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Code:064 水面下の魔物たち①

 * * *

 

 明け方の薄明(はくめい)が窓ガラスを群青(ぐんじょう)に染める。

 ベッドで寝入るアルトの顔を照らすのはカーテンの隙間から差し込む光か、こんな時間に浮かび上がったDOC(ドック)の画面表示か。

 続けて鳴った着信音に、彼は寝ぼけ(まなこ)(こす)りながら上半身を起こした。


『面白い情報が入った。すぐに僕の部屋へ来てくれ』——早朝を示す時刻表示の横に浮かぶ、ヴァラムからの突然のメッセージ。

 

「こんな時間に、何だっていうんだ……」

 

 アルトは文句を言いながらも、素早く身支度を整えると寮の廊下へ足を踏み出した。

 朝食の時間よりもずっと前、他の隊員たちが目覚める気配すらない男子寮は、無音の空気に包まれている。


 ジュリアナから出撃禁止の命令、言い換えれば謹慎(きんしん)を言い渡された身分ではあるが、先が見えない閉塞感(へいそくかん)を打破したいという思いが躊躇(ためら)いがちな足取りを前へと(うなが)した。

 

 薄暗い廊下を進みながら、アルトは壁に沿うように足音を忍ばせる。

 誰かに見つかって、余計な詮索(せんさく)をされることは避けたかった。


 音を立てずに階段を上り、目的のフロアへ。

 最も端に位置する部屋の前で、アルトは軽くドアをノックした。


 しかし、応答はない。

 再度ノックしようとした瞬間、ドアが内側から音もなく開かれた。

 

「遅かったじゃないか」

 

 徹夜でもしていたのか、目を爛々(らんらん)と光らせたヴァラムの顔が現れる。

 アルトは廊下を一瞥(いちべつ)してから、素早く部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 扉が閉まった瞬間、想像を超える光景が彼の目に飛び込んできた。

 広くはない部屋の内部は、まるで別世界から切り取られてきたかのようだった。


 壁一面に設置された複数のモニターからは明滅する光が放たれ、床には無数のケーブルが(へび)のように(から)み合いながら()い回っている。

 天井からは赤と緑のランプが幾つも吊り下げられており、暗号のような不規則なリズムを刻んでいた。

 

「これは、あんたの部屋なのか……?」

「まあね、驚いたかい? 僕の趣味ってところさ」

 

 ヴァラムは満足げにニヤつきながら、中央に置かれた回転椅子へ優雅に腰掛けていた。

 彼の姿も部屋の内装も、術式師(コーディアン)というよりはプログラマーやハッカーといった印象に近い。

 

「あんた、本当に何者なんだ?」

「さあ、なんだろうね」

 

 茶化すような返答に、アルトは眉をひそめた。

 しかし今は、素性を探りにきたわけではない。

 部屋の中央へと歩み寄りながら、本題を切り出す。

 

「で、本題を聞こうか」

「師匠……レイザークから連絡が入ったんだ。ルーネスハーベン郊外で、仮面の人物が目撃されたとね」

 

 ヴァラムはキーボードを軽く叩くと、中央のモニターに地図が映し出された。

 赤く点滅する三つの地点が、街の外周を囲むように配置されている。

 

「これが今回の目撃場所だよ。一つは北西の丘陵(きゅうりょう)地帯、もう一つは東の森林地帯、そして最後は南の平原地域」

「全て郊外か……今までと違うな」

 

 アルトは腕を組みながら、画面に映る地図を食い入るように見つめた。

 今までの目撃情報は全て都市部だったことを考えると、規則性からは外れている。


 レイザークの予想、つまり、禁術で顕現門(ゲート)を開いて災魔(ハザード)を出現させる目的なら、人口が密集した場所の方が被害も大きく、混乱も起きやすい。

 なぜ今になって、人気(ひとけ)のない郊外に現れたのか。

 

「それだけじゃないんだ。今回の特筆すべき点は、それぞれの地点で目撃された時間にある」

 

 ヴァラムが指先で画面を操作すると、それぞれの地点の横に時刻が表示された。

 三つとも、昨日の夕方から夜にかけての数時間の間に集中している。

 

「ほぼ同時刻、つまり、同一人物の仕業じゃない……?」

「そう、おそらく複数人が連携して同時に行動している」

「奴らは、何のために……?」

 

 アルトの問いは、部屋に吸い込まれるように答えのないまま消えていった。

 ヴァラムは椅子から立ち上がると、空間に投影したホログラムの地図へと歩み寄る。

 それは都市全体を俯瞰した航空写真のようで、様々な色のピンが無数に立てられている。

 

「これは、今までに仮面の集団が出現した地点をマッピングしたものだよ」

「この配置……何かの法則があるのか?」

 

 アルトの指が地図上をなぞる。点と点を繋ぐようにして、何かを見出そうと思考を(めぐ)らせる。

 

「ああ、おそらくは地脈の流れに沿っているんだ」

 

 ヴァラムの言葉に、アルトは目を見開いた。

 地脈というのは、地中を巡る魔導粒子(マギオン)の通り道を指す用語。


 それらの濃淡によって術式(コード)の性能や構築難度に影響を与えたり、災魔(ハザード)の行動が変化したりすることは魔導学の世界で広く知られている。

 しかし――


「確かにそうだが、地脈の有無が与える影響は微々(びび)たるものだろう」

「まあ、本来ならばその通りなんだけどね」


 アルトは思案するように額に手を()った。ヴァラムの言わんとする意図を測りかね、首を横に傾ける。

 

「師匠が見せてくれた謎の幾何学模様(きかがくもよう)のこと、覚えているかい?」

「奴らが現れた場所に残された、奇妙な図形のことか?」

 

 ヴァラムはモニターに幾何学模様(きかがくもよう)を映し出す。

 何度見ても、(ただ)のマーキングには思えない、禍々(まがまが)しい造形だ。

 

「あれが禁術の構築をサポートする魔導陣だとしたら?」

「いや、手書きの魔導陣に、それだけの効果があるとは思えない」

「地脈も然り、魔導陣も然り、それ単体では大した影響はない。だが、奴らの使う禁術が、僕たちの想像を(はる)かに超えるスケールだったら、どうだ?」


 指先が画面上で舞い、彼が語る言葉に合わせるように複数の地点が線で結ばれる。

 それらを俯瞰(ふかん)すると、まるでルーネスハーベン全体を覆うかのような図形が浮かび上がった。


 偶然にしては、出来すぎた造形だ。


「……確かに、都市をまるごと巻き込むほどのスケールで組まれた禁術なら、そういった外部的な影響も無視はできないな」

「これまでの全てが、何かの下準備。そう考えるのが賢明かもしれないね」

 

 そのシナリオが真実なら、なおさら楽観している場合ではない。

 最悪の場合、街全体が破壊されるような事態が引き起こされる可能性もある。


 額に冷や汗が浮かぶのを感じながら、アルトは唇を噛んだ。

 

「どうするべきか……」

 

 アルトの声には迷いがあった。

 

 証拠不十分のままギルド上層部に持ち込んでも取り合ってもらえないだろう。

 かといって、放置するわけにもいかない。

 

 ヴァラムは少し考え込むような素振りを見せた後、急に顔を上げた。

 

「一つ、良い案がある。(じゃ)の道は(へび)、と言うだろう?」

「何が言いたい?」

「今日の夜、西エリアで落ち合おう。詳しくはそこで話す」

「……分かったよ」

 

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