Code:043 過去の最強、現代の最強①
長身の男はそう告げると、背を向けて厳かな足取りでアジトの中に戻っていった。
その後ろ姿を、アルトは静かに見つめる。
集まっていた【マデュラハンズ】のメンバーたちはしばらく呆気に取られていたが、やがて「ボスがお呼びだ、行け」と告げると、綺麗に道を開けた。
「せっかくだから見送ってやるよ。どうせお前は、生きて帰ってこれないんだからさ」
いつの間に意識を取り戻していたのやら、ボコボコにされたはずのリグモンドは毒を含んだ捨て台詞を投げかけてくる。
しかし、アルトが一睨みすると、歯噛みしながらそっぽを向いてしまった。
この小柄な少年に打ち砕かれたプライド、その恨みをボスの手で晴らしてもらおう――そんな魂胆が透けて見える。
アジトの扉を潜ると、そこには想像を遥かに超える豪奢な空間が広がっていた。
煌びやかなシャンデリアが天井から優美に輝きを投げかけ、壁際には稀代の芸術家の手による絵画が所狭しと飾られている。
アルトの周りを取り囲む部下たちが、好奇と警戒の入り混じった眼差しを投げかけながら、軍隊のように整然と一列に並んでいく。
その様は、まるで処刑台へと続く道を作り出しているかのようだった。
重厚な階段を上り、廊下の突き当たりにある扉の前で足を止める。
響き渡るノックの音が、アルトの心拍と重なり合う。
中から漏れる低い声に導かれ、執務室の扉を開いた。
長身の男は椅子から立ち上がり、ゆっくりとアルトへと歩み寄ってきた。
圧倒的な身長差は、まるで像が蟻を見下ろすような構図を作り出す。
男は不敵な笑みを浮かべながら、声を落とした。
「人の縄張りで好き勝手してくれるなぁ、坊や」
紳士的なようで、暴力性を孕んだ威圧的な声音。
もし、これを聞くのがそこら中にいた部下たちであったら、恐怖のあまり失神か失禁かしていてもおかしくないほどの、圧倒的なオーラが部屋を支配する。
だが、アルトはまるで平気と言わんばかりに、涼しい顔で返す。
「礼儀のなっていない部下の教育を代わりにしておきました。あ、料金は安くしておきますよ?」
その言葉を聞いた瞬間、男の表情が崩れた。
肩透かしをくらったかのように、吹き出すような笑いが部屋に響き渡る。
「金取ろうっちゅうんかいな!?」
「えー、値引き希望ですか?」
「……ったく、タチの悪いガキやな」
アルトが軽くいなすと、長身の男は呆れたように頭を抱えて失笑した。
しかし、笑いの色は一瞬で消え失せ、次には鋭い眼光がアルトを射抜く。
「あんま舐めた真似しとったら、ギルドの術式師やろうが容赦せえへんで」
そう言った直後だった。
男は腕を振り上げ、目にも留まらぬ速さで術式を起動する。
闇属性の魔導粒子が拳に集中し、その余波で空間そのものが歪んでいくほどの錯覚が襲う。
アルトも負けじと術式を起動し、対抗するように紅蓮の炎を拳に纏った。
「覚悟はええか?」
「……ああ、来いよ」
――言葉を交わした直後、2つの術式拳が激突する。
その瞬間、執務室全体が大きく揺れ、外で待機していた部下たちは恐怖に息を詰まらせた。
拳の交錯、想像させるのは圧倒的な破壊。
けれども、両者の術式はまるで示し合わせたかのように、衝突する寸前で消滅してしまった。
術式の力を失った裸の拳がそのまま突き合わされ、骨の当たる鈍い音が響く。
そのまま両者は無言で視線を突き合わせていた。
水の中で呼吸を我慢するかのように、沈黙が続く。
そして、数秒後。
同時に我慢の限界を迎えたのか、まるで幼い少年同士のような無邪気な笑みが漏れる。
「腕は鈍ってへんみたいやな」
「あんたこそ」
男は好意と敵意が混じり合ったような複雑な表情でアルトを見つめ、こう言った。
「はははっ、生きとったんかいな、アルスフリート!」
* * *
時は少し遡り、アルトがギルド【オルフェウス】を出た直後のこと。
「【マデュラハンズ】のボスが……?」
「ああ、君もよく知る、僕の師匠だ」
通信越しのヴァラムの声に、アルトは驚きつつも薄く笑みを浮かべる。
シンジケート【マデュラハンズ】の首領にして、ヴァラムが師と仰ぐ男。
その正体は、かつてアルスフリートと双璧を成したSランク術式師。
3年前の事件までは最強の術式師と称されていたアルスフリートに代わって、現在進行形で最強との呼び声高い裏社会の主。
その名はレイザーク・ファシエル・フォン・アークガルム。
「そうか、なら、奴に伝えてほしいことがある」
「良いけど、何を?」
「今からあんたのアジトに、カチコミに行くってな」
* * *
「まったく、転生してまで生き残るとは思わんかったわ。それにしても、えらい可愛らしい見た目になったもんやな。まさかやけど、そういう趣味でもあんのかいな?」
執務室の机を挟んで向かい合ったレイザークは、笑いを堪えきれない様子でアルトを見つめている。
かつては獅子のように逞しかったアルスフリートが今や可憐な少年の姿となっていることが、どうにも面白くて仕方がないといった風だった。
「あんまりイジってくんなよ。気にしてんだ、こっちも」
アルトが悪態をつくと、レイザークは更に笑みを深めた。
しかし、その表情はすぐに厳格な面持ちへと変わる。
「ヴァラムから聞いとる。3年前の出来事については」
「なら俺からも聞かせてもらおうか。なんでギルド【テンペスト】を脱退した?」
アルトの鋭い問いを受けて、レイザークは高級な椅子の背もたれに深く身を預けた。
「ギルドにいたままじゃ、自由に動けへんかったからや。お前も分かるやろ? ランクSという名の、都合の良い肩書きを付けられた傀儡の不便さを」
「まあな、ランクAで止まっておいたほうが、よほど気楽だったよ」
「それに、ランクを上げて情報が増えるほど、ギルドの腐った部分が見えてくるもんや。……特に、3年前の事件は酷かった。ギルドは協会のお偉いさんと魔防総省のお役人の言いなり、あれだけの被害を出しておきながら、命じられたのは箝口令と隠蔽工作や。流石のオレも、我慢の限界やった。んで、今は独自に魔導犯罪者狩りの組織を作って、未だにあの事件の真相を追っとるんや」
その言葉を聞いたアルトは先ほどの仕返しとばかりに、挑発的な笑みを浮かべる。
「なるほど。俺のために、ね。いいとこあるじゃねぇか、クソ眼鏡」
「ハァ!? アホちゃうか、お前のためなわけあらへんやろ。調子乗んなや!」
「俺が転生したことからギルドに入るところまで入念にリサーチして、ご丁寧にヴァラムのサポートまでつけてくれるとは、流石はツンデレ鬼畜眼鏡だ」
「ここでしばいたろか!?」
レイザークが机を叩いて立ち上がる音が執務室に響き渡る。
だが、すぐに冷静さを取り戻した彼は、真剣な眼差しでアルトを見据えた。
「はぁ、まあええわ。……ほんで、わざわざ世間話するためにカチコミかけてきたわけちゃうやろ? 用件を言うてみい」
アルトも表情を引き締め、いよいよ本題に入る。
再会を喜ぶ余興は、ここまでだ。
「黒い鉤爪と、ギルドの裏切り者について。知っていることを教えてくれ」
その言葉と共に、執務室の空気が一変する。
レイザークは眼鏡を押し上げ、静かに口を開いた。




