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Code:055 仮面の集団

 * * *

 

 夕暮れの光が差し込むギルドの廊下を、アルトは重い足取りで歩いていた。

 長く伸びる影が、まるで彼の心の闇を具現化したかのように揺らめいている。

 

「随分と元気がないじゃないか、《焔血王(ブレイズブラッド)》」

 

 突如として響く声に、アルトは眉根(まゆね)を寄せた。

 振り返ると、廊下の隅で壁に寄りかかっていたヴァラムが嫌味な笑みを浮かべている。

 

「余計なお世話だ。あと、その名前を出すな」

 

 舌打ちと共に放たれた(とげ)のある言葉に、ヴァラムは肩をすくめる。

 

「まさか君ほどの猛者(もさ)が、今更1人や2人、目の前で死んだところで動揺するとは思えないんだけどね」

「口には気を付けろよ、ヴァラム」

「フフ、怖い怖い」

 

 悪びれる様子もなく軽口を叩くヴァラムだったが、すぐに真面目な表情に戻すと、淡々(たんたん)とした口調で問いかけた。

 

「司令官たちから事情聴取を受けたんだってね」

「……ああ」

術式(コード)を使う通常種の話は、僕も耳にしたことがある。だが、奴らは言ってしまえば上位個体の劣化版だ。それ自体は憂慮(ゆうりょ)に値するほどじゃない」

 

 ヴァラムは意図的に言葉を切り、鋭い眼光をアルトに向ける。

 まるで彼の心の奥底を覗き込もうとするかのような、執拗(しつよう)な視線。

 

「で、君が見たものは、本当にそれだけかい?」


 ヴァラムを完全に信用したわけではないが、黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)に敵対する者としての信頼はある。

 アルトは少し悩んでから、プラントで目撃した仮面の人物の存在について語り始めた。

 

 ヴァラムはそれを黙って聞き、時折意味ありげに(うなず)く。

 

「何か、知っているのか?」

「いや、僕はそこまで詳しく知らないけど――こういうことは、その道のプロに聞くのが一番だ」

 

 そう言って、彼は得意げに人差し指を立てた。

 

 * * *

 

 日が沈みかけた頃、2人は東エリア・ルミナリス区の路地裏にやって来ていた。

 そこには、アルトも数日前に訪れた【マデュラハンズ】のアジトがひっそりと構えられている。


 入り口で警戒する、というよりはたむろしている(がら)の悪そうなメンバー達は、アルトの姿を認めると即座に敵意を剥き出しにした。

 

 何せ、シンジケートにカチコミをかけてきた気味の悪いガキの再来なのだから、無理もない。


 しかし、その隣に立つヴァラムの存在に気付くと、すぐに態度を変えて、一斉に姿勢を正して敬礼する。

 

「レイザークに会わせてくれ」

 

 ヴァラムの言葉に、メンバー達は無言で頷き、2人をアジトの奥へと案内した。

 階段を上り、薄暗い廊下を進んだ先で、一際重厚(ひときわじゅうこう)な扉が2人を待ち受ける。


「入りますよ、師範代(しはんだい)

 

 ノックをして扉を開け放つと、気難しい顔でデスクトップモニターと(にら)めっこをしていたレイザークが顔を上げ、「待ってたで」と言って立ち上がった。

 

「詳細はヴァラムから聞いとる。術式(コード)を使う通常種と、そこに居合わせた仮面の人物について、情報が欲しいんやろ?」

 

 レイザークの瞳には、既に全てを見通したかのような眼光が宿っている。

 陽気な青年のように振る舞いながらも、それはまるで闇夜に輝く獣の眼のように冷徹な輝きを放つ眼差し。


 そして、彼が指をパチンと鳴らすと、空中にホログラムでルーネスハーベン近郊の地図が投影された。

 

「裏のパイプを使うて、ちょいと面白い情報を(つか)んどってな」


 レイザークは投影させたホログラムを拡大し、示された赤い点を指でなぞる。

 

「この半年ほどの間にな、仮面を被った集団の目撃情報が相次いでおるんや。単独の時もあれば、複数で現れる時もあるみたいやな。ただ、特に何をするわけでもなく、ぼーっと術式師(コーディアン)の様子を(なが)めとるだけや。ほんで、気付いた頃にはすぅっと消えとる。被害が出とるわけやないから、貴重な戦力を割いてまで調査するわけにもいかんし、報告を受けたギルドの上層部も、どうしたもんかって頭を抱えとるみたいやで」

 

 その言葉に、アルトは怪訝(けげん)な表情を浮かべる。


「ただし、な」


 レイザークは投影させた映像を切り替え数枚の写真を映し出した。

 

 そこには確かに、壁や地面に刻まれた不可思議(ふかしぎ)幾何学模様(きかがくもよう)が写し出されている。

 

 まるで異界(いかい)からの来訪者(らいほうしゃ)が残していったかのような、不気味な図形の数々。

 

「奴らが現れた場所には決まって、こんな幾何学模様(きかがくもよう)が残されとる。術式師(コーディアン)が使う魔導陣とも少し似ているが、解析すれば全くの別物。これは、まるで何かの儀式でも行うかのような模様やな」


 アルトは思わず息を()んだ。

 複雑に絡み合った線と点が描く幾何学模様は、彼が知るどの魔導陣とも異なっていた。


 だが、その不気味な芸術性には、どこか見覚えがあるような気がする。

 

「そして、ここからが一番の(きも)なんや」

 

 レイザークはホログラムを指差しながら、声音を一段と落として続けた。

 

「仮面の集団が目撃された場所と術式(コード)を使う通常種の現れた場所が、不自然なまでに隣接(りんせつ)しとる。偶然と言うには、できすぎた話やろ?」


 一呼吸置いて、彼は意味深な口調で語り出す。

 

「そして、これらの術式(コード)使いの通常種には、もう一つ決定的な共通点がある。それは、各々の推定出現場所が、全て“遮蔽(しゃへい)された建物内”だったってことや」

「……確かに、今回もそうだった。俺らが向かったプラントには、災魔(ハザード)侵入(しんにゅう)したような経路(けいろ)はどこにも見つからなかったんだ」

「つまりやな、今回の件も含めて、建物内に顕現門(ゲート)が開くっちゅう奇蹟(きせき)のような偶然が何度も起こっとるわけや……なんて、そんなアホな話があるかいな!」

 

 レイザークは自分でツッコミを入れて小さく頷くと、目を見開いて核心に触れた。

 

「俺の推測やと、仮面の集団に属するアホどもが、術式(コード)を使う通常種を、意図的に顕現(けんげん)させとるんやないかと思っとる」

「まさか、そんなことが……!?」

 

 アルトは思わず声を上げたが、何かを思い出したようにすぐ口を(つぐ)んだ。

 

 3年前、白鬼面の男が禁術で顕現門(ゲート)を開き、無数の災魔(ハザード)を呼び出した光景が鮮明(せんめい)(よみがえ)る。

 

 その技法を応用すれば、気付かれないように小規模な顕現門(ゲート)を開くことは決して不可能ではない。


「禁術で顕現門(ゲート)を自作したんやとしたら、天然の顕現門(ゲート)とは性質が違う災魔(ハザード)が出てくるっちゅう話になる。せやから、術式(コード)を使う通常種みたいな、異常な個体がバンバン湧いてくるっちゅうわけや」

 

 レイザークの推測は荒唐無稽(こうとうむけい)ながらも筋が通ってり、三年前の自分の経験とも符合(ふごう)する。

 

「奴らの目的は、一体……?」

 

 アルトは眉間(みけん)に深い(しわ)を寄せ、唇を噛みしめる。

 眼前の事実を突き詰めれば突き詰めるほど、その計画の不気味さに戦慄(せんりつ)を覚えずにはいられなかった。

 

「……まあいい、状況は理解した。俺は仮面の集団を追う。引き続き、情報を寄越(よこ)してくれ」

 

 アルトの決意に満ちた声に、レイザークは首を横に振った。

 

「止めとき。今のお前には、早すぎる相手や。返り討ちに()うて、殺されるのがオチやで」

「何だと……?」

「あの程度の災魔(ハザード)を相手に、仲間一人も救えへん。それが今のお前と昔のお前の、力の差や」

 

 反論しようとした言葉は、喉元(のどもと)(こお)りついた。

 エリザの息絶える瞬間が、閃光のように脳裏を(かす)めたからだ。

 

 レイザークはアルトの顔を(のぞ)き込むように身を乗り出し、まるで彼の心中を見透(みす)かすような眼差しを向けた。

 

「はっきり言うけどな、術式師(コーディアン)になってから今回が初めてやろ? 挫折(ざせつ)っちゅうもんを味わうんは」

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