Code:004 魔眼の少女②
「す、すみませんでしたぁぁっっ!」
その後の成り行きはあっという間だった。
蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくパトリックたちを横目に、アルスフリートはやれやれと溜息を吐く。
「そんなにビビるくらいなら、最初から手ぇ出すんじゃねぇよ」
魔眼のような身体的特徴を伴う異能の持ち主がアカデミーでいじめの標的になることは決して珍しくない。
アルスフリートにとっては異能の有無など気にも留めない些事だが、周りを見渡せば大人になったプロの術式師でさえそのような偏見や差別意識を持つ者がいるのだから、彼らのような多感な子供にとっては尚のことだろう。
そんなことを考えていると、不意に腰の辺りに柔らかい感触を覚えた。
「おかえりなさい、おにいちゃんっ!」
「ただいま、セティ」
アルスフリートは目に涙を浮かべながら抱きついてきたセティリアの頭を優しく撫でると、パトリックたちに外された眼帯をベンチの上から拾い上げ、右目の魔眼にそっと掛ける。
「災魔と戦ってきたんだよね? どこも怪我、してない?」
「ああ、この通り無傷さ。それで、あのクソガキども、今からでもぶっ飛ばしてこようか?」
その声は落ち着いているが、目は全く笑っていない。
パトリックたちが逃げ去った方向を見つめながら尋常ではない殺気を放っているアルスフリートを目の当たりにして、セティリアはわたわたと慌て始めた。
ギルド【フリューゲル】内では有名な話だが、アルスフリートはメンバーから親バカと呼ばれるだけあって、セティリアのことを溺愛している。
それゆえ、彼女へ敵意を向けたり危害を加えようとする者に対しては、誰であっても容赦がないのだ。
「ふぇぇっ!? 落ち着いて、おにいちゃん! わたしは平気だよっ!?」
「冗談だ。まあ、次はないとだけ、奴らに言っといてくれ」
「ダメだよ、そんなことしたら。おにいちゃんはとっても強いんだから」
「俺が強い、か……」
純粋な眼差しでそう言ってくるセティリアの隣に腰掛けると、アルスフリートは感服したような表情を浮かべる。
「本当に強いのはお前だよ、セティ。その魔眼の力、よく使わずに我慢したな」
「おにいちゃんとの約束だもん。この力はちゃんとコントロールできるようになるまで、勝手に使わないって」
パトリックたちに落ちこぼれと評価されたように、セティリアはまだ術式を上手く扱えない。
しかし、彼女が持つ異能、魔眼の力に関しては、使えないのではなく使わないというのが正確な事実だ。
現時点では暴走のリスクがあるために使用を制限しているものの、仮に使ったとしたらパトリックたちでは勝負にすらならない。
さらに言うなら、術式の習熟が遅いのも異能所持者に特有の症状であり、あと数年もすれば彼女は同年代の中でトップクラスの実力者になることは間違いないとされている。
それだけの才能を秘めながら、あのような場面で力をセーブできることは才能以上に優れた資質だろう。
「あっ、そうだ! おにいちゃん、聞いて聞いて! 今日は術式の授業でね、魔導粒子の制御について学んだの。先生が言うには、術式を組む時は魔導粒子を風に舞う花びらみたいにイメージするといいんだって。それでね、わたし、試してみたんだ! 目を閉じて、風に乗って舞い落ちる桜の花びらをイメージしたら、いつもよりスムーズにできる気がして……うん、ちょっとやってみるね、術式駆動…………ほら、見て! 光属性の術式、えっと、名前は……そう、《トワイライト》! まだ小さくて、手から離すとすぐに消えちゃうんだけど……それでも、ちゃんと術式を組めたんだよっ!」
普段は無口で人見知りなキャラで通っているセティリアだが、心を開いている相手に対しては見違えるほどに饒舌だ。
そんな様子を微笑ましく見守りながらも、早朝からの任務による疲れからか相槌に欠伸が混ざる。
「あれ、おにいちゃん、大丈夫? やっぱり、どこか怪我してるんじゃ……!?」
「いや、朝が早かったから、ちょっと眠いだけだ」
「そっか、そうだよね。おにいちゃん、いつも頑張ってるもんね」
そう言って、セティリアはすっと立ち上がると、座ったままのアルスフリートの頭に腕を回し、包み込むような体勢で彼の頭を愛おしそうに撫で始めた。
「よしよし、ぎゅーっ」
「どうした、急に」
「おにいちゃん、いつもいっぱい褒めてくれるから、お返し、だよ」
人通りの少ない裏庭とはいえ、公共の場で幼い少女に抱きしめられていることに少しばかりの気恥ずかしさを覚えたアルスフリートは、振り解こうと彼女の腕を掴む。そこで彼は、か細い腕が小さく震えていることに気づいた。
「わたしね、心配なの」
「心配?」
「うん。いつか、おにいちゃんが災魔との戦いに出たっきり、帰って来ないんじゃないかって」
「俺を誰だと思ってる? 未だ負けなしの術式師だぜ?」
「知ってるよ。でもね、わたしはおにいちゃんと出会うまでずっと、周りの人たちを不幸にしてきたから」
昔を思い出すように呟いた言葉は、鉛のように重い響きで景色の中に溶けていった。
セティリアの過去については、アルスフリートも既に聞き及んでいる。
かつてセティリアが生まれた村は居住区画の真上に顕現門が開き、彼女を除いて全員が災魔の餌食となった。
しかし、不幸はそれで終わらない。次に引き取られた町で起こったのは、近くに開いた顕現門から特級指定の災魔が出現する非常事態。
駆けつけた術式師が奮戦するも防衛に失敗し、町の半分は壊滅、数千人の死者を出し、彼女は再び身寄りのない天災孤児となる。
この時点でセティリアは7歳、現実を受け止めるには幼すぎる年齢であり、心を殻の中に閉じこめた彼女が人見知りな性格になったのもこの頃だった。
「それじゃあ、俺と出会ってから不幸なことがあったか?」
「ないよ、1個も。おにいちゃんはいつだってわたしのことを助けてくれる、最高にかっこいいヒーローだもん」
頭を包み込む柔らかい感触が離れると、顔を赤らめながら悪戯っぽく微笑むセティリアの顔が目の前にあった。
その表情は先ほどまでの子供っぽい素顔とは別人のようで、慈愛に満ちた表情に紛れ込む妖艶な気配はどこか魔性の片鱗さえ感じさせるほどだった。
「そりゃあ光栄だ」
「だからね、約束して欲しいの。ずっと一緒にいてくれるって」
「お前が望むなら、いなくなったりしないから安心しろ」
「えへへっ、約束、だよっ?」
そうしてしばらく談笑した後、ギルドへ帰ろうとする2人。
その時、校舎の方から何やら目立つ格好の人影がこちらへと向かってくる。
派手な縦ロールの金髪を腰まで伸ばし、馬鹿でかい日傘を差した、気位の高そうな女性。
その姿に少しばかり見覚えがあったアルスフリートはセティリアの手を引いてそそくさと立ち去ろうとするが、それを引き止めるようにハイトーンの声が2人の耳に入った。
「何の騒ぎかと思ったら……貴方でしたのね、アルスフリート」
「あ……クレアンヌ先生」
「早く行こう、セティ。こいつに関わると面倒臭そうだ」
「ちょっと、失礼ですわよ! 親しき仲にも礼儀あり、ですわ!」
上品な佇まいとは裏腹に、随分と砕けた接し方でアルスフリートに詰め寄ってくる彼女の名はクレアンヌ。
アカデミーで術式の指導を専門とする教師であり、アルスフリートとはアカデミー在学中の同期、もとい腐れ縁とでも呼ぶべき間柄だ。
「こほん、アカデミー敷地内で無許可の術式使用は禁止、分かっていますの?」
「へっ、俺は術式なんて使ってねぇよ。悪ガキの遊びに付き合ってやっただけさ」
「まったくもう、人の苦労も知らないで……学園長に上手く言い訳をするのは私ですのよ?」
「なんだ、お前も遊んで欲しいのか?」
「お馬鹿、そういうことじゃありませんっ!」
アカデミー時代のノリで軽口を叩くアルスフリートと、それに振り回されてコロコロと表情を変えるクレアンヌ。
馬が合うとは言えないものの、災魔との戦いの中で幾つもの死線を超えてきた彼らの間には、不思議な信頼関係のようなものがあった。
「……おにいちゃん、クレアンヌ先生と、とっても仲良し、なんだね」
「いや別に」
「つれないですわね。私たち、この前は夜通し飲み明かした仲ではありませんか」
「吐瀉物処理係は仲良しって言わねぇんだよ」
そんな2人の掛け合いを聞いていたセティリアは、アルスフリートの袖をきゅっと掴むと、もの凄い勢いでぐいぐいと引っ張り始める。
ふと視線を落とすと、セティリアは目のハイライトをどこかへ捨て去って、わなわなと小刻みに身震いしていた。
「一晩中……いっしょ……2人きり……デート……」
「落ち着け、セティ。勘違いだ、お前の思っているようなことは何もないぞ」
「ええ、その通り。一晩中付き合ってもらったことなんて珍しくもありませんわ」
「話をややこしくするんじゃねぇ」
「むぅぅっ……!」
何やらセティリアはクレアンヌをライバルと認定したのか、優しげな印象を与えるタレ目と下がり眉を必死に吊り上げて、小動物が威嚇をするような仕草で鋭い眼光を飛ばす。
対して、クレアンヌは姿勢を低くしてセティリアに目線を合わせると、くすくすと笑って見せた。
「あらあら、少し揶揄い過ぎてしまったかしら? 安心なさい、別に貴女の“おにいちゃん“を盗ったりしませんわ。第一、私はもう3年も前に振られてますのよ、この女泣かせの最低男に」
「そう、なの?」
クレアンヌは少し落ち着きを取り戻したセティリアに顔を近づけると、囁くように耳打ちする。
「……貴女、彼のことが好きなんでしょう?」
「あぅ、それは、えっと、そのっ……」
「ふふっ、可愛いお嬢さん。特別に色々教えてあげてもよろしくてよ。例えば、彼の好みのタイプとか、ね?」
「……本当?」
「先生が生徒に嘘を吐くとお思いで?」
「おにいちゃん、ちょっと待っててね」
「男子禁制よ、良いわね?」
そして、彼女たちはアルスフリートから距離を取ると、ひそひそと小声で話し始めた。
話の所々でセティリアの顔が真っ赤になったり、頭から湯気を吹き出しそうな勢いで目をぐるぐると回していたりと、いかがわしい内容であるかのようだ。
「うちの教え子に変なこと教えるなよ?」
「人聞きが悪いですわね……それじゃあ、セティリアさん、頑張りなさいな」
「ありがとう、ございますっ、クレアンヌ先生……!」
一通り話し終えると、クレアンヌは優雅に手を振りながら校舎へと戻っていき、セティリアは軽い足取りでアルスフリートのもとへ帰ってきた。
ようやく帰路につく2人、しかし、いつもと違い、セティリアは腕を絡めて密着したまま、手をぎゅっと握ってくる。
「それで、あいつに何を吹き込まれたんだ?」
「それは、内緒っ♪」
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