Code:060 フロレンシア・パティスリー②
見た目からして15、6歳くらいだろうか、駆け寄ってきた少女の仕草からは、飼い主を見つけた子犬のような喜びの感情が溢れている。
「ただいま、セラミィ」
ミラフィスが微笑みかけると、セラミィと呼ばれた少女は嬉しそうに頬を擦り寄せた。
「もう、甘えん坊なんだから」
そう言いながらも、ミラフィスは優しく妹の背中を撫でる。
「だって、お姉ちゃんったら全然帰ってこないんだもん!」
「そんなに経ってないよ……2年くらい」
「長すぎるよっ!」
セラミィはそう言いながら、ふと隣に立つアルトに気づいた。
つり目はミラフィス譲りだが、彼女よりも幼さの残る愛らしい顔立ちで、じっとアルトを観察している。
好奇心に満ちた視線でしばらく見つめた後、セラミィはミラフィスの袖を引っ張った。
「ねぇねぇ、この子、誰?」
「ウチのギルドの後輩だけど」
「へぇー」
セラミィはアルトの周りをくるりと回り、ぐいっと顔を近付ける。
「初めまして、アルト・ツヴァイラインです」
対するアルトは猫を被ったまま、愛嬌ある笑顔でお辞儀をした。
初対面の相手に取り入るように、最大限に愛想の良い表情を作る。
対して、セラミィは訝しむような表情でむむむと唸った後、納得したように頷いた。
「ふーん、この子がお姉ちゃんの初彼氏さんですかぁ」
「は、はぁぁっ……!?」
予想していなかった言葉に、ミラフィスの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「ち、違うっての! なんでそうなるの!?」
「だって、お姉ちゃんが男の子連れてくるなんて初めてだもん」
「いや、違うし! ただの後輩だし!」
ミラフィスはパニックに陥ったように両手を振りながら否定した。
耳まで真っ赤にして慌てる姿は、エリートであるランクBの威厳も形無しで、普通の女の子そのもの。
セラミィは姉の恥ずかしがる姿に満足したのか、くすくすと笑いを漏らした。
「まぁまぁ、とりあえず中に入って座りなよ。いつものやつ、持ってくるからさ」
セラミィはそう言い残すと、店の中へと小走りに消えていった。
「ごめんね、あの子、昔からあんな性格でさ……」
「いえ、気にしないでください。面白い方ですね、妹さん」
ミラフィスは照れくさそうに頬を掻きながら、窓際の席へとアルトを案内した。
白を基調とした内装は、どこか懐かしさを感じさせるような温かみがある。
「ミラフィス先輩は、ここで育ったんですか?」
「そうだよ、店の2階がウチの実家」
窓から日差しが差し込む温かな店内で、アルトは静かに周囲を眺めていた。
転生前は、任務に明け暮れる日々が続いており、こうしてのんびりするような時間はあまり多くなかった。
ごく当たり前の実家の風景が、アルトの目には新鮮に映っていた。
「お待たせ〜!」
しばらくすると、セラミィが持ってきたのは、透明なグラスに層になって盛られた鮮やかなパフェだった。
苺とカスタードクリーム、アーモンドスライスがかかったジェラートが美しく重なり、上にはホイップクリームとミントの葉が添えられている。
「おぉ……」
「これは『アストラ・フレーゼ』っていう、うちの店の名物なの。この街で知らない人はいないくらい有名なんだよ」
「それじゃあ、いただきます」
アルトがスプーンを手に取り、ゆっくりと一口目を口に運んだ。口の中に広がる甘さと酸味のバランス、食感の変化、そして後味の爽やかさ。
思わず目を閉じて、その味わいを噛みしめる。
「どう?」
「美味しい……すごく美味しいです」
素直な感想に、セラミィの顔が明るく輝いた。
「でしょ? これはね、パパが考案した自慢のレシピなんだよ」
「お父さんが?」
セラミィの言葉にアルトが反応すると、向かい側に座っていたミラフィスが静かに口を開いた。
「パパはママと一緒にこの店を開いたの。腕の良い菓子職人のママと、本業は術式師のパパ。だけど、何故か新メニューを思いつく才能はパパの方があって、今でもいくつかのメニューとして残ってるんだ」
「今でも……って」
「そう、私たちがまだ小さい頃、災魔と戦いに行ったきり、そのまま帰ってこなかったの」
言葉の続きを待つまでもなく、その意味は明白だった。アルトは思わず手を止め、小さく頷いた。
「すみません、失礼でしたね」
「大丈夫、気にしないで」
「うんうん、それに、アルトくんはお姉ちゃんたちと一緒に、戦えない私たちに代わって戦ってくれてるんでしょ? 感謝しかないよ!」
セラミィがそう言ったとき、アルトはミラフィスの表情が一瞬だけ曇るのを見逃さなかった。
彼女は誤魔化すように笑ってみせたが、その瞳の奥には何かが潜んでいるように見えた。
「美味しいもの食べるときに暗い顔するなんて、パパがいたら怒ってるよ?」
「変なところでこだわりがあるっていうか、厳しい人だったもんね~」
昔から明るい性格だったセラミィと、内気だったミラフィスは対照的な姉妹だ。
それでも2人が父親の思い出を語る時の表情は不思議と似ていて、失くしてからも家族の絆は残り続けるのだと、彼女たちの姿が物語っているようだった。
「そうそう、お父さんが一番大事にしていた教えは『笑顔』よね」
店の奥から現れたのは、ミラフィスやセラミィと同じ綺麗な金髪を後ろで束ねた女性だった。
どうやら2人の母親であるらしく、よく似た面影を持ちつつも、どこか大人の包容力を感じさせる。
「あら、この子は?」
「ウチの後輩、めっちゃいい子だよ」
「はじめまして、ミラフィスの母、ラフィーナと申します」
「こちらこそ、はじめまして。ミラフィス先輩にはいつもお世話になっています」
「あらあら、とっても可愛らしい子なのね。うちの子に欲しいくらいだわ」
アルトは愛想良く笑顔を返しながらも、内心では少し苦笑していた。
転生してこの姿になってから、「可愛らしい」という言葉をかけられる機会が増えたが、いまだに慣れない。
「もう、変なこと言ってないで、ママも座って」
ミラフィスが隣の椅子を引くと、ラフィーナは微笑みながら腰を下ろした。
テーブルを囲む輪に、温かな空気が広がる。
会話は自然と日常の話題へと移り、グラスの中のパフェが少しずつ減っていく。
時折セラミィがカウンターから顔を出しては冗談を言い、ミラフィスが照れ臭そうに返す様子は、姉妹の微笑ましい光景だった。
アルトはその様子を眺めながら、静かに会話を楽しんでいた。
しばらくすると、ラフィーナはふと思い出したように話題を変えた。
「セラミィに店を継いだら、私も数年以内に引退しようと思っているの」
ラフィーナは優しく微笑みながら、娘を誇らしげに見つめた。
「でも、お菓子作りの腕前はまだまだ未熟だから、これからもっと技術を伝えていかないといけないわね」
「ママったら、私だってそこそこ上手くなったでしょ?」
「そうねぇ……70点くらいかしら?」
「そんなぁ!」
母と娘たちの軽口を交わす姿を見ながら、アルトは半分ほど食べ終えたパフェに視線を落とした。
こんな日常の光景は、術式師という仕事をしていると、時に忘れがちになる。
いや、アルスフリートとして生きていた頃は、既にこういった時間を失っていたとも言える。
そのまま歓談が続き、ギルドでの出来事などについて話していると、ラフィーナは突然真剣な眼差しをアルトに向けた。
「アルトちゃん、1つ、お願いがあるの」
「はい?」
「ミラちゃんのことを、どうかよろしくお願いします」
そして、思いがけず深々と頭を下げられた。
ラフィーナの声は少し震えていた。
「術式師という仕事が、どれだけ危険かは私もよく知っています。災魔と戦いに行けば、帰って来られる保証はない。お父さんが、そうだったように」
「ママ……」
「だからこそ、この子を支えてあげてください。よろしくね、彼氏くん」
「「えっ!?」」
ミラフィスとアルトが同時に声を上げる。
「違うって、お母さん! さっきから言ってるでしょ!?」
「あらあら、そうだったの? でも、こんなに仲良さそうだし、ミラちゃんが家族以外に、それも男の子に心を開くなんてことは今までなかったから、てっきり……」
「違うよ、違うって! もう!」
顔を真っ赤にして否定するミラフィスの姿に、セラミィが我慢できないとばかりに吹き出した。
「ほーら、お姉ちゃん、顔真っ赤じゃん!」
「うるさい! セラミィは黙ってて!」
「可愛い彼氏くん、大事にしなくちゃね〜」
「だから違うってばーっ!!」
微笑ましい家族の光景を眺めながら、アルトは残りのパフェを口に運ぶのだった。




