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Code:047 救援任務①

 * * *


 その日の午後の出来事だった。ギルドで待機していたパトリックのDOC(ドック)から通信音が鳴り響いた。

 画面に浮かび上がったのは、マリーの愛らしい笑顔が映り込んだアイコン。

 とはいえ、真昼間に彼女からの通信というのは、どこか嫌な予感を感じさせるものがあった。


「こちら、パトリックです」

「あーっ、パトリックくん、聞いて聞いて、良い知らせと悪い知らせがあるんだけどね、どっちからが良いー?」


 唐突な二択の問いかけに、パトリックは目を丸くする。

 まるで運命の分かれ道に立たされたかのように、一瞬の躊躇(ちゅうちょ)を見せた後、小さく息を()く。


「え、えっと......良い方からお願いします」

「はーい、じゃあ、良い方からー、じゃじゃーん!」


 マリーは嬉しそうに効果音を口で真似ながら、こう続けた。


「先日の任務、あ、グリンベール村の上位個体討伐戦ね。パトリックくんの活躍が評価されて、ランクC2からC1への昇級が正式に承認されましたーっ、おめでとーっ!」

「本当ですか!?」


 パトリックの声が裏返るように跳ね上がる。

 なかなかチャンスが(めぐ)ってこなかった昇級――その知らせに、彼の表情がぱあっと輝きを帯びる。


「でもでも」


 マリーは少し残念そうに、一言付け加えた。


「セティリアちゃんが救援に来る前に討伐できてたら、飛び級でランクB3まで行けたんだって。惜しかったねー」

「そ、そうだったんですか......」


 それを聞いて、パトリックは複雑な表情を浮かべる。

 分厚いランクBの壁を越えられるチャンスを逃したことは痛いが、越えるということは同時にセティリアやリノエラといった隊長格と同等の活躍を求められるということだ。


 流石にそれは、と思いつつも、ランクアップの喜びに心臓の拍動(はくどう)が加速するのを感じていた。


「じゃあ、悪い方の知らせを」


 知らせは吉報だけではない。ゆるふわとしたマリーの口調が一転して真剣味を帯びる。


「ついさっき入った情報なんだけど、【オルフェウス】第三部隊のメンバーが、ルーネスハーベン西エリア・グリストン区に出現した災魔(ハザード)と交戦中なの。特別に手強い個体じゃないみたいだけど、相手の数が多くて苦戦を強いられているみたい。それで、救援要請が来てるんだけど、ランクC1に昇格したパトリックくんにどうかなーって」


 その言葉に、パトリックの表情から喜びの色がさっと消え失せた。

 

 グリンベール村における上位個体との遭遇のような例外もあるが、討伐任務で戦う災魔(ハザード)は基本的に、緊急度が低い故に後回しにされるケースが少なくない。

 一方で、救援任務で戦う災魔(ハザード)は、上記の例外などを含め、他の術式師(コーディアン)が救援依頼を出さざるを得ないほどの厄介な相手と戦わなければならない。


 実際、救援任務に絡んだ死傷者は他の任務と比べて有意に多いと言われている。


「え?......あ、あの、他のメンバーは手が空いていないんでしょうか?」

「セティリアちゃん含めて、他数名は手が空いてるけど」


 マリーはそこまで言って、意味ありげに間を置く。


「数は多いけど、一体一体はそこまで強力な災魔(ハザード)じゃないから、C1ランクになったパトリックくんの初陣にどうかって、ジュリアナ司令官が提案してるんだ」

「司令官が!?」


 それを聞いて安堵(あんど)するどころか、逆にパトリックの顔が青ざめた。


(「僕は、試されているのか……!?」)


 正直に言ってしまえば、C1ランクへの昇格は彼自身の実力ではない。

 上位個体を追い詰めることができたのだって、はっきり言ってしまえばアルトの強力なサポートがあったからだ。


 パトリックの額に浮かぶ冷や汗の数がどんどん増えていく。


「どうしても無理なら、他のメンバーに頼むけど……」


 マリーの心配げな声に、流されてしまいそうになる。

 しかし、パトリックは己の弱さを押し殺すように、啖呵(たんか)を切った。


「僕が行きます! 任せておいてください!」

 

 その宣言に、マリーはDOC(ドック)越しに拍手を響かせる。

 

「おおーっ、あのビビりのパトリックくんが、成長したねぇ」

 

 感慨深(かんがいぶか)げな声音で「頑張ってきてね」と言って、マリーからの通信は切れた。

 それと同時に、パトリックのDOC(ドック)に救援任務の詳細が転送されてくる。

 

 救援任務である以上、時間の猶予(ゆうよ)はない。

 すぐに出発しなければ……だが、彼は(あわ)ただしく別の通信を開始していた。


「アルト君! 君の出番だ!」

「はいはーい、どうかしましたか?」


 DOC(ドック)からは、猫を被ったような愛嬌(あいきょう)のある声が返ってくる。

 パトリックは先輩としての体裁(ていさい)を整えつつ、画面越しに頭を下げた。


「お願いがあるんだが、任務について来てくれないか?」

「任務ですか、急な話ですね」

「ああ、さっきランクC1への昇格通知と一緒に、救援任務の依頼を受けてしまってね」

「それはそれは、おめでとうございまーす(棒読み)」

「よく聞いてくれ、これはとても難しい任務なんだ。君の実力でも、どうにかなるか分からないくらいに」

 

 それを(あなど)られたと思ったのか、アルトの声色(こわいろ)が一変する。


「任務内容を転送しろ」

「あ、ああ、少し待っててくれ」


 冷徹(れいてつ)な声に(うなが)され、パトリックは震える指でDOC(ドック)をタップして情報を送信する。

 アルトは通信を繋げたまま、数秒で内容に目を通すと、即座に判断を下した。


「……この程度の任務で俺を呼ぶなよ。あんた1人で行ってきな」

「か、簡単な任務だって!?」

「あのな、高ランク帯を差し置いてランクCに回ってくる救援任務なんて、俺に言わせりゃ研修みたいなモンなんだよ」


 アルトは過去の経験から、冷静に分析する。

 とても新人とは思えない言葉の数々に、パトリックは言葉を返すことができない。


「本当に緊急でヤバい状況だってんなら、まずC1ランクには降りてこない。こういうのは大抵、戦闘が長引いたから保険として救援依頼を出してる場合が(ほとん)どだ。これ、ジュリアナからの指名か?」

「な、なんで分かるんだ!?」

「司令官だって間抜けじゃねぇ。元は前線に立っていた歴戦の術式師(コーディアン)だ。お前の嘘だってある程度見抜いているし、過大評価もしていない。その上で依頼を投げてきたってことはな……」


 一呼吸おいて、言葉を付け加える。


「お前の実力でもなんとかなる任務だ。初陣(ういじん)を飾ってこいよ」


 アルトはそう言って、通信を切ろうとする。

 けれども、パトリックも必死な様子で引き下がろうとしない。

 

「そこを何とか頼むよ、僕はまだ1人で複数体の災魔(ハザード)と戦ったことはないんだ」

「敵も多いが、味方が戦ってるんだ。そいつらを頼りな」

「今回だけ、今回だけ!」

「やだ」

「鬼! 悪魔! 人でなし!」


 アルトの素っ気ない一言に、パトリックは子供のような罵倒(ばとう)の言葉を吐き散らす。


「僕が災魔(ハザード)のおやつになってもいいのか? 化けて出るぞ!?」


 偶然にも、最後の言葉でアルトの態度が微妙に変化する。

 何を隠そう、アルトはお化けが苦手なのだ。

 画面越しにも聞こえる大きな溜息(ためいき)()くと、面倒くさそうに頭を()きながら、ついに折れた。


「はぁ、今回だけだぞ」

「さすがアルト君だ! 頼りになるねぇ! 君みたいな優秀な後輩が持てて僕も嬉しいよ!」

「うるせぇ、黙って準備しとけ」

「了解だ。それじゃあ、今から5分後、ギルドを出てすぐの路地にある転位ポータルに来てくれ、頼んだぞ!」


 こうして、2人は救援任務へと向かうことになった。

 

 ――その先に待っている、血の香りにも気付かずに。

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