表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/184

Code:051 人を喰らうモノ①

「待っていろ、エリザ! すぐに行くからな!」

 

 ゼインの声には(あせ)りが色濃く浮かぶ。

 

 エリザもランクC1の実力者、これまでに現れた程度の災魔(ハザード)なら単騎でも対処できるはずだ。

 しかし、ゼインは彼女の致命的な欠点を知っていた。


 勝てそうな状況になると、過信して警戒を(ゆる)めてしまう癖。

 それは、彼女の幼い頃からの性分とも言える弱点であり、彼女の背に立ってそれを補うことがゼインの役割でもあった。

 

「あいつなら、きっと大丈夫だって」

 

 その様子を見て、走りながらパトリックが声をかける。

 

「残りの災魔(ハザード)もさっさと片づけて、遅れてきた僕たちを生意気に(あお)ってくるさ。な、アルト君?」

 

 パトリックは楽観的な表情で会話のボールを投げるが、アルトはどこか険しい表情を浮かべ、黙りこくっている。

 

 その様子にパトリックは少し慌てたのか、アルトの耳元に顔を寄せて小声で(たず)ねてきた。

 

「も、もしかして、結構やばい状況なのか?」

「気を抜くな。敵は、災魔(ハザード)だけじゃないかもしれない」

「どういう意味だ? って、おい、アルト君!」

 

 アルトは真顔のまま、声色を変えて警告を発する。

 その(ひとみ)には、ただならぬ緊迫感(きんぱくかん)が宿っていた。


 パトリックが問いただすも、アルトはそれ以上は答えず、前を行くゼインに合わせて走る速度を上げた。

 アルト自身も、違和感の正体が何であるかは正確に分かっていない。


 もしかしたらただの考えすぎで、この奥にはたわいもない災魔(ハザード)が佇んでいるだけなのかもしれない。

 

 疑問は深まるばかりだが、今は一刻を争う。

 3人は迂回ルートを探しながら、右奥の大部屋を目指した。


 * * *

 

 一方、ラボエリア右奥の大部屋にて。

 

「助けに来たわ!」

 

 エリザの術式矢(アローコード)が薄暗闇を切り裂く。

 灯りの消えた部屋に白光が走り、災魔(ハザード)に直撃する。

 放たれた矢に貫かれた災魔(ハザード)は、獣の(うな)り声を思わせる音色を金属音で奏でた。


 大部屋を徘徊(はいかい)していたのは、悪鬼型(グレムリン)に分類される小型の中で大きめの災魔(ハザード)

 四本足で闊歩(かっぽ)し、上半身にあたる部分に大きな角と牙を備えた姿は、鋼鉄のケンタウロス、或いは牛鬼(うしおに)と言ったところか。


 とりわけ強力な個体であるとは言えないが、強靭な四肢(しし)を駆使した機動力で相手を追い詰め、人間1人が余裕で入るほどの大顎(おおあご)で獲物を丸呑(まるの)みにすることから、決して(あなど)れる相手ではない。


「まだ、生きてるかしら?」

「は、はいぃ」

 

 暗闇の中で、エリザは負傷した研究員に駆け寄る。

 そして、災魔(ハザード)(ひる)んでいる隙に研究員を安全な場所まで下がらせた。


 背後で、一撃を受けた災魔(ハザード)が起き上がり、獲物を狙う猛獣(もうじゅう)のように身体を震わせる。

 壁を()う影が、不気味に揺らめく。

 

「ここで待っていて。あれは、私が倒すから」

 

 研究員を壁際に寄りかからせ、エリザは再び災魔(ハザード)と対峙する。

 魔導回路(サーキット)を解放させ、魔導粒子(マギオン)が渦を巻き始めると、暗がりの中で彼女の朱髪が太陽のように輝いた。

 

「さあ、私が相手をしてあげる」

 

 気高い声音とは裏腹に、その眼差しには鋭い殺気が宿っていた。

 視線上に(とら)える災魔(ハザード)も呼応するように体勢を低くして、突進する予備動作を見せる。


 迎え撃つエリザの指先に宿るは、新たな術式(コード)の種。

 一触即発、戦いの火蓋(ひぶた)が今まさに切られようとしていた。


 * * *


 ()びついたパイプから滴る水滴が、タイムリミットを示すかのように時を刻む。

 ラボエリアに漂う化学薬品の匂いが、戦いの予感と共に一層濃くなっていく。

 暗闇の向こうで、巨大な影が獰猛(どうもう)な意思を持って(うごめ)く気配が肌を刺す。

 

「こちらエリザ、災魔(ハザード)との戦闘を開始するわ」

 

 エリザからの通信がゼインのDOC(ドック)に届き、3人はさらに足を早めた。

 大回りした迂回(うかい)ルートの先には、ラボエリアの裏口へと続く通路が見えてくる。


 ここを抜ければ右奥の大部屋まではあと少しだろう。

 しかし、ここでも天井が崩落したのか、瓦礫(がれき)が道を(さえぎ)っていた。


 先程の瓦礫の山と比べれば小規模なハードル、それを見たゼインは一瞬も躊躇わず術式槍(ランスコード)を展開する。

 感情を乗せるかのような勢いで振るわれた術式槍(ランスコード)は、通路のガラスもろとも瓦礫を吹き飛ばし、強引に通路を作り上げた。

 

「行くぞ!」

 

 ゼインの声に続き、3人は勢いを付けて先へ進む。

 

 一方その頃、大部屋ではエリザが(たく)みに術式矢(アローコード)を操り、災魔(ハザード)を追い詰めていた。

 

 闘牛士を思わせる華麗な動きで災魔(ハザード)の突進を躱すと、宙返りをしながら1発、着地で1発、さらに突進から向き直る隙を狙って3発の術式矢(アローコード)災魔(ハザード)に叩き込まれる。


 直線的な攻撃を仕掛けてくる敵に対して遠距離型の術式(コード)は相性が良いということもあって、戦いの流れは一方的。


 無数の術式矢(アローコード)に射抜かれた外殻は(いく)つものヒビが入り、弱ってきたのか動き自体も鈍重(どんじゅう)だ。


 流石に勝利を確信したのか、エリザの口角はぐいっと上がる。

 

「これで終わりよ」

 

 とどめとばかりに、エリザは無数の術式矢(アローコード)を円形に展開した。


(はち)の巣になりなさい――《ラピッドサラウンド》!」


 いよいよ決着が付こうかという時、DOC(ドック)を通じてゼインの声が響く。

 

「エリザ! 無事か? 状況を報告してくれ!」

「心配性ね、私なら大丈夫よ。この一撃で決着をつけるわ」

 

 エリザの余裕の声に、ゼインの緊張が(わず)かに(ゆる)む。

 しかし、その安堵(あんど)は一瞬で凍りつき、消え去った。

 

「……え……なに……いゃぁぁっ!」

 

 突如響(とつじょひび)き渡ったエリザの悲鳴と共に、通信が途切れる。

 残されたのは、虚空(こくう)を切り裂くノイズの音だけ。

 

「エリザ!? どうしたんだ!? 返事をしてくれ!」

 

 ゼインの叫びは、冷たい沈黙に飲み込まれていく。

 不吉な予感が、ついにその(かお)(のぞ)かせる。

 

「急ぐぞ!」

 

 息を切らしながら、3人は全力で駆け出した。

 狭い通路を抜け、ついにラボエリア反対側の入り口に辿り着く。


 右奥の大部屋はすぐ目の前。

 その時、ガラス越しに映るラボエリア外のオイルタンク上部に、不審な人影が目に入った。

 

「……あれはっ!?」

 

 ギルドの隊服とは異なる装束(しょうぞく)

 そして、無貌(むぼう)の黒い仮面を被ったその人影は、3人を一瞥(いちべつ)するとまるで霧のように消え去っていく。

 

(「白い鬼面(きめん)の男とは違うが……何者だ!?」)

 

 アルトの脳裏に、3年前の事件で現れた白鬼面の男の姿が(よみがえ)る。

 

 奴と同じ組織の仲間なのか、少なくとも、こんな場所にいること自体が不自然だ。

 奴を追いかけるべきか、しかし、寄り道をしている暇はなかった。


「どうしたんだ、アルト君!?」

 

 パトリックの声に我に返り、アルトは一旦思考を断ち切る。

 二人はどうやら、あの人影には気付いていないらしい。


 いや、仮に気付いていたとしても、今はエリザの救援が最優先だろう。


(「やはり、普通の事件じゃない。誰かが裏で糸を引いているのか?」)

 

 押さえつけていた疑念が再び、暗い影のように(ふく)れ上がっていく。

 新たな仮面の人物の出現は、この事件が単なる災魔(ハザード)の襲撃ではないことを示唆(しさ)していた。


 ――より深く、そしてより危険な陰謀(いんぼう)が、この闇の中に(ひそ)んでいる。

 

 冷たい空気が漂うラボエリアに、3人の足音が静かに吸い込まれていく。

 

 大部屋の中に飛び込んでいく急ぐ彼らの背後から、何者かの視線が注がれていた。

 

 まるで、全てを見通し、嘲笑(あざわら)うかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ