Code:044 過去の最強、現代の最強②
「3年前の事件の後、ギルド【フリューゲル】がどないなったか、知っているか?」
「ああ、解体されたんだろ?」
机上のグラスを傾けながら、レイザークは当時の出来事を淡々と語り始めた。
「せや。襲撃でぎょうさんの死傷者を出したギルド【フリューゲル】の立て直しは、流石に困難やった。なんせ、ギルド長のディアーナとギルドのエースやったお前を同時に失うたんやからな。生き残ったメンバーは何とか続けようとしたみたいやけど、半壊した状態で前みたいな運営ができるわけあらへん。結局【フリューゲル】は解体せざるを得んかったんや。ま、ギルド自体の評判が良かったおかげで、メンバーは各地のギルドに次々と再就職が決まったらしいわ」
レイザークが語ったここまでの話は、決して機密情報などではない。
その気になれば、一般人でも入手することが可能な、言わば公の情報。
けれども、彼が語ろうとしているのは事件のその先。
隠された真相に迫るにつれて、彼の瞳には冷たい光が宿る。
「……せやけどな、この事件にはいくつか解せんことがあったんや。その中でも一番引っかかるんは、事件の後始末や。ギルドが襲撃されて死傷者がぎょうさん出るなんて、滅多に起こらん大事件やろ。世間の注目も集まってて、真相の解明が求められとったんや。せやのに、半年経った頃、ギルド協会が一報の告知を出したんが最後で、事件は無理やり幕引きにされたんや」
「ギルドの不祥事、そういう話だったな」
「表向きの情報では、そないなことやったな。せやけど、ギルド関係者には、もうちょい踏み込んだ情報が回っとったんや。具体的に言うなら、“内輪揉めが原因での犯行で、犯人はその場で自殺した”、っちゅう話や」
ギルド【フリューゲル】の内情を知っているアルトにとっては、俄かには信じがたい話だった。
無論、複雑な人間関係が入り混じる組織において、揉め事が起こるのは日常茶飯事だ。
とは言え、ギルドが半壊するほどの騒ぎを起こすには、余程強い動機とギルド内の実力者たちをまとめて出し抜くほどの圧倒的な実力が必要となる。
そこまで考えると、内輪揉めというのは少し不自然なように思えた。
「犯人の名前は?」
「それがな、公開されてへんのや。発表されたんは、死傷者のうち何名かっちゅう、なんともぼんやりした表現だけやった。当然、その曖昧さに文句を言うやつもおったけど、その声を封じ込めるように、明らかに不自然なやり方で、ギルド協会は事件を無理やり終わらせたんや」
しばし沈黙が流れる。
アルトは眉間に皺を寄せ、その文脈に込められた不自然さを反芻する。
「誰もがなんとも言えん違和感を抱えたまま、事件から1年が経った。その頃や、当時まだギルドに所属しとった俺のところに、一通の手紙が届いたんは」
レイザークはそう言うと、鍵のついた引き出しから黄ばんだ封筒を取り出す。そこに書かれた宛名の筆跡は、アルトにとっても見覚えがあるものだった。
「差出人はな、お前んとこの後輩やった若手の術式師・カイルや。別にあいつと面識があったわけやないからビックリしたけど、それ以上に驚かされたんは手紙の中身や」
「カイルは、何を?」
「ここまで聞いたら察しが付くやろ? せや、あのギルド【フリューゲル】襲撃事件に関する、告発文やったんや」
アルトは息を呑み、封筒を見つめる。
レイザークは封筒から手紙を取り出し、月光に透かすようにして読み上げた。
『ギルド【フリューゲル】を襲撃した者が内部の人間であること、それは間違いありません』
『しかし、事件が単なる内輪揉めで起こったということ、そして、犯人は現場で亡くなったという報道は、全くのデタラメです』
『私は、犯人の姿を見ました。名前はウォレス、ラーグ、セルダ、ランクB術式師の3人。彼らは事件後、行方不明となっており、遺体は見つかっていません。おそらく、現場から逃走したのでしょう』
『重要なのは、彼らの名前ではありません。私は見たのです。ギルドメンバーを手にかける彼らの身体に刻まれていた、鉤爪を模したタトゥーを。それは紛れもなく、かつて滅びたはずの犯罪組織・黒い鉤爪のものでした』
『私は新しく所属した【スパイクアロー】でこの事実を告発しましたが、何故か誰も相手にしてくれませんでした。それどころか、その日から、私宛てに脅迫のメッセージが届くようになったのです』
『私はもう、死を覚悟しています。この手紙が届く頃、私は消されているかもしれません。だからこそ、この真実を、我らが英雄たるアルスフリートの盟友、レイザーク殿、|貴方に託したい』――これが手紙の結びだった。
「カイルは、どうなった?」
その問いに、レイザークは首を振る。
「手紙が届いた頃にはもう、あいつは【スパイクアロー】を離れとった。それ以来、あいつの消息は闇に消えたままや」
アルトの拳が震えるように握りしめられる。
昏い空気の中、レイザークは意味深な表情を浮かべた。
「あいつらは今も水面下で蠢いとる。それは間違いないわ。各地のギルドにスパイを送り込んで、内側から崩壊させようとしとるんや。巧妙な毒蛇が獲物の心臓部へ這い寄るように。それに気付いた俺は、ギルドを離れる決断をした。古巣に潜り込んどったスパイどもを抹殺した上でな」
その言葉に、アルトは白鬼面の男との対峙を思い出した。
ギルドというシステムの破壊――男が語った目的が、鮮明に甦る。
「……俺を殺した白い鬼面の男も、そんなことを言っていたよ」
レイザークは意味深な笑みを浮かべ、「これで、全てが繋がったな」と呟く。
「黒い鉤爪との戦いは、お前が想像する以上に困難を極める」
彼は腕を組み、虚空を射抜くような視線を浮かべたまま、言葉を続けた。
「奴らは力任せの蛮族やない。足元から、深い毒みたいに組織をじわじわ蝕んでいく。気付いた時には、もう手遅れや」
アルトは黙って頷く。
レイザークの表情が一層厳しさを増した。
「多くの組織には既に奴らのスパイが潜り込んどる。次に奴らが表舞台に姿を現す時は、全ての準備が整った後や。その時には、俺らに打つ手は残されてへん」
言葉の端々に危機感が滲む。
「せやからこそ、今動かなあかんのや。そして――」
人差し指を突きつけながら、宣言する。
「その戦いにおいて、お前の存在は切り札になる」
「俺が?」
アルトは懐疑的な表情を浮かべる。
今のアルトは、かつてのアルスフリートのような力はない。
それは、レイザークも分かっているはずだ
「焔血王――その名は今でも術式師たちの心に生き続けとる。平たく言えば、信者が多いっちゅうこっちゃ」
「俺を教祖みたいに言うんじゃない」
「せやけどな、実際に3年前の事件の顛末に納得いってへん奴は、お前が思っているより遥かに多いで」
暗闇の中で、レイザークの双眸が妖しく輝きを増した。
「確かに、禁術を使うて転生するんは法に触れる。迂闊に正体を明かしたら、お前を破滅へ追い込むことになるやろな。せやけど、どんな形であれ、焔血王が生きとるっちゅう事実は、使いようによっては数多くの術式師を動かす強力な旗印になるんや。――戦いは、数がモノを言うんやで?」
その言葉に、アルトは深い思考に沈んだ。
確かに、この先の戦いを自分一人の力で乗り越えることは不可能だろう。
仮に、かつての力が残っていたとしても、それだけで突破できるほど簡単な相手ではない。
敵が数を使うなら、こちらも数が必要、それは自明の理だ。
「今のお前にできるんは、足元をしっかり固めることや。スパイの調査はヴァラムに任せたらええ。あいつ、そっち方面の才能では抜群やからな。お前はギルドっちゅう土壌で、信頼できる仲間を増やすことに専念するんや」
「そう言われてもな……」
アルトが困惑の表情を見せると、レイザークは意外な言葉を投げかけた。
「信者集めやったら、お前に勝る奴はおらんやろ。なあ、人たらしの最低男さんよ」
「ったく、言いたい放題言いやがって……」
そうして、2人の密談は終わった。
アルトは扉側ではなく窓際へ徐ろに歩いていくと、迷わずに窓を開け放つ。
「おいおい、どこ行くつもりや?」
レイザークが問うと、アルトは肩をすくめる。
「表から出られるわけないだろ。お前の部下が俺を狙ってるんだからな」
「そりゃそうや。お前は【マデュラハンズ】に殴り込みかけた命知らずやで?」
「へっ、次までにちゃんと教育しとけよ、お前の部下を」
そう言い残し、アルトは闇を切り裂くように窓から身を躍らせた。
程なくして、外から怒号が轟く。
「逃げやがった!」
「急げ、囲むぞ!」
レイザークは窓辺に立ち、月明かりに照らされた街並みを眺めながら、懐かしむように微笑んだ。
「転生しても、アホは治らへんもんやな」
【第1章-③完結:あとがき】
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