Code:048 救援任務②
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数分後、アルトとパトリックは路地裏にて合流した。
向かった先は、整列した石畳の中で不自然に開けられた空間、転位ポータルの設置点だ。
「さっさと行って、終わらせるぞ」
アルトは気だるげに言い放つ。
その仕草からは無理やり連れ出された不満が見え隠れする一方で、どこか世話焼きな親心も垣間見えた。
アルトにとってのパトリックは建前上は先輩だが、転生前のキャリアも加味すれば遥かに若輩者でひよっこ同然の存在でもある。
冷たく突き放して、勝手に死なれても気分が悪い。
『術式師ID、または認証パスをスキャンしてください』
開けた空間に足を踏み入れると、線状の光が石畳を走り、機械音声が身分の証明を促す。
指示に従ってDOCを翳すと、静かな起動音とともに転位ポータルが起動した。
四方に装置が並べられた小さなスペースを塗り潰すような魔導陣が展開され、上からは魔導粒子を変換した光のシャワーが降り注ぎ始める。
『認証が完了しました。実行中の任務リストを読み込み中――完了。目的地周辺のポータル利用状況を確認――完了』
転位ポータル――それは、飛行艇と並んでこの世界の術式師たちの活動を支える重要な移動手段の1つだ。
アルトがDOCを円筒状の装置にかざすと、光が螺旋を描きながら広がっていく。
まるで荷物をラッピングするかのように2人を包み込んだのは、魔導粒子の被膜。
空気抵抗や重力の影響を大幅に緩和する被膜に包まれた対象物を光速で射出することにより、主要都市や各重要拠点に設置されたポータル間をたった数秒で移動することができる。
とは言え、こんな装置に頼らずとも、指定した地点間を光速で移動する転位術式というものは存在している。
しかし、それを差し置いてこのような装置とポータルが用いられている理由は、転位術式というものが極めて危険だからだ。
質量を伴う超高速移動は、いくら魔導粒子の被膜で覆ったからと言って、一歩間違えれば取り返しのつかない大惨事を引き起こす。
例えば、転位経路の計算を誤ってオブジェクトに衝突したら――。
もしくは、転位した者同士が経路上で衝突したら――。
その対象が何であれ、原型を留めないほどに破壊されることだろう。人であれば、言うまでもなく助かる見込みはない。
そのため、転位術式は禁術を除けば最も厳しく管理される限定術式の一種として位置づけられている。
限定術式は禁術とは異なり使用自体は禁止されていないが、使用する場合は術式師のみが取得できる特殊な免許に加え、使用する時にギルド長・使用エリアの管制官・魔防総省傘下の術式管理局長へそれぞれ許可を取らなくてはならない。
有り体に言えば、まともに使っていられないほどに面倒なのだ。
そこで考案されたのが、この転位ポータルだった。
各地の管制官によって厳密にコントロールされた経路を通ることで、事故のリスクを極限まで排除し、術式師を目的地まで迅速に送り届ける。
毎日のように災魔や魔導犯罪者が跋扈するこの世界においては、これなくしては任務が回らないと言っても過言ではないだろう。
『位相の同期を開始、座標を確定、経路をクリア――転位を開始します』
「準備はいいか、パトリック?」
「あ、ああ、もちろんだ!」
アルトの声に、パトリックは小さく頷いた。
直後、魔導粒子の被膜がまるで生き物のように蠢きながら、彼らの体を包み込んでいく。
ふわりと宙に浮くような感覚に支配され、意識が瞬間的に遠のく――そして、次の瞬間。
2人の目の前には、西エリア・グリストン区の光景が広がっていた。
パトリックは転位にまだ慣れきっていないのか、軽い眩暈を覚えながらふらつく。
一方のアルトは、転生前に幾度となくポータルを往復した経験から、何事もなかったかのようにポータルから飛び出すと、辺りを見回してとある方角を指差した。
「あっちの方だな」
パトリックはよろめきながらも、アルトが指差す方向へ目を向ける。
すると、遠くの空より、一筋の煙が立ち昇っているのが見えた。
グリストン区は魔導粒子からエネルギーを抽出する巨大なプラントが立ち並ぶ工業地帯があることでも有名だ。
どうやら災魔は、その中の一角へ侵入したようだった。
「急ぐぞ、パトリック!」
「お、おうっ!」
アルトに促され、パトリックは自らの頬を叩いて気合を入れる。
ここからなら、走れば数分とかからないだろう。
2人は脇目も振らず、駆け足でプラントへ向かった。
靴がアスファルトを叩く音を緊迫した息遣いと共に響かせながら、煙を目印に一気に距離を詰めていく。
程なくしてプラントに到着すると、2人は意外な光景を目にした。
煙が立ち上る建物の外観は、災魔の侵入を物語るような破壊の痕跡がない。
それどころか、扉を開閉するセキュリティシステムも正常に作動しているようだった。
「妙だな、災魔はどこから入ったんだ?」
「分からない……けど、魔導粒子の強い反応は確かに建物の中だ」
アルトとパトリックは、お互いの目を見合わせる。
何やら奇妙な不自然さが、本能に訴えかけるように警鐘を鳴らす。
しかし、考えている暇はない。
素早くDOCを扉にかざし、術式師の特殊認証でセキュリティを強制解除する。
装置が認証を終えると、金属音を立てて重厚な扉が開いた。
2人はそのまま、DOCが指し示す魔導粒子反応に従ってプラント内部を突き進む。
しばらく進むと、反応が一際強くなった。
災魔だろうか、2人は柱の陰に身を隠し、タイミングを見計らって一斉に大部屋へ突入する。
「うぅっ......」
「しっかりしろ、すぐに救援が来る!」
そこにいたのは、恐るべき災魔ではなく、見覚えのある隊服を着た術式師だった。
負傷した数名が床に横たわり、比較的傷が浅い術式師が手当てを施している。
アルトは彼らを知らないが、パトリックの反応を見るに、どうやら救援依頼を出した第三部隊のメンバーであるようだ。
彼らは来訪者の姿に一瞬だけ警戒の姿勢を見せたが、仲間であることを確認すると、ほっとしたように息を吐く。
「君たちは、確か……!?」
「第七部隊のパトリックだ。こっちは後輩のアルト。依頼を受けて救援に来た」
「そ、そうか……助かる」
折角の救援だというのに、彼らの顔に浮かぶのはあまり浮かない表情だ。
「……確認だが、来たのは君たちだけか?」
「ああ、そうだが?」
「いや、その……失礼かもしれないが、手強いぞ、あの災魔は」
直接的な表現ではないが、言外にこう言っていた。
「君たちで大丈夫なのか?」と。
分からない話ではない。
救援に来てくれるなら、Bランク以上の実力者を望むのは、生死を賭けた戦場においては当然の反応だろう。
「失礼な、僕の実力を疑ってるのか!? 言っておくけどな、僕は今日からC1ランクに昇格したんだぞ!」
パトリックもその意図をすぐに察して、怒りに震える声でアピールする。その横で、アルトは「じゃあ俺を呼ぶなよ」と小声でぼやきながら、パトリックの横腹を肘で小突いた。
「いや、すまない」
第三部隊の術式師も、態度に出ていたことを反省し、申し訳なさそうに首を振る。
「助けに来てくれたのに、失礼だったな。許してくれ」
そして、彼は奥を指差しながら続けた。
「仲間たちが中で災魔と戦っている。助太刀を頼みたい」
「僕たちに任せておけ! な、アルト君……って、あれ!?」
「早くしろ、パトリック」
「おい、待てって!」
パトリックが声を掛けた時、アルトは既に走り出していた。
廊下の奥から時折響く、心拍数を煽るような不気味な衝突音。
難しい任務ではなかったはずなのに、歴戦の術式師としての嗅覚が嫌な予感を嗅ぎ付ける。
遅れて後を追いかけるパトリックとともに、アルトは音の発生源へと向かっていった。




