表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/196

Code:053 無常の景色①

 * * *

 

 鉛色(なまりいろ)の空が窓硝子(まどがらす)越しに(のぞ)いていた。

 低く垂れ込めた雲はギルド【オルフェウス】本部に静かな影を落とし、重苦しい空気をさらに濃密なものへと変えていく。

 

「では、救援要請を受けてからの経緯を、詳しく聞かせてもらおう」


 任務から帰還した後、事情聴取という名目でアルトとパトリックは執務室に呼ばれていた。

 ゼインは精神的に不安定な状況であるという理由から呼ばれなかったが、それは仕方のないことだろう。


 最初に声を上げたのは、【オルフェウス】のギルド長にして、第一部隊から第三部隊までの司令官を兼任する男・リヒャルト。

 その隣には、アルトとパトリックの上官であるジュリアナの姿もある。


 リヒャルトの声音は、普段と同じく低く落ち着いたものだった。

 彼は部下を失った状況であるにもかかわらず、極めて冷静な表情を浮かべている。


 そこには動揺の色など微塵も見られない。

 むしろ、事態を客観的に見つめようとする理知的(りちてき)な眼差しだけが宿っていた。

 

「はい。昨日の午後、ジュリアナ司令官から第三部隊の救援要請を受け、即座に現場へ向かいました」

 

 パトリックの声が僅震える。

 喉元まで押し寄せる感情の波を必死に押し殺しながら、彼は一つ一つの言葉を慎重に紡いでいく。

 

「現地へは転位ポータルを使用。到着後、建物内に進入し、第三部隊の術式師(コーディアン)と接触。その後、不慮(ふりょ)の事故によってメンバーは分断され……最終的にエリザが……」

 

 言葉を飲み込むように途切れる報告の傍らで、アルトは虚空(こくう)を見つめていた。

 瞳の奥で、数時間前の光景が不吉な残像となって(よみがえ)る。

 

 血の匂いが染み付く廃墟と化した大部屋。

 災魔(ハザード)との戦闘には勝利したものの、代償として光を失った術式師(コーディアン)亡骸(なきがら)――

 

 記憶の中で、エリザの最期の瞬間が無限にループを描く。


 * * *

 

 腹部から下を災魔(ハザード)に喰いちぎられ、自身の腕の中で息絶えたエリザの姿を目の当たりにしたゼインは、理性の糸が千切れそうなほどの衝動に襲われる。


 だが、彼は(ほお)を伝う涙を(ぬぐ)い去ると、声を押し殺してアルトたちに向き直った。

 

「建物が崩れるかもしれない。一旦、撤収(てっしゅう)しよう」

 

 力のない声音でありながら、それは現場のリーダーとしての毅然(きぜん)とした決断だった。

 アルトたちは黙って頷き、崩れかけたプラントを後にする。


 外では第三部隊の術式師(コーディアン)たちが待っていた。

 持ち帰ったエリザの遺体は丁重(ていちょう)に毛布で包まれ、血痕(けっこん)の浮かぶ隊服が上を覆う。

 その光景に、待機していた第三部隊の術式師(コーディアン)たちも(ひど)く動揺し、声を上げて泣き(わめ)いていた。


 しばらく経つと、聖職者のような制服を身に着けた者たちが現場に到着した。

 

 彼らは灰還師(レクイエマー)と呼ばれる者たち。

 災魔(ハザード)との戦闘をメインとする術式師(コーディアン)とは異なり、災魔(ハザード)との戦闘が終わってからの事後処理を一任されている。


 被害に()った場所へ駆けつけて怪我人の応急処置および搬送をするほか、災魔(ハザード)術式師(コーディアン)の戦闘によって濃度が上昇した魔導粒子(マギオン)を中和して二次被害を防いだり、遺体の回収を行ったりと、地味ながらも重要な役割を果たす存在だ。


「彼女が、そうですか……」

 

 灰還師(レクイエマー)の女性は静謐(せいひつ)な所作で両手を組むと、遺体の処置に取り掛かる。

 災魔(ハザード)との戦闘で殉職(じゅんしょく)した術式師(コーディアン)の遺体はほぼ確実に損壊(そんかい)しているため、特殊な術式(コード)を用いた防腐処理(ぼうふしょり)(ほどこ)された上でギルドまで送り届けられ、メンバーに囲まれて葬儀が行われるのが通例だ。


 手際よく処置を進めていく灰還師(レクイエマー)を横目に、アルトは重い口を開き、ゼインに頭を下げた。


「申し訳ない……僕の力不足で、エリザさんを……」

 

 深々と頭を下げたアルトの隣で、パトリックも隣で同じように頭を垂れた。

 しかし、ゼインは静かに首を振る。

 

「頭を上げてくれ。君たちが来てくれなければ、もっと多くの犠牲者が出ていたかもしれない。本当に、ありがとう」

 

 この状況でそう言えるのは、彼自身の器の大きさなのだろうか。

 本当に怨恨(えんこん)の感情がないのか、それとも上手く隠しているのか、そこまでは読み取れない。


 しかし、それがどちらであれ、アルトの胸の内では自身の無力さを痛感する思いが渦を巻いていた。

 眼前で起きた惨劇(さんげき)を防げなかった己の弱さが、まるで呪いのように心を(むしば)んでいく。

 

「待てよ、そんなんで納得できるか!」

 

 だが、それを(はば)むようなる怒号(どごう)が耳を刺した。

 声を上げたのは、第三部隊の術式師(コーディアン)たちだった。


 彼らは新入りのアルトを素通りし、パトリックへと詰め寄る。

 一人は怪我をした拳を強く握りながら、もう一人は震える瞳で射抜(いぬ)くように(にら)みつけながら。

 

「何で、お前みたいな足手まといが救援に来たんだ?」

「もっと強い術式師(コーディアン)が来ていれば……エリザは、エリザは死ななくて済んだんだ!」

 

 感情を()き出しにした言葉を浴びせられたパトリックは、まるで全身から力が抜けたように肩を落とす。


 何もできなかったという意味では間違ってはいない。

 反論することもできず、ただうつむいて立ち尽くすしかなかった。

 

「黙れッ!」

 

 その時、(とどろ)く雷のような怒声(どせい)が響き渡った。


 ここまで感情を殺していた、ゼインの声だった。

 普段は温厚な彼の想像だにしなかった剣幕(けんまく)に、その場にいた全員が言葉を失った。

 

「エリザの死に責任があるとすれば、それは無茶な単独行動を取った彼女と、それを制止できなかった僕だ! 怒りをぶつけるなら、僕にぶつけてこい!」

 

 ゼインの声には、怒りの奥底に押し潰されそうな悲しみが(にじ)んでいた。

 第三部隊の術式師(コーディアン)たちは、叱責(しっせき)される子供のように(うつむ)く。

 

「我々術式師(コーディアン)は、明日という日すら約束されていない。その覚悟があって、力を持って生まれた使命に(じゅん)ずる道を選んだはずだ。それとも、君たちはその程度の覚悟しか持ち合わせていなかったということか?」

 

 誰も答えない。

 ただ、冷たい風が(むな)しく通り過ぎていくだけだ。アルトはゼインの横顔へ釘付けになっていた。


 彼の頬を一筋、透明な(しずく)が伝い落ちる。

 その光景に、アルトは久方ぶりに感じる胸の痛みを覚えた。

 

 ――自分は、二重の意味で弱くなってしまったのか。

 

 ()き出た感傷(かんしょう)が、猛毒のように心の最深部へと染み渡っていく。


 * * *

 

「アルト」

 

 ジュリアナの声が、再び彼の意識を現実へと引き戻した。応接室では、事情聴取がまだ続いている。


「どうした、具合でも悪いのか?」

 

 アルトの上の空な様子に気付いたジュリアナは、怪訝(けげん)な顔で問いかける。

 

「確か君は、今回が初の出撃だったはずだね。疲れているだろう、少し休んだらどうだ?」

「いえ、問題ありません」


 しおらしい様子にリヒャルトは配慮が必要ではないかと提案するが、アルトは大丈夫だと首を振る。

 そして、リヒャルトとは対照的に、ジュリアナの瞳には鋭い眼光が宿っていた。

 

 彼女は何かを察知したように、アルトをじっと見つめる。

 

「彼なら大丈夫だ、普通の新人と言うほどヤワじゃない。そして……」

 

 獲物を前にした|猟犬《りょうけんのような眼光に、アルトは姿勢を正す。

 ジュリアナはそんな彼の反応を見逃さず、言葉を続けた。

 

「貴様、何か隠しているな?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ