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Code-005 帰り道の術式授業

  * * *

 

 アルスフリートとセティリア、ギルド【フリューゲル】への帰り道にて。

 夕暮れの街道を、二つの影が連れ立って歩いている。


 隣を歩くセティリアは、さっきからやけに口数が少ない。クレアンヌに何やら吹き込まれたせいか、時折ちらちらとこちらを(うかが)うような視線を送ってきては、目が合いそうになると慌てて前を向く。

 その度に銀色の髪がふわりと揺れて、夕陽の光を受けて(あわ)橙色(だいだいいろ)に輝いた。

 しばらくそんなことを繰り返した後、ようやく意を決したように、セティリアが口を開いた。

 

「ねぇ、おにいちゃん」

「どうした?」

術式(コード)が上手になるコツ、教えて欲しいな」

 

 唐突な話題の転換。

 だが、アルスフリートにはそれが照れ隠しだと分かっていた。 

 さっきまでの気まずい沈黙を振り払いたかったのだろう。

 小さな手が制服の(すそ)を握ったり離したりしているのが、その証拠だ。

 

「そうだな……まず、セティが術式(コード)を使う時、気を付けていることは何がある?」

 

 セティリアは小首を傾げた。

 眼帯の下の右目を隠すように銀髪がさらりと頬にかかる。

 考え事をする時の彼女の癖だ。

 

「うーん、えっと、意識を集中させて、がんばるぞーって、気合を入れる、とか……?」

 

 小さく拳を握りしめるジェスチャー付き。

 気合を入れるという割には、その仕草はどこまでも愛らしい。

 

「他には?」

「何か良い決めポーズがあるとか……なんて、それは違うよね……」

 

 言いかけて自分で恥ずかしくなったのか、語尾がどんどん小さくなっていく。

 視線が足元に落ち、頬がほんのり赤くなる。

 

「いや、どちらも間違っちゃいない」

「えっ!? そうなの!?」

 

 驚きで跳ねるように顔を上げた。

 大きな瞳がきらきらと輝いて、さっきまでの気恥ずかしさなどどこかに吹き飛んでしまっている。

 この切り替えの早さは、セティリアの美点の一つだろう。

 

「少し難しく言うなら、精神と肉体を上手にコントロールするのが、術式(コード)のコツだ。意識を集中させて気合を入れるっていうのは前者、正しいフォームで肩に力を入れすぎないってのは後者だな」

「正解、もらっちゃった。でも、それなら、何でわたしは上手く術式(コード)が使えないのかなぁ」

 

 語尾に(にじ)む悔しさ。アカデミーではまだ周囲に追いつけていないことを、彼女自身が一番気にしている。

 

「そこについては、練習あるのみ、だな。特に、成長期の子供はある時を境に一気に術式(コード)の才能が開花することもある。セティにはまだ、それが来てないってだけだ」

「そっか、そうだよね。よーし、もっと練習しなきゃ。でも、練習する時って、どの術式(コード)の練習をすれば良いのかな?」

 

 落ち込んだかと思えば、すぐに前を向く。

 ぱたぱたと跳ねるような足取りに戻ったセティリアの横顔を見て、アルスフリートは小さく口元を緩めた。

 

「アカデミーでは、どういった術式(コード)の種類があるって習った?」

「確か、簡単なほうと、ちょっと難しいほうと、とっても難しいほうの、3種類だったような……えっと、名前、何だっけ……」

 

 指を折りながら数えてみるが、三本目の指を立てたところで固まった。

 名前が出てこないらしい。眉間に(しわ)を寄せて必死に思い出そうとしている顔は、どこか小動物を思わせる。

 

「たぶん、簡単なほうっていうのは、基幹式(ベーシック)のことだな。1つの属性の魔導粒子(マギオン)を集めて武器の形にする、基本的な術式(コード)だ」

「そうそう! 確か、基幹式(ベーシック)は詠唱をしないのが普通なんだって、先生が言ってたよ」

 

 思い出せたことが嬉しかったのか、ぴょんと小さく飛び跳ねた。

 

「ああ、基幹式(ベーシック)はその名の通り、最も簡単な術式(コード)だから、詠唱をしなくても簡単に組むことができる。こんな感じにな」

 

 言いながら、アルスフリートは右手を軽く振った。

 空気中の魔導粒子(マギオン)が淡い光を帯びて収束し、一瞬で剣の形を成す。

 

「これって、術式剣(サーベルコード)、って言うんだよね!?」

 

 セティリアの目が一段と大きく見開かれた。

 何度見ても飽きないというように、光の刃に顔を近づけてまじまじと見つめている。

 

「そうだ。基幹式(ベーシック)は武器の形や用途の違いで、いくつかの種類に分かれている。最もオーソドックスなものはこの術式剣(サーベルコード)と……」

 

 剣を消し、今度は指先に光弾を生成する。三発同時に、それも一瞬で。

 

「わぁっ、すごいっ、早撃ちだっ!」

 

 両手を口元に当てて歓声を上げるセティリア。

 その姿はまるで、手品を見る子供のようだった。

 

術式弾(バレットコード)、これらを最初に練習すると良い。一番簡単だからな」

「かんたん……!? 全然簡単じゃないよっ! って、これより難しいのが2種類あるってことだよね!?」

 

 目を白黒させながら、セティリアは抗議するようにアルスフリートの腕をぺしぺしと軽く叩いた。

 

「まあな。だが、残りの2種類はどちらも、基幹式(ベーシック)の派生型。基幹式(ベーシック)を極めることが、術式(コード)の腕を上げる近道ってわけだ」

「えっと、ちなみに、どういうものなのか、聞いてもいい?」

 

 遠慮がちに上目遣(うわめづか)いで見上げてくる。

 知りたいという好奇心と、質問ばかりで迷惑じゃないかという気遣いが、その表情に同居していた。

 

「1つ目は昇華式(アンプリフ)、簡単に言えば基幹式(ベーシック)の属性強化版だ」

「属性、強化版?」

「ああ、例えば、炎属性を使って術式剣(サーベルコード)を組んだとする。これを強化するために、炎属性の魔導粒子(マギオン)だけを狙って追加していくんだ」

「他の属性が入ると、どうなるの?」

簡潔(かんけつ)に言えば、性能が落ちる。昇華式(アンプリフ)は1つの属性の純度を如何(いか)に高められるかが重要なポイントだ」

「難しそう……」

 

 眉を八の字に下げて、うーんと唸る。

 その横顔に夕陽が差し込んで、銀色の睫毛(まつげ)が金色に()けて見えた。

 

「難しく考える必要はないさ。基幹式(ベーシック)がきちんと出来ていれば、あとは繰り返し練習すればいずれモノにできる。1つ、注意することがあるとすれば、それは魔導粒子(マギオン)消耗(しょうもう)が激しいってことだ」

「そう言えば、先生が言ってたかも。魔導粒子(マギオン)を消耗しすぎると、ばーすと、しちゃうんだって」

 

 カタカナ語をたどたどしく発音するのが、かえって微笑ましい。

 

「その通りだ。魔導粒子(マギオン)を使い過ぎて魔導回路(サーキット)が枯渇すると、しばらくの間術式(コード)を組むことができなくなる。これがバーストだ。ちなみに、セティが最初に答えた、精神と肉体のコントロールもここに関係している」

「そうなの?」

「例えば、フォームが悪くて余計な力が入っていれば、その分だけバーストしやすくなる。まあ、それは矯正(きょうせい)すれば何とかなるんだが、厄介(やっかい)なのは精神面のほうだな」

「集中が切れちゃう、ってこと?」

「それもあるが、一番の問題は恐怖とストレスだ。練習の時はいい、だが、災魔(ハザード)を目の前にすれば、平常心を保つのは至難(しなん)(わざ)。心が過剰(かじょう)に恐れてストレスを感じていると、魔導粒子(マギオン)は通常の数倍から数十倍の速度で消費されていく。新人の術式師(コーディアン)が死にやすいっていうのも、これが原因だな」

「うう、どうしよう、わたしも災魔(ハザード)に食べられちゃうかも……」

 

 想像したのか、両腕で自分の身体を抱きしめるようにして身を縮めた。

 小さな肩がぶるっと震える。

 

「安心しろ、セティが慣れるまで、俺が必ず守ってやるよ」

「えへへっ、それなら安心、かなっ」

 

 途端に不安が消えて、花が咲くように笑顔になる。

 この信頼の厚さには、嬉しさと同時に身の引き締まる思いがした。

 ぴったりと寄り添うように距離を詰めてきたセティリアの体温が、腕越しにほんのりと伝わってくる。

 

「それで、2つ目の説明がまだだったな。2つ目の派生型は共鳴式(レゾナンス)、これは昇華式(アンプリフ)と違って、基幹式(ベーシック)に別の属性を付加するものだ」

「属性を足すんだね」

「そうだ。そして、共鳴式(レゾナンス)には属性の組み合わせで、一気にパワーが上がる比率っていうのがある。例えば、炎属性を100として、風属性を20、雷属性を10だけ足して術式剣(サーベルコード)を組むと……来い、《フランメルラーマ》」

 

 詠唱と共に、彼の右手に炎の剣が顕現(けんげん)する。

 ただの炎ではない。刀身を走る稲妻が火花を散らし、風が炎を巻き上げて螺旋状(らせんじょう)光芒(こうぼう)を描いている。

 

「わぁっ、すごいっ! 火花がばーってしてぱちぱちしてる!」

 

 危ないから離れていろと言いたいところだが、セティリアの目は完全に釘付けだった。パチパチと弾ける火花を映した瞳が、宝石のようにきらめいている。

 

「これが共鳴式(レゾナンス)だ。ちなみに、どの比率で組むとどんな共鳴式(レゾナンス)になるかは教科書を見るといい。有名なものなら大体載ってるはずだ」

 

 術式(コード)を解除すると、余韻(よいん)のように(かす)かな熱気だけが残った。セティリアは名残惜(なごりお)しそうに、剣があった場所を見つめている。

 

「えーっと、教科書の85ページ……わぁ、共鳴式(レゾナンス)には、それぞれ名前が付いてるんだね」

 

 鞄から教科書を取り出して、歩きながら器用にページをめくる。夕陽に照らされた紙面に、色とりどりの共鳴式(レゾナンス)の図解が並んでいた。

 

「ああ、共鳴式(レゾナンス)は最初に発見した人に命名権がある。セティも、新しい共鳴式(レゾナンス)を発見したら、好きな名前を付けられるぞ」

「名前かぁ……迷っちゃうなぁ……」

「もし、その時が来たら、周りの人に相談すると良い。変な名前を付けると、その名前が世界中で叫ばれることになるからな」

「もうっ、変な名前なんてつけないもんっ!」

 

 むくれた顔で言い返すが、すぐに表情が好奇心に塗り替わる。

 

「でも、そういえば、なんで術式師(コーディアン)の人は術式(コード)を使う時、名前を言うのかな?」

「理由は詳しく分かっていないが、そうしたほうが術式(コード)の安定性が高まるっていうデータがあるんだ」

「そうなんだ。やっぱり、声に出したほうが気合が入るから、なのかな?」

 

 ぐっと拳を握り、「必殺」と小声で呟いてみせる。なるほど、確かに気合は入りそうだ。

 

「それもなくはないだろうが、一番有力な説に、"世界の記憶"仮説ってのがある」

「世界の、記憶……?」

 

 教科書を(かばん)に戻しながら、不思議そうに首を傾げた。

 

術式(コード)を使う時、その名前を叫ぶとする。そして、同じことをする人が増えていくと、世界中に溢れる魔導粒子(マギオン)術式(コード)の構成と名前の発する振動数を記憶して、紐付けるらしい。すると、次にその名前と口にしながら術式(コード)を組む時、自然と魔導粒子(マギオン)が正しい比率で集まりやすくなって、術式(コード)が安定する、らしいぜ?」

「不思議な話だね。それじゃあ、世界中の魔導粒子(マギオン)は、わたしたちのことをじーっと見てるんだ……」

 

 きょろきょろと辺りを見回す。夕暮れの空気の中にも、目には見えない魔導粒子(マギオン)が無数に漂っているはずだ。

 その全てに見られていると思ったのか、落ち着かない様子で肩をすくめた。

 

「まあ、そう言えなくもないな」

「そ、それじゃあ、わたしが、おにいちゃんが寝てる間に……したり、おにいちゃんが出撃してる間に……してたことも、全部見られてる……!?」

 

 みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。耳の先まで赤い。

 何を思い出したのか、両手で顔を覆って、指の隙間からこちらを窺っている。


「何をしてたって?」

 

 アルスフリートが何気なく訊ねた瞬間、セティリアの中で何かが弾けたようだった。

 

「うわぁぁん! ごめんなさぁぁぃぃっ!」

 

 叫びながら、セティリアはアルスフリートの腕を握って自分の顔を隠してしまう。

 結局、彼女が何をしていたのかは、最後まで教えてもらえなかった。

 ギルド【フリューゲル】に着くまで、セティリアはずっとアルスフリートの服の(そで)を掴んで離さなかった。

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