Code:057 ギルドの仲間たち①
* * *
朝日が窓から差し込み、部屋を白銀の光で満たしていく。
アルトはベッドに腰掛け、膝を抱えたまま宙を見つめていた。
陽光が彼の瞳に反射し、虹彩が淡く輝いている。
だが、その目は暗く淀み、深い疲労を湛えていた。
昨夜、レイザークから投げつけられた言葉が、心の奥底で何度も反響する。
それは今の彼に、最も効果的に己の無力さを突きつけていた。
アルトは立ち上がり、部屋の片隅に設置された鏡へ歩み寄る。
映し出された自分の姿。年若い少年の顔。
自分の掌を見つめる。かつては最強の術式師と謳われた《焔血王》の拳。
災魔も魔導犯罪者も、あらゆる存在を粉砕するその力は、今や子供の柔らかな掌に宿るだけの小さな炎に成り下がっていた。
「転生前の俺なら……救えたのか」
アルトは唇を噛み、拳を強く握りしめる。
掌に食い込む爪が痛みを生み、その痛みが彼の内側で渦巻く無力感を一時的に麻痺させる。
痛みに身を委ねるように、そっと目を閉じた。
壁の時計が昼を告げる音が響く。
彼は昨夜から一睡もしていない。
脳裏には、救えなかった術式師・エリザの姿が何度も蘇る。
(「違う。俺が気にしているのは、救えなかったことじゃない。救うだけの力を失ったことに対してだ。我ながら、薄情な人間だな」)
人が呆気なく死ぬことなど、術式師の世界では日常茶飯事だ。
初対面の相手の死に深く心を痛めるほど、無垢な心は持ち合わせていない。
だが、自分の力を以てすれば救うことができるという驕りは心のどこかにあった。
そして、レイザークはその本質を見抜いていた。
この先の戦いで必要なのは、切り捨てる覚悟。
仮に親しい仲間であったとしても、目的のために切り捨てなければならない時が来るかもしれない。
感情を殺してそれを受け入れるか、それとも、抗う別の道を探すか。
答えは見つからないまま、彼は重い足取りで部屋を出た。
ギルド本館の廊下は風が通り抜ける林のように、活気あるざわめきに満ちていた。
術式師たちが忙しなく行き交い、嬉しげな会話や笑い声が響く。
その光景は、常に死と隣り合わせの彼らがなお、日常を愛おしむかのように鮮やかだった。
しかし、アルトの耳には、それらの音が水中から聞こえてくるほど遠く、鈍く響く。
そんな中をあてもなく歩いていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「アルト君!」
声の主は、第七部隊の副隊長、リノエラだった。
彼女の隣には、同じ部隊に所属するジェイミーとクーレリカの姿もあった。
アルトは無理に作り上げた薄い笑みで彼らを迎える。
けれど、その表情が作り物であることは、鋭い観察眼を持たずとも窺い知れるものだった。
リノエラは少し躊躇いながらも、慎重に口を開いた。
「えっと、その、元気?」
「ええ、まあ、それなりに」
優しく繰り出される言葉に、アルトは形式的に頷き返す。
「嘘です。疲れ切ってるじゃないですか、その顔」
リノエラの心配そうな表情の隣で、クーレリカは遠慮せずに言い放った。
その言葉に、アルトは思わず頬に手を当てた。
まるで証拠を隠そうとするかのように。
視線を逸らしながら、肩をすくめる。
「ちょっと眠れなかったもので」
「そう、無理もないわね。私たちも聞いたわ、昨日の任務についてのこと」
本題を切り出したクーレリカに続けて、ジェイミーが穏やかな声でアルトに語りかけた。
昨日の任務——エリザを救えなかった救援任務のことだ。情報の伝達は早い。
既に噂はギルド内を巡り、広まっているのだろう。
アルトは心の奥底で苦い感情を咀嚼しながら、小さく頭を下げた。
「すみません、情けない姿を見せてしまって」
「謝る必要なんてないよ。災魔の討伐には成功してるんだから、元気出して!」
「そうね、あなたが生きて帰ってきただけで十分よ」
「……あまり自分を責めたらダメですよ、アルトさん」
「大丈夫、あなたがエリザちゃんを救えなかったことを責める人は誰もいない。むしろ、あなたたちが現場に向かっていなければ、もっと多くの犠牲者が出ていたかもしれないでしょう?」
彼らは決して責めるような態度を見せず、むしろ新人を労るような優しげな雰囲気で次々に言った。
だが、その優しさが、アルトにとっては逆に痛かった。
本当の問題は、彼らが想像しているような単純なものではない。
彼らの心配は、アルトが抱える葛藤の本質ではない。
「皆さん、優しいですね」
アルトは微笑みを返す。
(「勘違いされてるみたいだが、まあいいか」)
内心でそう思いながらも、彼らの善意という薄い毛布に身を包むことにした。
「アナタはまだ新人だから実感が湧かないかもしれないけれど、術式師の死生観は一般社会とは違うのよ。仲間が命を落としたからといって喪に服す文化はないし、それで不謹慎だと言われることもない。死者を悼むのも忘れるのも個人の自由。重要なのは、次の戦いに向けてパフォーマンスを落とさないことよ」
ジェイミーに言われなくとも、アルトはその風習を知っている。
それだけに、自分がまだ何も知らない無垢な新人だと思われていることが、罪悪感も混じってむず痒かった。
「そういうことなので、アルトさん、早く部屋に戻って寝てください。先輩からの命令です」
「それと、後でミラフィスにも顔を見せておきなさい。あなたのことをとても心配していたわ。昨日の夜なんて、あなたが変な気を起こしたんじゃないかって言いながら、ずっと探し回ってたんだから」
そういえば、任務の後にミラフィスとは顔を合わせていない。
一応、指導役となっている彼女に報告しなかったのは悪かったかなと思いつつ、反省したような仕草で頭を掻く。
「ミラフィス先輩が……そうですか、彼女は今どこに?」
「ミラフィスちゃんなら、今朝早くから討伐任務だよ」
アルトの表情が一瞬だけ曇った。
昨日の惨劇が脳裏をよぎる。
「……僕も、任務に向かったらダメですか?」
「心配なのは分かるけど、彼女はBランクよ。信じて待つことも大事じゃない?」
ジェイミーは穏やかながらも、きっぱりとした口調でNOを突き付ける。
「他の任務でも構いません。じっとしているのが落ち着かないんです」
アルトもすぐには引き下がらなかった。
災魔と戦うことで何かを取り戻したいという衝動が、心の奥底から湧き上がっていた。
「アルトさん? 私がさっき言ったこと、もう忘れたんですか? そんな状態で任務に行ったら、本当に死んじゃいますよ!?」
そんな様子に、クーレリカが思わず声を荒げる。
だが、アルトにとっては可愛らしく吠える子犬のようにしか映らない。
何と言われようが、このまま押し切ってしまおうか、そう思った矢先、彼女の言葉を後押しするように、冷たく凛とした声が背後から響いた。
「その通りだ。任務への出撃は私が認めない」
振り返ると、そこには司令官・ジュリアナの姿があった。




