Code:006 術式師殺し《コードブレイカー》①
* * *
日も沈みかけたルーネスハーベンの街並みを背に、アルスフリートとセティリアはギルド【フリューゲル】本部へと帰還した。
セティリアは相変わらずアルスフリートの腕にしがみついたまま、時折上目遣いで彼の顔を覗き込んでは頬を赤らめている。
「おい、そろそろ離れろ。歩きづらいだろ」
「えー、でも、もうちょっとだけ……」
普段は素直で従順な少女なのだが、最近はこういった我儘さを見せることも増えてきた。
しかし、初めて出会った頃の怯えきった小動物を思わせるような態度と比べれば、感情を素直に表現してくれるだけでも上出来だろう。
家族を失い、住む場所を2度も失い、当時の彼女はまるで壊れた人形、信頼関係を築くまでにはだいぶ苦労したことを思い出したアルスフリートは、腕を振り解くことを諦め、苦笑しながらギルド【フリューゲル】の門をくぐった。
鋼鉄の扉を開け、広々とした廊下に足を踏み入れると、そこには既に人影があった。凛とした佇まいで立つ紫紺色の髪の女性——ギルド長のディアーナだ。
「お帰りなさい、アル。そしてセティリアも」
優しくも威厳のある声で、ディアーナは2人を出迎えた。
「ギルド長直々のお出迎えとは、珍しいこともあるもんだ」
「た、ただいまです……」
アルスフリートが減らず口を叩く一方で、セティリアは少し緊張した様子で挨拶を返す。
「失礼ね、私だって部下を労うことくらいするわ。アル、今朝の災魔討伐任務、お疲れ様。報告書は既に受け取ったわ。今回も完璧な成果だったわね」
ディアーナの言葉に、アルスフリートは特に表情を変えることもなく頷いた。
一方で、セティリアは「さすが、おにいちゃん!」と小声で呟きながら、誇らしげな表情を浮かべている。
「それと、この後、臨時のミーティングを予定しているの。30分後に会議室へ集合して頂戴」
「ああ、了解だ」
「あの、わたしは……?」
「ごめんなさいね、今回のミーティングに参加するのはランクB以上の幹部メンバーだけなの」
「そっか、それじゃあわたしは、部屋で待ってます。……ばいばい、おにいちゃん」
セティリアはようやくアルスフリートの腕から離れると、小さく手を振りながら自室へと戻って行った。
「アル、1つ忠告」
「何だ?」
「あなたたちの距離感は少し、いや、かなりおかしいわよ。通報されて刑務所行きになる前に何とかしなさい」
「……分かってるけどよ、今更突き放せないだろ」
「まあ、気持ちは分かるわ。身寄りのないあの子にとって、あなたは先生というより兄代わりであり父代わりでもある。それに、あの子はよく懐いてくれて可愛らしいものね。昔のあなたみたいな可愛げのない教え子と違って」
「余計なお世話だ」
「でも、先生と教え子には適切な距離感ってものがあるでしょう? それをコントロールするのもあなたの仕事、良いわね?」
「善処するよ、何とかな」
そう指摘されて、アルスフリートは困り顔で額に手を当てる。
どうにかするべきとは思うが、ここでセティリアを厳しく突き放そうものなら、かつての感情を失った少女に逆戻りしてしまうかもしれない。
頭を悩ませていると、自室に帰ったはずのセティリアが廊下の先の柱の影から顔を覗かせていることに気付いた。
「ごめんね、おにいちゃん、聞き忘れたことがあって」
「どうした?」
「今夜も、お部屋にお邪魔していいかな?」
「あ、ああ」
「えへへっ、やったあ! それじゃあ、また後でね!」
ついうっかり、いつもの癖で生返事を返してしまったことに気付いた時、アルスフリートは自身に向けられる視線が鋭く尖ったことを感じ取った。
この寒気がするような気配を覚えることは、過去に一度や二度ではない。
「今夜、も?」
「待て、ディアーナ、これは別にやましいことじゃない」
「そういえば最近、セティリアが夜になっても帰ってこないって噂を耳にするのだけれど」
「あいつが人のベッドを占領した挙句にそこで寝落ちするから仕方なくだな……こっちは床で寝てんだよ!」
「ふぅん、随分と仲が良いことで。……このド変態のクズ男」
雰囲気や声音から、かなりヤバい状況に置かれていることを察したアルスフリートは慌てて弁解しようとするが、時すでに遅し。
「待て、ディアーナ、話せば分かる」
「悪いけど、変態と会話する口は持ち合わせていないのよ……術式駆動」
「くっそ、どいつもこいつも話を聞かねぇ!」
アルスフリートは背中を向けて、足早に逃走を開始する。
当然、ディアーナがそれを黙って見逃すはずがなく、ギルド内で開始されたのは若手のエースとギルド長の仁義なき追いかけっこ。
だが、ギルド【フリューゲル】本部の敷地はそこまで広いというわけでもなく、建物外に開けた演習場へ辿り着いた時点で袋の鼠だ。
ディアーナが右腕を掲げると、頭上に燦然と輝く術式飛槍が無数に展開される。それらを全てアルスフリートが立つ場所に狙いを定め、今にも撃ち放たれようとしていた。
彼女は彼の師匠、術式師としてしごかれたことは一度や二度ではない。故に分かる、この術式が並大抵のものではないということが。
「覚悟は良いかしら──《跪け、咎の罪人》」
「おいおいおい、殺す気か!?」
金色の槍が流れ星の如く光り、次々と発射されるのだった。
* * *
ギルド長・ディアーナの召集によって、【フリューゲル】の術式師たちはギルド2階の作戦室に集まっていた。
「酷い目にあった」
「酷い目にあったっス」
キグナスに「可愛がり」と称してシゴかれたルークと、ディアーナに変態扱いされた挙句にシバかれたアルスフリートは、魂を抜き取られた抜け殻のような顔で机に突っ伏してぶつぶつと文句を言っている。
そんな光景はギルド【フリューゲル】では見慣れたもので、先輩の術式師たちはやれやれといった表情で取り合うこともなく各自の席に着いていく。
そろそろメンバーも揃ってきたあたりで、遅れてやってきたキグナスは2人の間の席にどかっと座ると、突っ伏したままのルークの肩を叩いて豪快に笑った。
「だらしがないぞ、ルーク。しゃきっとしないか!」
「もう限界っス……。それに、アルの兄貴だってそこでぶっ倒れてるんスから、そっちを注意して欲しいっス」
「……アル、お前はディアーナさんに毎度シバかれて、なんでピンピンしていられるんだ?」
「へっ、不死身の男と呼んでくれよ」
アルスフリートがそう言ってぼやくと、コツコツと響くヒールの音と共に、鬼のギルド長が姿を現す。
ディアーナはアルスフリートの顔を覗き込むと、威圧感のある笑顔でにこりと微笑んだ。
「少しは反省したかしら、変態さん?」
「少しは手加減しやがれ、反省する前に死人が出るぞ」
「あなたは私が愛情込めて育成したのだから、あの程度で死ぬわけないでしょう?」
そんなことをしれっと言ってのけるディアーナに腹を立てたアルスフリートは、敢えて聞こえないような小声でぼそりと呟く。
「そんなんだからお見合い相手に毎回逃げられるんだろ」
「何 か 言 っ た ?」
「いや何も? ほら、早くミーティングを始めてくれよ」
鬼の形相と化したギルド長をなんとかやり過ごしたアルスフリートは彼女の背中越しに親指を下へ向け、挑発のポーズを取るのだった。
「こほん。皆、揃っているわね。早速だけど、近頃ルーネスハーベンを騒がせている術式師襲撃事件について、最新の情報を伝えるわ」
ディアーナが合図を出すと、作戦室前方のスクリーンに事件現場の写真が映し出される。場所は繁華街から少し離れた区画にある旧市街。
石畳を敷き詰めた路地裏はバリケードテープで封鎖され、割れて転がった|術式演算デバイス《Device for Operating Code》の破片と生々しい血飛沫が術式による戦闘の痕跡を物語っていた。
「災魔の仕業、ってわけじゃないんだな」
「その通りよ」
ディアーナが神妙な面持ちで頷くと、スクリーンの画面が切り替わり、見知らぬ男2人の顔写真が映し出される。
下に表示された名前はダリオンとメルキオル。
フードを被った男・ダリオンと髑髏のピアスを付けた男・メルキオルはどちらも生気のない眼差しでこちらを見据えており、写真であってもどこか寒気を感じさせる不気味な雰囲気を纏っていた。
「つい先ほど、協力関係にあるギルドから情報提供があったの。彼らは複数の目撃情報と近くの監視カメラの映像から割り出された一連の事件の実行犯。術式師だけを狙って襲撃することからこう呼ばれているわ──術式師殺し、と」




