Code:054 無常の景色②
ジュリアナは毅然とした態度で腕を組み、まるで全てはお見通しだと言わんばかりに仁王立ちしている。
「普通であれば、新人にこのようなことを言うつもりはない。だが――」
彼女は一呼吸置いて、静かに、しかし威圧的な声音で続けた。
「何故、このレベルの災魔相手に死人を出した?」
その言葉にアルトは目を伏せる。
臆したわけでないが、言い返せない悔しさが胸中に渦巻く。
そんな様子など知らんとばかりに、ジュリアナは容赦なく畳みかける。
「今回の個体は、そこまで強力な敵ではなかったはずだ。そして――」
彼女は机に両手をつき、身を乗り出すようにしてアルトを見据えた。
「貴様の実力は間違いなく、パトリック、ゼイン、エリザの3人を大きく凌駕している。そんなお前が加わっていながら、何故こうなった? 何か、理由があったのではないか?」
「ほう、君がそれほど評価しているとは、大したものだね」
リヒャルトが意外そうな声を上げる。
アルトの実力についてのジュリアナの評価は、彼の予想を遥かに超えていたようだ。
一方で、アルトは深い溜息を一つ吐き出すと、自嘲の色を込めた薄笑いを浮かべた。
その表情には、何か言いづらいものを抱え込んでいるような影が潜んでいた。
「僕が弱かっただけですよ」
「潔い答えだ。しかし――」
ジュリアナは引き下がろうとはしない。
むしろ、アルトの態度から何かを感じ取ったようで、追い打ちをかけるように再度問いを重ねる。
「もう一度訊くぞ。貴様、何を隠している?」
追及の手を緩めないジュリアナに対し、アルトの表情が少しだけ強張る。
彼は司令官2人の顔を交互に見つめ、何かを見極めようとするかのように沈黙を保った。
そして、数秒の逡巡の後、重い声音で切り出した。
「上位個体ではない災魔が術式を使ってきたと言ったら、あなたたちは信じますか?」
その言葉と共に、部屋の空気が一瞬で凍り付いたかのようだった。
常識外の返答を鼻で笑われるかと思っていたが、司令官の2人は揃って眉間をピクリと動かし、食いつきが上がったように眼光を強めた。
「僕が放った術式を、災魔が防いだんです。捕食されかけているエリザさんを救おうとした朴の術式は、まるで透明な壁に阻まれ、あと一歩のところで間に合わなかった。あれは間違いなく、上位個体が使ってくるような術式でした」
「ぼ、僕も、確かに目撃しました」
パトリックもアルトに続けて、証言を絞り出す。
「信じられないかもしれませんが、彼の言っていることは本当です。決して、保身のための言い訳などではなく……」
ジュリアナは腕を組んだまま、静かに2人の証言に耳を傾けていた。
そして、全てを聞き終えた後、彼女は重々しく口を開く。
「確かに、常識では考えにくい話だ。普通なら言い訳はするなと一蹴していたところだが……」
下らんとあっさり切り捨てられることを想定していたが、ジュリアナの言葉は2人の予想とは異なるものだった。
「私はそれを否定するつもりはない。むしろ、その証言は私たちの懸念を裏付けるものかもしれない。なあ、リヒャルト」
「ああ、そうだな。やはり、偶然ではないといったところか」
ジュリアナとリヒャルトは目を見合わせ、合点がいったように頷く。
そして、アルトとパトリックを交互に見やって、こう言った。
「この半年で、ある異変が複数件報告されているんだ。そう、君たちと同じく、通常種の災魔が術式を使ってきたという報告がね」
執務室の空気が、さらに重みを増す。
「そもそも、災魔の分類について、基本的な知識は持っているな?」
ジュリアナの問いかけに、アルトは静かに頷く。
彼女は当然だと言わんばかりの反応で続ける。
「上位個体かどうかの判別は、厳密には災魔が持つ核の大きさで決定される。だが、知っての通り、戦闘を開始する前に災魔の核のサイズを正確に判別することは不可能。そこで私たち術式師は災魔のアーカイブから外見のフォルムやサイズを解析し、名前を付けて分類することでおおよその核のサイズを推定しているんだ」
「核のサイズは魔導粒子を溜め込める総量と比例する……ですよね?」
「そう、つまり、上位個体と分類された、核のサイズが大きい災魔は必然的に術式を使用してくる個体となり、そうでない通常種は術式が使用できない個体となる」
リヒャルトが補足するように言葉を挟む。
「ただし、極めて稀なケースとして、通常種に分類される個体の中にも術式を使用するものが存在する。私たちが上位個体と通常種に分類している基準は、あくまで統計の結果に基づいたものだからね。当然、外れ値というものは存在する。しかし、統計から判断している以上、その外れ値が頻繁に出現するものではないことも事実だ。確率としては、術式師が生涯に一度出くわすかどうかというレベルだろう」
「それゆえに、上位個体でもない災魔が術式を使用したという証言はほとんどの場合、錯乱した術式師の見間違いか、あるいは任務に失敗したことを誤魔化すための嘘だとして処理されてきた。しかし……」
ジュリアナの表情が、次第に暗い影を帯びていく。
「この半年間で既に10件以上、同様の報告が上がっている」
「10件……ですか」
アルトの声には、驚きと共に何か確信めいたものが混じっていた。
彼は深い思索に沈んだ後、尖った眼差しでジュリアナに問いを返した。
「ちなみに、その目撃情報があったシチュエーションに、共通点はありますか?」
ジュリアナとリヒャルトは顔を見合わせ、思案するような表情を浮かべる。
アルトはその反応を見逃さず、さらに踏み込んだ。
「術式を使用してきた“異常な通常種”が、顕現門から出現する瞬間を目撃した例は?」
「それは……」
2人は無言で視線を交わし、しばしの沈黙の後、ジュリアナが言葉を選ぶように重い口を開いた。
「今のところは、一度もない。解析のために目撃証言や監視カメラの映像を総動員したが、不運にも全くヒットしなかったんだ」
その返答を聞いて、アルトは内心で「当たりだな」と呟く。
彼には一つ、隠していることがある。
それは、プラントの最奥部で目にした不審な仮面の人物について。
エリザの死とは直接的な関係がなかったこと、そして、ジュリアナとリヒャルトがギルドに潜むであろう《黒い鉤爪》の内通者ではないという確信が持てなかったことから敢えて話さなかった。
しかし、あのような場所に不審な人物が現れたという時点で、無関係であると考えるほうが悠長だ。
何かが、水面下で蠢いている――そう確信めいた思いが、アルトの中で芽生え始めていた。




