Code-005 帰り道の術式授業
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アルスフリートとセティリア、ギルド【フリューゲル】への帰り道にて。
夕暮れの街道を、二つの影が連れ立って歩いている。
隣を歩くセティリアは、さっきからやけに口数が少ない。クレアンヌに何やら吹き込まれたせいか、時折ちらちらとこちらを窺うような視線を送ってきては、目が合いそうになると慌てて前を向く。
その度に銀色の髪がふわりと揺れて、夕陽の光を受けて淡い橙色に輝いた。
しばらくそんなことを繰り返した後、ようやく意を決したように、セティリアが口を開いた。
「ねぇ、おにいちゃん」
「どうした?」
「術式が上手になるコツ、教えて欲しいな」
唐突な話題の転換。
だが、アルスフリートにはそれが照れ隠しだと分かっていた。
さっきまでの気まずい沈黙を振り払いたかったのだろう。
小さな手が制服の裾を握ったり離したりしているのが、その証拠だ。
「そうだな……まず、セティが術式を使う時、気を付けていることは何がある?」
セティリアは小首を傾げた。
眼帯の下の右目を隠すように銀髪がさらりと頬にかかる。
考え事をする時の彼女の癖だ。
「うーん、えっと、意識を集中させて、がんばるぞーって、気合を入れる、とか……?」
小さく拳を握りしめるジェスチャー付き。
気合を入れるという割には、その仕草はどこまでも愛らしい。
「他には?」
「何か良い決めポーズがあるとか……なんて、それは違うよね……」
言いかけて自分で恥ずかしくなったのか、語尾がどんどん小さくなっていく。
視線が足元に落ち、頬がほんのり赤くなる。
「いや、どちらも間違っちゃいない」
「えっ!? そうなの!?」
驚きで跳ねるように顔を上げた。
大きな瞳がきらきらと輝いて、さっきまでの気恥ずかしさなどどこかに吹き飛んでしまっている。
この切り替えの早さは、セティリアの美点の一つだろう。
「少し難しく言うなら、精神と肉体を上手にコントロールするのが、術式のコツだ。意識を集中させて気合を入れるっていうのは前者、正しいフォームで肩に力を入れすぎないってのは後者だな」
「正解、もらっちゃった。でも、それなら、何でわたしは上手く術式が使えないのかなぁ」
語尾に滲む悔しさ。アカデミーではまだ周囲に追いつけていないことを、彼女自身が一番気にしている。
「そこについては、練習あるのみ、だな。特に、成長期の子供はある時を境に一気に術式の才能が開花することもある。セティにはまだ、それが来てないってだけだ」
「そっか、そうだよね。よーし、もっと練習しなきゃ。でも、練習する時って、どの術式の練習をすれば良いのかな?」
落ち込んだかと思えば、すぐに前を向く。
ぱたぱたと跳ねるような足取りに戻ったセティリアの横顔を見て、アルスフリートは小さく口元を緩めた。
「アカデミーでは、どういった術式の種類があるって習った?」
「確か、簡単なほうと、ちょっと難しいほうと、とっても難しいほうの、3種類だったような……えっと、名前、何だっけ……」
指を折りながら数えてみるが、三本目の指を立てたところで固まった。
名前が出てこないらしい。眉間に皺を寄せて必死に思い出そうとしている顔は、どこか小動物を思わせる。
「たぶん、簡単なほうっていうのは、基幹式のことだな。1つの属性の魔導粒子を集めて武器の形にする、基本的な術式だ」
「そうそう! 確か、基幹式は詠唱をしないのが普通なんだって、先生が言ってたよ」
思い出せたことが嬉しかったのか、ぴょんと小さく飛び跳ねた。
「ああ、基幹式はその名の通り、最も簡単な術式だから、詠唱をしなくても簡単に組むことができる。こんな感じにな」
言いながら、アルスフリートは右手を軽く振った。
空気中の魔導粒子が淡い光を帯びて収束し、一瞬で剣の形を成す。
「これって、術式剣、って言うんだよね!?」
セティリアの目が一段と大きく見開かれた。
何度見ても飽きないというように、光の刃に顔を近づけてまじまじと見つめている。
「そうだ。基幹式は武器の形や用途の違いで、いくつかの種類に分かれている。最もオーソドックスなものはこの術式剣と……」
剣を消し、今度は指先に光弾を生成する。三発同時に、それも一瞬で。
「わぁっ、すごいっ、早撃ちだっ!」
両手を口元に当てて歓声を上げるセティリア。
その姿はまるで、手品を見る子供のようだった。
「術式弾、これらを最初に練習すると良い。一番簡単だからな」
「かんたん……!? 全然簡単じゃないよっ! って、これより難しいのが2種類あるってことだよね!?」
目を白黒させながら、セティリアは抗議するようにアルスフリートの腕をぺしぺしと軽く叩いた。
「まあな。だが、残りの2種類はどちらも、基幹式の派生型。基幹式を極めることが、術式の腕を上げる近道ってわけだ」
「えっと、ちなみに、どういうものなのか、聞いてもいい?」
遠慮がちに上目遣いで見上げてくる。
知りたいという好奇心と、質問ばかりで迷惑じゃないかという気遣いが、その表情に同居していた。
「1つ目は昇華式、簡単に言えば基幹式の属性強化版だ」
「属性、強化版?」
「ああ、例えば、炎属性を使って術式剣を組んだとする。これを強化するために、炎属性の魔導粒子だけを狙って追加していくんだ」
「他の属性が入ると、どうなるの?」
「簡潔に言えば、性能が落ちる。昇華式は1つの属性の純度を如何に高められるかが重要なポイントだ」
「難しそう……」
眉を八の字に下げて、うーんと唸る。
その横顔に夕陽が差し込んで、銀色の睫毛が金色に透けて見えた。
「難しく考える必要はないさ。基幹式がきちんと出来ていれば、あとは繰り返し練習すればいずれモノにできる。1つ、注意することがあるとすれば、それは魔導粒子の消耗が激しいってことだ」
「そう言えば、先生が言ってたかも。魔導粒子を消耗しすぎると、ばーすと、しちゃうんだって」
カタカナ語をたどたどしく発音するのが、かえって微笑ましい。
「その通りだ。魔導粒子を使い過ぎて魔導回路が枯渇すると、しばらくの間術式を組むことができなくなる。これがバーストだ。ちなみに、セティが最初に答えた、精神と肉体のコントロールもここに関係している」
「そうなの?」
「例えば、フォームが悪くて余計な力が入っていれば、その分だけバーストしやすくなる。まあ、それは矯正すれば何とかなるんだが、厄介なのは精神面のほうだな」
「集中が切れちゃう、ってこと?」
「それもあるが、一番の問題は恐怖とストレスだ。練習の時はいい、だが、災魔を目の前にすれば、平常心を保つのは至難の業。心が過剰に恐れてストレスを感じていると、魔導粒子は通常の数倍から数十倍の速度で消費されていく。新人の術式師が死にやすいっていうのも、これが原因だな」
「うう、どうしよう、わたしも災魔に食べられちゃうかも……」
想像したのか、両腕で自分の身体を抱きしめるようにして身を縮めた。
小さな肩がぶるっと震える。
「安心しろ、セティが慣れるまで、俺が必ず守ってやるよ」
「えへへっ、それなら安心、かなっ」
途端に不安が消えて、花が咲くように笑顔になる。
この信頼の厚さには、嬉しさと同時に身の引き締まる思いがした。
ぴったりと寄り添うように距離を詰めてきたセティリアの体温が、腕越しにほんのりと伝わってくる。
「それで、2つ目の説明がまだだったな。2つ目の派生型は共鳴式、これは昇華式と違って、基幹式に別の属性を付加するものだ」
「属性を足すんだね」
「そうだ。そして、共鳴式には属性の組み合わせで、一気にパワーが上がる比率っていうのがある。例えば、炎属性を100として、風属性を20、雷属性を10だけ足して術式剣を組むと……来い、《フランメルラーマ》」
詠唱と共に、彼の右手に炎の剣が顕現する。
ただの炎ではない。刀身を走る稲妻が火花を散らし、風が炎を巻き上げて螺旋状の光芒を描いている。
「わぁっ、すごいっ! 火花がばーってしてぱちぱちしてる!」
危ないから離れていろと言いたいところだが、セティリアの目は完全に釘付けだった。パチパチと弾ける火花を映した瞳が、宝石のようにきらめいている。
「これが共鳴式だ。ちなみに、どの比率で組むとどんな共鳴式になるかは教科書を見るといい。有名なものなら大体載ってるはずだ」
術式を解除すると、余韻のように微かな熱気だけが残った。セティリアは名残惜しそうに、剣があった場所を見つめている。
「えーっと、教科書の85ページ……わぁ、共鳴式には、それぞれ名前が付いてるんだね」
鞄から教科書を取り出して、歩きながら器用にページをめくる。夕陽に照らされた紙面に、色とりどりの共鳴式の図解が並んでいた。
「ああ、共鳴式は最初に発見した人に命名権がある。セティも、新しい共鳴式を発見したら、好きな名前を付けられるぞ」
「名前かぁ……迷っちゃうなぁ……」
「もし、その時が来たら、周りの人に相談すると良い。変な名前を付けると、その名前が世界中で叫ばれることになるからな」
「もうっ、変な名前なんてつけないもんっ!」
むくれた顔で言い返すが、すぐに表情が好奇心に塗り替わる。
「でも、そういえば、なんで術式師の人は術式を使う時、名前を言うのかな?」
「理由は詳しく分かっていないが、そうしたほうが術式の安定性が高まるっていうデータがあるんだ」
「そうなんだ。やっぱり、声に出したほうが気合が入るから、なのかな?」
ぐっと拳を握り、「必殺」と小声で呟いてみせる。なるほど、確かに気合は入りそうだ。
「それもなくはないだろうが、一番有力な説に、"世界の記憶"仮説ってのがある」
「世界の、記憶……?」
教科書を鞄に戻しながら、不思議そうに首を傾げた。
「術式を使う時、その名前を叫ぶとする。そして、同じことをする人が増えていくと、世界中に溢れる魔導粒子が術式の構成と名前の発する振動数を記憶して、紐付けるらしい。すると、次にその名前と口にしながら術式を組む時、自然と魔導粒子が正しい比率で集まりやすくなって、術式が安定する、らしいぜ?」
「不思議な話だね。それじゃあ、世界中の魔導粒子は、わたしたちのことをじーっと見てるんだ……」
きょろきょろと辺りを見回す。夕暮れの空気の中にも、目には見えない魔導粒子が無数に漂っているはずだ。
その全てに見られていると思ったのか、落ち着かない様子で肩をすくめた。
「まあ、そう言えなくもないな」
「そ、それじゃあ、わたしが、おにいちゃんが寝てる間に……したり、おにいちゃんが出撃してる間に……してたことも、全部見られてる……!?」
みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。耳の先まで赤い。
何を思い出したのか、両手で顔を覆って、指の隙間からこちらを窺っている。
「何をしてたって?」
アルスフリートが何気なく訊ねた瞬間、セティリアの中で何かが弾けたようだった。
「うわぁぁん! ごめんなさぁぁぃぃっ!」
叫びながら、セティリアはアルスフリートの腕を握って自分の顔を隠してしまう。
結局、彼女が何をしていたのかは、最後まで教えてもらえなかった。
ギルド【フリューゲル】に着くまで、セティリアはずっとアルスフリートの服の袖を掴んで離さなかった。




