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Code:050 魔導プラント②

 ()びついたパイプから、断続的に水滴が滴り落ちる。

 

「残りの災魔(ハザード)との戦いに、君たちの力を貸してもらえないか」


 化学薬品の匂い(ただよ)う空間に響く、ゼインの声。

 アルトとパトリックは一瞬目を合わせ、無言の了解を交わした。

 

「勿論です。そのために、ここまで来たんですから」

「ああ、俺も付き合うぜ?」

 

 2人の返答に、エリザは高慢(こうまん)な仕草で朱色の髪を掻き上げた。

 

「必要ないと思うけど、まあいいわ。ポイント稼ぎ(・・・・・・)くらい、許してあげる」

「ああん!? 誰がポイント稼ぎだって?」

「エリザ、やめなさい」

「パトリック先輩、落ち着いて下さい」

 

 パトリックが食って掛かると、エリザは涼しい顔で肩をすくめた。

 その様子に、ゼインとアルトは両者を(なだ)めながら、何かシンパシーのようなものを感じながら苦笑いを浮かべる。

 

「それじゃあ、行くとしよう。敵はさっきの災魔(ハザード)より強いはずだ、くれぐれも慎重にね」

 

 ゼインの言葉に全員が頷き、彼らはプラント最奥部へと歩を進めた。

 四人の足音が、深まりゆく闇の中で反響(はんきょう)する。


 プラントの最奥部へと進むにつれ、化学薬品の刺激臭に混じって、別の匂いが濃くなってきた。

 生々しい鉄の香り――血の気配だ。


 そんな中で突如、通路に並ぶ非常灯が不気味な明滅(めいめつ)を始めた。

 数秒と経たないうちに、(あか)りは一斉に消え去ってしまう。


「まったくもう、何も見えないじゃない」

 

 闇に飲み込まれた空間で際立つ、エリザの舌打ちの音。

 彼女は苛立(いらだ)たしげに言うと、自ら光属性の術式(コード)を展開し、空中に光を放つ球体を飛ばす。


 女王様のような性格ながら、他人にやらせず自分で手を動かすところは良く言えば行動的、悪く言えばせっかちな彼女の性格ゆえか。


 淡い光の球体が放つ柔らかな輝きは、元々薄暗かった非常灯よりも鮮明に前方の光景を照らし出した。


 だが、それによって彼らの目に映ったものは、見ない方が良かったと思えるような凄惨(せいさん)な光景だった。


「ひぇっ!」

「うるさいわよ、パトリック……って、うわっ」

「これは……」

(ひど)い有様だな……」

 

 最奥部のラボエリアに続く通路の両脇には、まるで散りばめられた人形のように、無数の遺体が転がっている。

 おそらくは、このプラントで働いていた職員だろう。

 

 作業服を着た彼らの亡骸(なきがら)は、全身を八つ裂きにされたようなものから遺体の一部が欠けたものまで、一様(いちよう)に酷く損壊(そんかい)していた。

 地獄絵図とも言える光景を前にして、先ほどまで強気に振る舞っていたエリザさえ、思わず顔を(そむ)けた。

 

「だ、大丈夫かい、アルト君。あまり見ないほうが良い。深呼吸して、気を強く持つんだ」

 

 パトリックが先輩風を吹かして忠告するが、アルトは返答することなく、ただ粛々(しゅくしゅく)と歩を進めるだけだった。


 アルトの表情に動揺の色はない。むしろ、その鋭い眼差しは遺体ではなく、光の球体が照らし出す周囲の不自然な痕跡に向けられていた。

 

(「おかしい……災魔(ハザード)の侵入経路が、1つもない……」)

 

 入り口側はセキュリティシステムが機能していたことを考えれば、建物内には奥側から外壁または天井を破って災魔(ハザード)が侵入したと考えるのが自然だろう。

 

 しかし、かなり奥の方まで進んだ今になっても、災魔(ハザード)の侵入経路がどこにも見つからないのだ。

 

 無論、建物内で顕現門(ゲート)が開いた可能性もゼロではないが、こんな地上付近かつ密室内の座標にピンポイントで開くことは極めて(まれ)であり、アルスフリートとしての記憶を総動員しても思い出せる前例は(ほとん)どない。


 ならば、災魔(ハザード)たちはどこから侵入したのか。

 アルトはDOC(ドック)を確認し、魔導粒子(マギオン)を探知するレーダーの反応強度に目を向ける。

 

(「レーダーの波形はノイズが少ない……これはつまり、俺らがいる建物の奥側も、閉鎖空間ってことだ」)

 

 乱れの少ないベースラインは室内特有の波形を示しており、それはこの辺り一帯の空間が外気と遮断(しゃだん)されていることを意味する。


「ゼイン先輩、災魔(ハザード)はどこから建物内に入ったか、分かりますか?」

「すまない、そこまでは分からないんだ。おそらく、どこかの壁を破って入ってきたんだと思うが……」

 

 ゼインの返答に、アルトはそれ以上掘り下げることをしなかった。


(「俺たち全員が災魔(ハザード)の侵入経路を見落としたか、天文学的な確率で顕現門(ゲート)が建物内に開いたか、(ある)いは……内部に災魔(ハザード)を手引きした者が居るか……」)


 まだ確信は持てないが、胸中に広がっていくのは名状し難い不吉な予感。

 数多の場数を踏んだ経験則が、何か重大な異変の存在を匂わせる。


(「いや、今は災魔(ハザード)を全て倒すことが優先だ」)


 そんな疑念を振り払い、アルトは通路の先を見据(みす)えた。

 猜疑心(さいぎしん)(とら)われることがどれだけ命取りになることか、よく知っていたからだ。


 そうして、薄暗い通路をひた走ること数分。

 細い連絡通路を抜け、最奥部のラボエリアに到達する。


 4人は少し距離を開けつつフォーメーションを取り、警戒しながら災魔(ハザード)の気配を探ろうとした、その時だった。


「……誰かっ、助けてくれ……っ!」


 右奥の大部屋の中から、人の声が聞こえてきた。

 

「今のって!?」


 声を聞いた瞬間、一番近くにいたエリザの体が()ねるように動く。

 

 まだ、逃げ遅れた人が取り残されている。

 しかも、声の様子から察するに、災魔(ハザード)鉢合(はちあ)わせている可能性が高い。

 

「誰かいるのね!?」

「待てっ、先行するな!」

 

 ゼインが制止をかけるも、エリザは聞く耳を持たなかった。


 一人だけ先行する形で、遠ざかっていく背中。

 三人も即座に追いかけようとした、その刹那。

 地鳴りのような轟音が響き渡る。


 災魔(ハザード)が暴れたことで(もろ)くなっていたのか、天井から砕けた瓦礫(がれき)が大量に降り注ぎ、道を完全に塞いでしまった。

 

「エリザ! 無事か!?」

 

 ゼインの叫び声が、瓦礫の山の向こうへ届く。

 

「私は大丈夫! 先に行って、民間人の安全を確保してくるわ!」

「落ち着け、合流するまでそこで待機するんだ!」


 その言葉に、返事は来なかった。

 

「くそっ、こんな瓦礫くらい、術式(コード)を使えばっ!」

 

 パトリックが術式(コード)で瓦礫の山を崩そうとするが、アルトが腕を掴んで止める。

 

「ダメです、パトリック先輩。無闇に衝撃を与えれば、一帯の天井が崩落する可能性もある」

「くっ……」

迂回(うかい)ルートを探しましょう。この広いラボの中で、部屋に通じる道が1つなはずはない」


 アルトの提案に2人も頷き、大回りするルートで右奥の大部屋へと向かう。

 

 未だ知れぬ災魔(ハザード)の侵入経路、彼らを待っていたかのようなタイミングで聞こえた助けを求める声、チームの分断を狙ったかのような突然の崩落――全てが巧妙(こうみょう)に仕組まれた罠のように思えた。


 それでも、先に進むしかない。

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