広場の戦闘で傷を負って、ここに逃げ込んだのだろう。だが、逃げ切れずに術式で滅多撃ちにされたか」
「袋小路ってのは一部の術式と相性が良い。特に、複数人で取り囲めば効果は何倍にも膨れ上がるんだ」
アルスフリートがそう言った直後、2人は顔を見合わせてしばし黙り込む。
感じたのは、何者かの視線。
そして、次に言葉を発する時、2人は自然と構えを取っていた。
「今みたいな状況ってことだな」
「……来るぞ、キグナス!」
上空から降り注いだのは、術式砲の雨霰。
2人はステップを踏んで攻撃を避けると、背中合わせになって周囲を見渡した。ちょうど建物の屋根の辺りに立ち、彼らを見下ろすのは2人組の刺客。
それはまさに、手配写真で見た術式師殺しと呼ばれる魔導犯罪者たちだった。
「手荒い真似をしてくれる。確か名前は、ダリオンとメルキオル、だったか」
「名前なんてどうでもいいが、相手くらいは選べよ、小悪党」
「「術式駆動!」」
キグナスとアルスフリートは同時に、全身を巡る魔導回路を解放する。
「《焔血王》と《鬨の昇竜》、だな。お前たちには、ここで死んでもらう」
「我らが主の悲願のため、心臓を置いていけ」
術式師殺し、フードを被った男・ダリオンと髑髏のピアスを付けた男・メルキオルはまるでロボットのように感情がない声音でそう告げた。
その直後、鋭い発砲音が響き、術式が次々と放たれた。




