Code:063 セティリア隊長②
* * *
「ふぅ、やっと戻ってきたね」
すっかり夜の帳が下りたルーネスハーベンの街。
ギルド【オルフェウス】の敷地内を歩きながら、ミラフィスは隣を歩くアルトの様子を覗き込む。
彼の足取りは重く、任務で災魔と戦ってきた時以上の疲労の色を顔に浮かべている。
「今日は早く寝なきゃダメだよ、いい?」
ミラフィスは心配げな表情で、アルトの目をじっと見つめて言った。
「善処します」
「これはお願いじゃなくて命令だから」
「はいはーい」
「はいはーい、じゃないんだからね」
ミラフィスは呆れたように小さく息を吐き、苦笑して首を横に振った。
「まったくもう、いつからこんなに生意気になったんだか……」
わずか数日前までは初対面だったはずなのに、すでにこうして冗談を言い合える関係になっていることに、彼女自身も少し驚いていた。
年下でありながら、時折見える落ち着いた言動は、まるでずっと年上の魂を宿しているかのよう。
その矛盾が、彼女の心を惹きつけるのかもしれない。
「ところで、アンタの謹慎期間は、いつまで?」
「ジュリアナ司令官からは一週間と言われました」
ミラフィスはその言葉を聞いて少し考え込むように目を細めた。
「そっか、もう少しあるね。分かってると思うけど、その間は静かにしてること。終わったら、また一緒に頑張ろうね」
先輩としての責任感と共に、後輩を気遣う優しさが滲んでいた。
やがて、二人は寮のエントランスへと辿り着く。
自動扉が開くと、外とは打って変わった温かな空気が2人を包んだ。
ミラフィスは立ち止まり、階段の方へ目をやってから、改めてアルトの方に向き直った。
「隊長も、きっとアンタのこと心配してるよ」
「セティリア隊長が?」
アルトは思わず足を止めた。
転生してから、セティリアとはまだ本格的な会話を交わす機会が多くなかった。
以前の彼女を知る自分にとって、現在の彼女の様子が気になる部分というのは正直なところだ。
「うん。セティリア隊長って、本当はすごく心配性なの」
「へぇ、そうなんですか?」
「そうだよ。表情には出さないけどね」
ミラフィスはそう言って、くすりと笑った。
アルトはこの機会を逃すまいと、さらに質問を続けた。
「隊長と先輩は、前から知り合いだったんですか?」
「一応、アカデミー時代からの付き合いなんだ。一緒だったのは、中等部の一年間だけどね。隊長はその頃から規格外だったの」
彼女の声には、羨望よりも誇らしさが感じられる。
「そんなに優秀だったんですか?」
「優秀なんてもんじゃないよ。でも、それは最初からじゃなかったんだ」
ミラフィスは思い出すように視線を遠くに向け、「最初は、むしろ目立たない子だった」と続けた。
それは、アルト、いや、アルスフリートも知っていることだ。
三年前、セティリアが中等部に上がったばかりの頃は、資質はあれど簡単な術式も満足に使いこなせなかったのだから。
「入学当時は成績も並程度で、友達も作らず、隅っこでじっとしているような子だった。同級生からいじめられることも多かったみたいで、ウチがそれを止めに入ったのが隊長との出会い。それからしばらく、隊長は目立たない地味な下級生だったんだけど……」
ちなみに当時、ミラフィスは中等部の三年で、セティリアは一年だったらしい。
学年の壁を越えて手を差し伸べた話を聞きながら、アルトは静かに目を伏せた。
代わりにうっかり、ありがとうございます、と言いかけそうになった口を押えながら。
「ある日を境に、彼女は変わった。突然、信じられないほどの勢いで急激に力をつけ始めたの。まるで何かに取り憑かれたように朝も夜も訓練して……半年後には同級生どころか上級生すら敵わないほどの強さになっていたんだ」
アルトの喉の奥が、ぎゅっと締まった。言葉は出なかった。息だけが、わずかに乱れる。
ミラフィスは遠い目をしたまま話し続けているから、おそらく気づいていない。
それでよかった、とアルトは思った。
ある日を境に、というのがいつを指しているのかは、仔細を聞かずとも察しがついたからだ。
それでも平静を装い、ミラフィスの話に耳を傾ける。
「さっき話した通り、ウチはギルドを卒業してから術式師の道へ進まなかった逸れ者。対して彼女は、飛び級でアカデミーを卒業して、ギルドからスカウトされた有望株。いつしか手の届かないくらいに遠い存在になっていたはずなんだけど、隊長はウチのことを覚えてくれていたみたいでさ。実家を飛び出して路頭に迷っていたウチに、一緒のギルドに入らないかって声を掛けてくれたんだ。だから、隊長はウチにとっての大恩人なの。実力もそうだし、人間性もね」
ミラフィスの話からは、セティリアの成長の一端を垣間見ることができた。
自分の知らなかった3年間、彼女は傷を抱えながらも着実に前へ進み、自らを変えていったのだ。
「さて、もう遅いし、そろそろ解散にしよっか」
「ミラフィス先輩、今日はありがとうございました」
「いいよ、お礼なんて」
彼女は照れ隠しのように言うと、階段の方へと歩き出した。
「また明日ね」
そう言い残して、ミラフィスの後ろ姿は見えなくなった。
アルトは少しの間、その場に立ち尽くしていた。
遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなっても、なぜかすぐに動き出せなかった。
(「セティ……もうすっかり一人前になったんだな」)
アルトは廊下の窓から見える夜空を見上げる。同じ月が、三年前の災厄の夜にも輝いていた。
あの時一度死んだ自分と、傷ついた彼女。
しかし今、彼女はその傷を乗り越え、術式師として、隊長として、立派に成長している。
自分はもう、彼女にとっては過去の人物に過ぎない。その事実が胸に痛みをもたらすが、同時に誇らしさも感じる。
(「きっと、俺のことなんて、記憶の片隅に埋もれているんだろう。だけど、それでいい。お前はもう、過去を乗り越えたんだ」)
アルトは心の中でそう呟くと、未練を断ち切るように自室へと足を向けるのだった。
その確信が、願望にも似た思い込みが——
どれほど的外れであったか、知る由もなく。




