Code:040 DOC工房②
薄暗い通路は迷宮のように奥へと続いていた。
クレイグに導かれて進むアルトの足音が、無数の試作機が並ぶ壁際に反響する。
暗がりの中で不気味な存在感を放つ期待の群れは、まるで闇夜に佇む墓標のよう。
やがて行き着いた加工室は、DOCの部品や工具が散乱する作業台を中心に、至る所に油の匂いが染み付いていた。
「見せてみろ」
アルトから受け取ったDOCを慎重に手に乗せ、無骨な指先で機体の細部を確かめる様は、まさに芸術品を鑑定する目利きのようだ。
彼は長い間、食い入るように端末を眺め続けた。
やがて、深い息と共に重い口を開く。
「これは間違いなく、トヴァルクの名品の1つだ。10年ほど前に仕上げられた特注品でな」
聞いたことのある名に、アルトは思わず息を呑む。
術式師ならば教科書レベルで誰もが知っている、伝説の名工と呼ばれた男・トヴァルク。
彼が手掛けた作品であるという事実は、このDOCの価値を決定的なものにしていた。
レスターがどうやって手に入れたかが気になるところだが、それはひとまず後回しだ。
「だがな、最新型のコアモジュールとまったく嚙み合っていない。スポーツカーに重機のエンジンを載せたようなもんだ。こんなちぐはぐな組み合わせじゃ、まともに力を引き出せるわけがない」
クレイグは腕を組みながら、アルトを見据える。
「俺は職人だ。金さえ出してくれりゃ、どんな難しい仕事でも引き受ける。だがな、こいつは高いぞ、小僧。最低でも100万ハーツはかかる」
「おお、高いですね」
「馬鹿を言え、ぼったくりじゃない。俺が言ったのは、メンテナンス代を抜きにした、コアモジュールの調達費用だ。こんな貴重品に触れるんならメンテナンス費用くらいはまけてやるが、如何せんモノがない。特注品に合うものは特注品、一から探せば数年はかかる代物だ。知り合いに声をかけておくから、金が貯まったら、その時にまた来な」
流石の職人気質と言うべきか、クレイグは興味深そうに持っていたDOCをあっさりとアルトに突き返す。
しかし、その時。
「この工房に、適合するコアモジュール、ありますよね?」
アルトの言葉に、クレイグの動きが一瞬止まる。
「金を積まれても、売ってやれるようなものは、ねぇな」
「3年前の修理は、もう終わりましたか?」
店の奥にある金庫を指差しながら、アルトは挑むように問いかけた。
クレイグの表情が強張る。
「なぜ、それを知っている……?」
3年前の光景が、走馬灯のように蘇る。
ランクS術式師・アルスフリートがこの工房を訪れ、コアモジュールの修理を依頼してきた記憶の断片。
彼が所持していたアークフレームもまた、これとは別の、トヴァルクの100の名品の1つだった。
クレイグは修理を引き受け、代替品のコアモジュールを渡す。
「性能は大きく落ちる。修理が終わるまでは、死地に行くんじゃないぞ」
そう忠告したにもかかわらず、アルスフリートはベレンダール跡地の死闘から、二度と帰ってはこなかった。
「あるんでしょう、英雄の遺産が。それ、僕に貸してくれませんか?」
アルトの言葉に、クレイグは疑いの目を向け、語気を強める。
「ふざけるな、お前、いったい何者だ!? 何を知っている!?」
アルトは一瞬の逡巡の後、今思いついたような嘘を吐いた。
「えっと、僕は……アルスフリートの弟子です」
「それなら、預かっているコアモジュールの名前と、どんな修理を依頼されたか言ってみろ」
「"ヴォルテクスハート"、圧倒的な高負荷の術式出力に耐えられず、真っ二つに割れたそれを、内部の制御基板から大幅に改造するよう依頼していましたよね?」
それを聞いた瞬間、クレイグの表情が変わった。
その情報は、アルスフリート以外知り得ないはずのものだった。
彼は黙したまま奥の金庫へと向かい、埃を被った小箱を取り出す。
「譲ってやるわけじゃない、貸すだけだ」
クレイグは懐かしむような目でコアモジュールを見つめながら、静かに続けた。
「俺はまだ、アルスフリートが生きていると信じている。だから、奴がもし帰ってきたなら、すぐにでも返却してもらうぞ」
「ええ、構いません」
そう言って、クレイグはアルトのDOCに"ヴォルテクスハート"を接続する。まるで持ち主の帰還を待ち望んでいたかのように、ピースの嵌め込まれるシャープな音が加工室に響いた。
* * *
アルトが加工室から出てくる頃、外は夕暮れの光が差し込み、建物の影が長く伸びていた。
ミラフィスに軽く頭を下げて一緒に店を出る際、クレイグは2人に向かって「最近はここらも治安が悪い。気を付けろよ」と声をかける。
その言葉通り、通りには人の気配が少なく、どこか物寂しい雰囲気が漂っていた。
やがてDOCから着信音が鳴り、本日の巡回任務の終了を告げた。
アルトとミラフィスはギルド【オルフェウス】への帰路に就く。
薄暗くなりつつあるルミナリス区・工房区画の裏通りを進んでいると、不意に怪しげな男の姿が目に入った。
すれ違う瞬間、ミラフィスの足が突如として止まる。
男は意味ありげに鼻で笑い、ゆっくりとこちらを振り返った。
「久しぶりだな、ミラフィス」
立ち止まった彼女の表情には、戸惑いと警戒の色が混ざっていた。
「アンタ、なんでここに……」
「何言ってんだ、この地区は俺のホームだぜ?」
アルトは状況を察しかねながらも、ミラフィスの知り合いなのだろうと判断し、友好の意を示そうと前に出る。
しかし、あろうことか男は、苛立たしげに舌打ちをすると、一瞬の間もなく蹴りを放ってきた。
小柄な身体では受け切れず、アルトは地面を一回転。
だが、優れた体幹でそのまますっと立ち上がる。
「アルトっ!」
ミラフィスが駆け寄る足音が、静まり返った路地裏に響く。
アルトは怒りの感情を露わにして男を見上げた。
「あいつ、知り合いなんですか?」
「元ギルド【オルフェウス】のチームメイトで、名前はリグモンド。ギルドにいた頃からトラブルばかり起こしてた、札付きの悪党。今は魔導犯罪者狩りを専門にしている組織にいるって聞いてたけど……」
「なぁ、ガキのお守りも、ギルドの仕事に追加されたのか? ははっ、辞めて正解だったぜ」
リグモンドの嘲笑が、夕闇に溶け込んでいく。
「は? チームメイトなんだけど?」
「へぇ、そんなガキの手まで借りないと回らないとは、ギルド【オルフェウス】も落ちたモンだなぁ?」
アルトは内心で「ガキのくせにガキ呼ばわりしてんじゃねぇぞクソガキ」と毒づく。
リグモンドも見たところ、せいぜい10代後半。
転生前の年齢を考えれば、アルトの方が年上と言っても過言ではない。
「世間知らずのガキに礼儀を教えてやっただけだ、何が悪い」
その言葉に、ミラフィスの表情が一変する。
「部外者に言われる筋合いはないよ。それに」
ミラフィスはアルトを庇うように前に出た。
「ウチの大事な後輩に手を出すなんて、良い度胸してるじゃん」
一瞬の静寂を破って、透き通る声が響く。
「大丈夫、アンタはウチが守るから」
少し柔らかな口調に戻して、ミラフィスはアルトに目配せする。
午前中に垣間見えたポンコツな先輩の面影はどこにもなく、その所作には、先輩術式師としての確かな威厳が漲っていた。




