Code:049 魔導プラント①
* * *
朽ちた鉄の臭気が漂うプラント内部。
天井から剥き出しになった配管が蛇のように垂れ下がり、壁には無数の亀裂が走る。
足元を照らすのは、非常用の赤色灯のみ。
その明かりが通路に不気味な陰影を落としていく。
「気を抜くなよ。ここはもう、安全地帯じゃない」
瓦礫を跨ぎながら、パトリックはアルトの背中を見つめる。
この少年——初めて会った時から、只者ではないと直感していた。
他の新人術式師たちが見せる緊張や不安とは無縁な、年季の入った冷静さ。
まるで幾度となく死地を越えてきた古参のような、揺るぎない佇まい。
「本当に、新人なのか?」
問いかけは、薄暗がりに吸い込まれていった。
アルトは振り向きもせず、DOCの投影する立体地図に目を凝らす。
魔導粒子の反応は点在しているものの、その波長は微弱だ。
大型個体や上位個体に特有の尖鋭な振動は検出されない。
おそらくは鉄虫種か、機骸種、あるいは悪鬼種のいずれかに分類される小型の災魔だろう。
奴らは数が多ければ厄介だが、Cランクの術式師でも対処は可能な相手。やはり救援任務としての難易度は低いようだが……。
(「……どこからか、視線を感じる。気のせいか?」)
アルトは暗闇の向こうから、獲物を狙う猛禽のような鋭い視線を感じ取っていた。
2人の周囲を執拗に這い回り、舐め回すような、意図すら掴めない不穏な気配。
しかし、その気配は一瞬だけで、気付けば視線を浴びるような感覚は消え去っていた。
気にはなるが、これは救援任務、寄り道している暇はない。
魔導粒子の反応を頼りに、建物の2階へと進んで行く。
崩れかけた非常階段への扉が、金属特有の軋みを上げる。
錆びた手すりは触れただけで崩れそうだ。
「よし、ここを抜ければ——」
その時、遠くから異様な音が響いてきた。
幾重にも重なり合う金属音は次第に大きくなり、やがて飛び回る羽虫のような不協和音を奏で始める。
「お、おいアルト! 何かいるぞ!」
「聞こえてる。騒ぐな」
今、この場所でこの音が聞こえる意味など、幼子でも分かることだ。
羽音は確実に接近し、2人を取り囲むように旋回していく。
「災魔っ……!?」
そう口に出すのと同時に、暗闇の中から硬質の翅を持つ災魔が風を切り裂いて襲来した。
鉄虫種と呼ばれるそれは、蛾を模したような姿をした鋼鉄の羽虫。
災魔の中では小型の部類ではあるが、飛行能力を持つがゆえの追尾能力は群を抜いている。
当然、他の災魔と同じく人間を捕食するため、捕まれば命はない。
暗闇に紛れて空中を旋回しながら獲物を狙う様は、まるで連れていく人間を選定する死神のようだ。
パトリックは音に惑わされ、奴らの影を捕捉できていない。
そんな哀れな獲物の背後へ鉄虫種が急降下した瞬間、隣にいたアルトの姿が掻き消えた。
「どこを見てる?」
錆びた手すりを蹴った少年は、まるで重力など存在しないかのように宙を舞う。
そして、一瞬で造り上げた雷の術式弾が閃光を放ち、最初の2発で災魔の翅を、最後の1発で胴体の核を貫いた。
撃ち落とされながら魔導粒子の霧となって消滅していく災魔を背に、アルトは華麗に着地する。
「大した災魔じゃない。ビビってたら勝てるもんも勝てねぇぞ」
「す、すまない……」
その言葉に促され、パトリックは我に返る。
だが、気を取り直す間もなく、建物全体が揺れ始めた。
何者かが地面を踏みしめる重い足音。
そして、術式の炸裂する音が遠くから響いてくる。
「誰かが戦ってるな。気を引き締めろ、パトリック」
異変に気付いた二人は、足音のする方へとさらに足を早めた。
崩れかけた長い通路を抜ける途中、何度か床が大きく揺れたが、それも彼らの足を止めることはない。
やがて、激しい戦闘音が聞こえ始める。
術式の炸裂音、先ほどの災魔と同じ耳を劈く羽音、そして術式師たちの掛け声。
通路の先で誰かが戦っているのは間違いないだろう。
「この先だ。様子を見て、突入するぞ」
「おう……!」
二人は息を潜め、術式の音が鳴り止んだ瞬間を見計らって突入する。
通路の先に広がる光景、壁は抉られ、床には無数の弾痕。
そこでは、四体の災魔と対峙する2人の術式師の姿があった。
数で言えば劣勢に思えるが、黒髪の青年と朱髪の少女、彼らは息の合った連携で4体の災魔を翻弄していく。
術式槍を駆る青年は長いリーチを生かして災魔を牽制し、その合間を縫うように少女は華麗なステップで宙を舞う。
災魔が怯んで動きが止まった瞬間、彼女は青年の術式槍を踏み台に跳躍すると、四方八方へと術式矢を放った。
全方位に放たれた無数の矢を前にして災魔は為す術なく、まるで昆虫の標本がピンで刺されたかのように地面に張り付けられる。
そこへ、青年の術式槍が襲い掛かり、一体一体を確実に仕留めていった。
「君は……パトリック?」
「ははっ、苦戦しているって聞いたから慌てて来たのにさ。もう終わってるじゃないか、ゼイン」
「すまない、手間を取らせたね」
第三部隊に所属する術式師の男性・ゼイン。
パトリックとのやり取りから察するに、どうやら彼らは見知った仲であるようだ。
「はぁ、救援なんて、誰が頼んだっていうの?」
友好的な様子のゼインと異なり、冷ややかで甲高い声が埃っぽい空気を震わせる。術式師の少女・エリザは朱色の髪を揺らしながら、これ見よがしに悪態をついた。
「私たちだけで十分でしょ。ね、ゼイン?」
「エリザ、彼らはわざわざここまで来てくれたんだ。そんな言い方をしちゃダメじゃないか」
高飛車な態度のエリザに、ゼインは困ったような表情を浮かべる。
だが、彼女はそんな様子を気にも留めず、隊服の埃を優雅に払うと、パトリックに向けて毒を含んだ視線を投げかける。
「ふん、もっと強い術式師ならともかく、弱虫のパトリックは帰っていいわよ?」
「な、何だと!? 君は感謝というものを知らないのか!?」
パトリックはエリザの挑発に怒りを露わにするが、当の彼女は知らんぷりで涼しい顔だ。
いがみ合いながらもどこか自然体な2人の様子を伺うに、以前も似たようなやり取りがあったのだろうなと、アルトは察した。
「こほん、仲間割れしている場合じゃないだろう?」
ゼインはエリザとパトリックの間を制して、静かに前に出る。
「パトリック、来てくれて助かったよ。そして、そこの君は見ない顔だね。新人かい?」
「第七部隊へ配属になりました、アルトと申します」
「あら、可愛い子。パトリックなんかの下についていないで、私たちの部隊に来ない?」
「引き抜きは止めたまえ!」
「あはは……」
アルトはゼインと顔を見合わせ、苦笑いをするのだった。
「三人で同じ任務に挑むのは、アカデミー以来だな」
「任務って、もう災魔は倒しただろ?」
気の抜けたようなパトリックの言葉、しかし、ゼインとエリザの表情は晴れない。
束の間の温和な空気が消え失せ、緊張感が再び漂う。
「実は……まだ終わっていない」
ゼインの低い声が、重い鉛のように場に沈んでいく。
「この先の区画、最奥部のラボエリアに、まだ災魔が潜んでいるんだ」




