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Code:041 悪童①

 夕暮れの路地裏に緊張感(きんちょうかん)が満ちていく。 

 路地(ろじ)(つた)残照(ざんしょう)が、対峙(たいじ)する2つの影を染め上げていた。


 リグモンドは不快そうに目を細め、その瞳に憎悪(ぞうお)の色を宿らせる。

 

「にらみつけてくんなよ、クソ女。お前の怖い顔を見てると、こっちまで気分が悪くなってくるぜ」

 

 投げつけられた罵倒(ばとう)に、ミラフィスの表情が一段と冷たさを増す。

 

「奇遇だね、ウチもあんたの下品な顔を見て気分が悪くなってきたところだよ」

「ギルドの犬の分際で、偉そうな口を利くんじゃねぇよ」

「アンタこそ、ウチに1回負けてるくせにずいぶん偉そうだね。もう1回分からせてあげようか?」

 

 リグモンドは舌打ちをして、毒蛇(どくじゃ)のような笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうかそうか、お前はそうやって新人をいじめてるんだな」

「はぁ? そんなことするわけないじゃん」

「お前みたいなキツい目つきと不愛想なツラと棘まみれな口調の女はそれ自体がパワハラみたいなモンだろうが」

「アンタに評価される筋合いはないんだけど?」

「じゃあ、そこのガキ、本当のことを言ってやれよ」

 

 その嘲笑(ちょうしょう)に、ミラフィスは初めて動揺を見せる。

 不安そうに振り返った瞳には、かすかな揺らぎが宿っていた。

 

「そんなことない...よね?」

 

 困ったような声で問いかけられて、アルトは即答する。

 

「はい、ミラフィス先輩は重度の甘党でちょっとポンコツだけど親切で優しくて強くて格好良くて美人で可愛い先輩です」

「そこまで褒めろとは言ってないし、ってか、ポンコツ言うなし、別に可愛くないし」

 

 夕陽に照らされた頬を赤く染めながら言い返すミラフィスに、リグモンドは忌々しげに舌打ちをする。


 その手がDOC(ドック)に伸びる瞬間、空気がしんと静まり返った。

 術式(コード)が起動できる状態へと切り替わる微かな音を、アルトとミラフィスは一瞬で察知する。

 

「ここで始める気? 今は急ぎの任務もないし、アンタがその気なら相手になるよ?」

「上等だ、後輩の目の前で、恥をかかせてやるよ」

「アルト、ちょっと下がってて」

 

 ミラフィスの声にアルトは心配げな目を向けるが、彼女は自信に満ちた表情で返した。

 

「そんな顔しないでよ、ウチ、一応Bランクだからね?」

 

 アルトは加勢しようかと思ったが、ここはミラフィスの実力を見極めるチャンスだと判断し、一歩後ろへ下がる。

 静寂が支配する路地裏に、DOC(ドック)の機械音声が響き渡る。

 

『模擬決闘が選択されました。30カウントの間、両者の魔導回路(サーキット)がロックされます。合意する場合、承認(しょうにん)をタップしてください』


 模擬決闘、それはアルトとセティリアが演習場でやったものと同じ、合法的に戦闘を行うことができるシステムだ。

 起動中は互いのDOC(ドック)魔導回路(サーキット)に作用し、ラインで引かれた円形のフィールド内では、肉体へのダメージを精神的なものに変換する。

 

 ダメージが蓄積(ちくせき)すると気絶して強制終了となり、降参(こうさん)による決着も可能だ。

 このシステムにより、互いが再起不能な怪我を負うことなく、勝敗を決めることができる。


 勿論(もちろん)、強制的に決闘を仕掛けることはできず、互いにDOC(ドック)画面上の承認をタップすることを条件として、30カウント後に戦いが開始される。

 

「押しなよ、ウチとやりたいんなら」

「へっ、面白ぇ」

 

 (にら)み合う両者の間を縫うように、カウントが刻まれていく。

 どんな凶暴な者であろうと、この時間は互いの魔導回路(サーキット)がロックされているため、術式(コード)を使用できない。


 2人は構えたまま睨み合い、カウントは一桁。

 そして、0を数えた。

 

 その瞬間、ミラフィスは跳ねるように飛び出し、術式剣(サーベルコード)を構築して先手を取ろうとする。


 一方のリグモンドは動こうとせず、じっとその場に佇んでいる。

 口ほどにもなく、反応が遅れたのか、否、彼は立ち尽くしたまま、意味ありげな笑みを浮かべていた。

 

『模擬決闘が否認(ひにん)されました』

 

 機械音声による、想定外の宣告。

 

 術式(コード)を使おうとした瞬間、ミラフィスの動きが止まる。


 模擬決闘が否認された以上、魔導回路(サーキット)のロックは解除されず、当然術式(コード)も展開できない。

 

 ミラフィスは呆気に取られたような表情で、至近距離のリグモンドへ視線を移す。

 彼はすかしたように笑いながら、懐から飲みかけのジュースを取り出すと、ミラフィスの頭の上で容赦(ようしゃ)なくぶちまけた。


 橙色(だいだいいろ)の液体が彼女の髪を伝い落ち、路地に小さな水溜(みずたま)りを作っていく。


「相変わらずバカだな、お前は」

 

 ミラフィスは威嚇(いかく)する犬のような剣幕(けんまく)(にら)みつけるが、リグモンドは余裕の笑みを崩さない。

 むしろ、その反応を楽しんでいるかのようだ。

 

「おっと、お互いが承認しない限り、決闘は成立しない。無理に術式(コード)を使えば、お前が魔導犯罪者(マヴィアラン)だぜ? そうなったら俺がお前を殺して、その首を当局に突き出してやるよ」

「くっ……」

「ははっ、すっきりしたぜ、じゃあな、クソ女」

 

 捨て台詞(ぜりふ)()きながら、リグモンドは暗がりの中へと消えていく。

 

 アルトは追いかけようと身を乗り出したが、まずは目の前の彼女を気遣(きづか)うことを選んだ。

 差し出されたタオルで髪を(ぬぐ)いながら、ミラフィスは(はかな)げな声を()らす。

 

「ごめん、みっともないところ、見せちゃったね」

 

 ミラフィスは落ち込んだ表情で(つぶや)く。

 アルトは手に持った布で、彼女の髪を優しく(ぬぐ)いながら(たず)ねる。

 

「過去に、何かあったんですか?」

「……あいつ、ウチの同期だったんだよ」

 

 ミラフィスの声は、どこか遠い記憶を辿(たど)るように途切れがちだ。

 

「と言っても、仲は全然良くなくてさ。それでも、一緒のチームを組んだりして何とか任務をこなしてたんだけど、ちょうど1年前くらいに連携が取れず任務に失敗しちゃって……それで大喧嘩になって、ギルドメンバーの前で模擬決闘をやることになったの。結果はウチの判定勝ち、でも、あいつは判定に納得がいってないみたいでね。そのうち気づいたら、ギルドを辞めちゃってた」

 

 彼女は自嘲気味(じちょうぎみ)に言葉を(しぼ)り出しながら、取り繕うように笑う。

 

「って、このザマじゃ、そう言っても信じてもらえないか。はぁ、アンタの前でちょっとカッコつけようとしたのが悪かったのかなぁ、なんてね。ほら、笑っていいんだよ?」

 

 アルトは黙ったまま、ミラフィスの頭を優しく()でる。

 ミラフィスは目線を泳がせながら、恥ずかしそうに(うつむ)いた。

 

「アンタさ、さっきの子もそうだけど、軽々しく女の子の頭を撫ですぎ」

 

 しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の頭はアルトの手の中で(わず)かに(かたむ)いていた。

 まるで子猫が撫でられるのを期待するような、無意識の仕草だった。


「嫌、でしたか?」

「別に、嫌じゃないけどさ。落ち込んでる時にそういうことされるとさ……ううん、なんでもない」


 言葉を(にご)す彼女に、アルトは決意を込めて告げる。

 

「それじゃあ、僕があいつらを()らしめてきますよ」

「ダメだってば、危ないよ。あいつは今、結構アウトローな組織に入ってるみたいだし、その気持ちだけで十分だから」

 

 ミラフィスはアルトを(なだ)めながら、深呼吸を一つして、表情を明るく切り替える。

 

「ふぅ、ウチはもう大丈夫。早く帰ろっか」

 

 アルトは静かに(うなず)き、ミラフィスの後ろを歩き始める。

 しかし、その瞳の奥に宿す色は、先ほどとは180度違う。

 暗がりに向けられた視線には、いつも通りの愛らしさは微塵(みじん)も残っていない。

 

(「冗談じゃねぇ、人様の先輩をここまでコケにしておいて、タダで済むと思うなよ?」)

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