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Code:062 セティリア隊長①

* * *


 「第七部隊の任務計画、これでいいかな……」

 

 セティリアは机上の暗色の木目に映る自分の姿を一瞬だけ見つめて、表情を(ゆる)めた。

 銀髪のロングヘアは背中で光を反射し、左目を覆う眼帯型のDOC(ドック)が青い輝きを放つ。

 

 純白の隊服は今もなお(しわ)1つなく、彼女の神秘的な(たたず)まいをより引き立てていた。

 だが、その手が持つ書類の端は、既に幾度(いくど)となく折り目がついている。


 デジタルのデータ管理が主流となっても、紙が仕事場から消えることはない。

 付けられた折り目の一つ一つは、隊長としての彼女の葛藤(かっとう)痕跡(こんせき)のようだった。

 

「メンバーの近況も、確認しておかないと」

 

 セティリアの指先が宙に浮かぶホログラム式のデータパネルを軽やかに操作すると、光が空中に広がり、第七部隊の隊員データが立体的に配列された。

 

 それぞれの名前の横には、任務の成績評価や適性分析、習熟度といった様々な情報が数値化されて並んでいる。


 彼女はそれらを素早く見渡し、時折(ときおり)、指先で重要な部分を拡大させながら、隊員それぞれの状況を確認していった。

 

「リノエラは……相変わらず副隊長として活躍してくれてる。わたしも、あまり頼りすぎちゃダメだよね」

 

 安定した高水準の成績に、セティリアは静かに満足げな表情を浮かべる。

 頼れる存在がいるという安心感は、孤高とも言える彼女にとっては大きな支えだ。

 

「ミラフィスは……ちゃんと指導役ができるか心配だったけど、アルトとは良い関係を築けているみたい。少し安心かな」

 

 ミラフィスのファイルに記されているのは、アカデミー時代から現在までの評価データだ。

 術式(コード)の才能に優れ戦闘能力も高いが、仲間に心を開かず柔軟性を欠くことがある、というコメントに示される通りの内向的な性格の持ち主。


 しかし、指導を担当することになったアルトとは相性が良いようで、その傾向はDOC(ドック)を通して観測される精神安定度のパラメータにも反映されている。

 彼女のようなタイプが、あまり時間をかけずに心を開くというのは珍しい。

 セティリアの眼差しからは、部下の成長を見守る上官としての温かさが垣間見(かいまみ)えた。

 

 そして、アルトの名前が記された書類に視線を移す。

 セティリアの表情に、一瞬だけ何かがよぎった。

 

「アルトは……頑張り屋でいい子、実力も想像以上にある。でも、見ていると、危なっかしくて……不安になる」

 

 彼女の指がアルトのデータにゆっくりと触れると、投影される光が彼の姿を映し出した。

 演習場での訓練映像が無音で再生される中、彼の動きを食い入るように見つめるセティリア。


 その眼差しには、単なる上官の評価を超えた、何かしら特別な感情が宿っていた。

 彼女自身も気づかぬうちに、その映像に見入っていることに気づき、軽く首を振って我に返る。

 

「いつか無理をして、取り返しのつかないことになりそう……気をつけないと」

 

 セティリアの表情に浮かぶ懸念(けねん)は、隊長としての責任感だけでは説明できない深さを持っていた。

 あたかも遠い過去の記憶と重なるかのような、複雑な色合いを帯びている。

 

「クーレリカは……最近は少し落ち着いてきたのかな。後輩ができたことが良い影響を与えているみたい」

 

 クーレリカのデータにはここ最近の精神安定度の上昇が明確なグラフとして示されていた。

 セティリアは微笑(ほほえ)みながら、その推移(すいい)(なが)める。


 彼女の指先が画面上を滑り、クーレリカの術式(コード)構築速度と精度の記録を呼び出した。

 その数値はギルド内でもトップクラスだ。

 

「才能は間違いないし、今後は部隊のエース候補ね」

 

 セティリアは少し思案するような表情を見せた後、納得するように(うなず)いた。

 

「パトリックは……この前の上位個体との戦いでランクアップしたけど……たぶん彼の実力じゃないよね。でも、それが自信につながって成長するきっかけになればいいかな」

 

 パトリックのデータを開くと、彼の最近のランクアップに関する報告書が表示された。

 上位個体との戦闘記録と、その分析結果をスクロールしながら、セティリアは微かに眉を寄せる。

 

 そこには彼一人では決して成し得なかったであろう戦果が記されていた。

 しかし、彼女はそれを指摘するような言葉を口にはせず、むしろ今後の成長に期待を寄せる表情へと変化させる。

 

「ヴァラムは……相変わらず単独行動が多い。何を考えているのか分からないし……今は何も言えることがない、かな」

 

 最後に投影されたヴァラムのデータには、他の隊員と比べて明らかに情報量が少なかった。

 彼の行動パターンは予測不能で、単独で行動することが多いため、十分な観察記録が取れていないのだ。


 セティリアの眉間(みけん)に浮かぶ(しわ)が深くなる。

 データを閉じる前に、ヴァラムの任務成功率だけを再確認する。

 数値自体は問題なく、むしろ優秀な部類に入るものだったが、彼女の表情には依然(いぜん)として警戒心(けいかいしん)が残っていた。

 

 それから、さらに時間が経った。

 月明かりを背にした窓際からは夜気(やき)が流れ入り、書類の(はし)を揺らす。

 セティリアはそれを無意識に押さえ、作業を続けていた。

 

「セティリア隊長、まだ仕事をされていたんですね」


 突然聞こえてきた声に、セティリアは動きを止め、顔を上げる。

 扉の開く音すら気付かぬほど仕事に没頭していたのか。ミーティングルームの入り口には、第五部隊の隊員が数名立っていた。


 皆、任務帰りなのか疲労している気配を感じさせながらも、姿勢を正して敬意を込めた表情で彼女を見つめている。

 

「任務、ご苦労様。今日は遅かったんだね」

「はい、予定よりも時間がかかってしまって……セティリア隊長はこんな遅くまでお仕事ですか?」

 

 セティリアは手元の書類を整えながら、軽く首を横に振った。

 

「大したことはしてないよ。いつもの事務作業だから」

 

 そう言いながらも、彼女の机上には明らかに過剰(かじょう)な量の書類が積み上げられている。

 

「すごいですね、セティリア隊長は」

 

 第五部隊の隊員の一人が、感嘆と共に言った。その表情には、そこはかとなく羨望(せんぼう)が見える。


「うちの隊長なんて、こういう仕事は全部副隊長に押し付けているんですよ」

「おいおい、それは言っちゃだめだろ」

「まあ、事実よね」

 

 隣の隊員が(たしな)めるように(ひじ)で突きながらも、同意するかのように頷いた。


「うちの隊長があなたみたいな人だったら、どんなに心強いか……」

 

 セティリアの瞳に一瞬だけ戸惑いが宿り、すぐに消える。書類を手にしたまま、困ったように微笑(ほほえ)んだ。

 

「そんな、わたしなんてまだまだだよ」

謙遜(けんそん)しすぎですよ。あなたは才能もあって、しかも努力家。ギルド内では最年少の隊長なのに、ベテランたちからも一目置かれているんですから」

 

 そう言われて、悪い気はしない。

 だがセティリア自身は、その評判を聞くたびに胸の奥で何かが(きし)むような感覚を覚える。


 一瞬の沈黙が流れ、室内の空気が(ほの)かに重くなる。

 第五部隊の隊員たちは、その言葉の意味を測りかねた様子で、互いに視線を交わした。


 彼女もそれに気付いたようで、軽く咳払(せきばら)いをすると、取り(つくろ)うように言葉を返す。

 

「それじゃあ、その期待に応えられるよう、もっと頑張らないとね」

 

 その声は柔らかいながらも、どこか距離感のある、氷のような冷たさを秘めていた。

 第五部隊のメンバーたちは、そんな彼女のオーラに当てられて思わず背筋を伸ばす。

 

「どうか、無理はなさらないでください」

 

 セティリアは軽く会釈(えしゃく)をして、作業に戻る。眼差しに変化はない。

 第五部隊のメンバーたちも、軽く頭を下げて部屋を後にした。扉が閉まり、再び静寂が訪れる。

 

 彼女は小さく息を吐き、データパネルと書類の山に向き合った。

 16歳という年齢にも関わらず、すでに信頼を集めるリーダーとして確固たる地位を築いている。


 だが、その責任感の強さゆえに、誰にも見せない孤独も同時に背負っているように見えた。

 再び一人になった部屋に残った音は、DOC(ドック)の微かな機械音と、時折聞こえる彼女の(ささや)きだけ。


 窓の外では、月が雲に隠れ、また姿を現した。

 

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