表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/204

Code:039 DOC工房①

 * * *


 春の陽が天頂(てんちょう)を過ぎ、石畳に落ちる影が短くなり始めた頃、アルトとミラフィスは東エリア・ルミナリス区へと歩を進めていた。

 職人が(のき)を連ねる地区らしく、洗練(せんれん)された空気がそこかしこにるただよう。


 しかし、その整然とした佇まいとは裏腹に、人の気配は他の区画と比べてひっそりとしている。

 古き良き伝統を守り続ける工房の建ち並ぶ通りは、贅沢(ぜいたく)な装飾を避けた質素な外観ながらも、どこか品格を感じさせた。

 

(「懐かしい場所だな……」)

 

 路地の隙間から漂う機械油の香りが、アルトの胸の奥深くに眠る記憶を呼び覚ます。

 転生前、アルスフリートとしてこの地区を訪れた日々。

 DOC(ドック)のメンテナンスに訪れる|術式師《コーディアンと、その機体を整備する職人たちの姿は、3年の時を経た今も変わらぬ光景として目の前に広がっていた。

 

「それじゃあ、次に行く店は……」

「もうスイーツは結構です」

「違うっての、ほら、あそこ。ここはDOC(ドック)のメンテナンスをする場所だから」

 

 ミラフィスが指し示した先で、黒と白のコントラストが美しい建物が威容(いよう)を誇っていた。

 

 【エルネスト】と刻まれた銘板(めいばん)を掲げるその店は、いわゆる大手のショップ。

 一般の客向けの魔導デバイスだけでなく、術式師(コーディアン)をターゲットとしたDOC(ドック)関連の機器も取り扱う専門店として有名だ。

 

「ここはギルド協会の公認がある工房なの。最新の設備が整ってるし、ぼったくりとかもないから、安心でしょ?」

 

 自動ドアが静かに開かれ、工房と呼ぶには清潔感に(あふ)れる空間が姿を現す。

 

 陳列棚(ちんれつだな)所狭(ところせま)しと並ぶDOC(ドック)端末の向こうには、術式(コード)の試し打ちが可能なテストエリアまで完備されていた。

 

 壁際に設置された大型スクリーンには、最近のトレンドとして注目されている術式(コード)の解析データが次々と表示され、その精緻(せいち)な数値の羅列(られつ)は、魔導都市として名高いルーネスハーベンの技術力を物語っているかのようだ。

 

「いらっしゃいませ。ミラフィス様」

 

 店内に入ると、礼儀正しい店員が丁寧な物腰で迎え入れる。

 ミラフィスは常連らしく、手慣れた様子でカウンターへと向かい、いつも通りのメンテナンスを依頼した。

 そして、「アンタも見てもらったら?」とアルトの背を軽く押す。

 

 促されるようにDOC(ドック)を預けて小一時間。

 ミラフィスのDOC(ドック)のメンテナンスも完了しようかという頃、戻ってきた店員の表情は浮かないものだった。

 

「大変失礼ではございますが……このDOC(ドック)の入手経緯をお聞かせいただけますでしょうか」

「えっと、地元の村の技師が、昔の伝手(つて)で手に入れたと聞いています」

 

 アルトの言葉に、店員は目を見張った。

 

「正直に申し上げますと、これはとんでもない代物です。市場に出回る量産型とは本質的に異なる、唯一無二の特注品かと。内部構造からして、おそらくは名工と呼ばれる者が手掛けたのでしょうが……」

 

 店員は端末に映し出された複雑な数値群を指し示す。波形のグラフは不規則に跳ね、所々で危険な赤色に染まっていた。

 

「現在、コアモジュールとアークフレームの共鳴率が極めて不安定な状態です。このままでは術式(コード)の制御機構に重大な支障をきたす恐れがあります」

 

(「なるほど、だからあの時の手応えが……」)

 

 グリンベール村における災魔(ハザード)との戦いや、セティリアとの模擬戦で感じた違和感の正体は、全てが転生によって身体が変化し、力が失われたからだと思っていた。


 無論、転生前と比べて実力が下がっていることは間違いないのだが、術式(コード)がところどころで思い通りに働かないのは、DOC(ドック)の不調が原因の1つだったらしい。

 

「大変心苦しいのですが、このアークフレームに適合するコアモジュールは極めて特殊なもので、当店では取り扱いがございません。他店でも、恐らく……」

 

 店員の申し訳なさそうな声に、アルトは静かに頷いた。

 だが、諦めるには早い。この区画は工房が立ち並ぶ職人街、転生前の記憶を辿れば、アテはある。


「すごいじゃん、そんな貴重品だなんて。でも、共鳴率が低すぎると流石に使えないから、パーツが手に入るまではギルドの支給品に切り替えたら?」

 

 ミラフィスの提案に、アルトは静かに首を振った。

 どれほど希少な品であろうと、実戦で力を発揮できなければ意味がない——その言葉は正論だ。


 しかし、彼の脳裏にはある確信めいたものが浮かんでいた。

 

「ちょっと、寄り道をしても良いですか?」


 アルトはそう言うと、ミラフィスを連れて大通りから外れた路地裏へと足を向けた。

 表通りの喧騒(けんそう)は遠のき、代わりに不気味な静寂が路地を支配している。


 普段ならば、術式師(コーディアン)でさえ足を踏み入れることを躊躇(ためら)うような場所。

 ミラフィスは無意識のうちにアルトの制服の(はし)を掴んでいた。

 

 路地の行き止まりに姿を現したのは、看板すら掲げていない薄汚れた工房だった。

 【スパイラルギア】——扉に刻まれた文字は長年の風雨にさらされ、(かす)れて判別し難い。

 

 (きし)む音を立てて開かれた扉の向こうには、試作品のDOCが所狭しと並ぶ作業場が広がっていた。

 その光景は、一般の商店というよりも、研究室を思わせる。

 

「ここ……大丈夫なの?」

「心配いりません。この奥に、腕のいい職人がいるんです。ちょっと(がら)は悪いですけど」

「誰が柄が悪いって?」

 

 突如として響く低い声に、ミラフィスは思わず身を竦ませる。

 工房の奥から姿を現したのは、筋骨隆々とした体格のスキンヘッドの老人・クレイグだった。


 首筋には刺青(いれずみ)(のぞ)き、無数の傷跡が刻まれた顔は一見して只者(ただもの)ではない風格を(ただよ)わせている。

 

「お久しぶり……いえ、はじめまして、クレイグさん」

 

 アルトの言葉に、クレイグは目を細めた。

 その目付きは、獲物を値踏(ねぶ)みする猛禽(もうきん)を思わせる。

 

「誰だ、お前は? 言っておくが、うちは初見の客はお断りだぞ?」

「そこを何とか。ちょっとだけ、見てもらいたいものがあるんです」

 

 そう言って差し出されたDOC(ドック)を見た瞬間、クレイグの表情が一変する。

 

「待て……それは!」

 

 クレイグは慌てたように周囲を見回すと、「入れ」と短く言い放った。

 そして、アルトを奥の加工室へと促す。

 巡回任務中だったことを思い出し、ミラフィスの方へ振り返ると、彼女は首を縦に振った。


「行ってきなよ、ウチが待ってれば、巡回任務は問題ないからさ」

 

 アルトはその言葉に軽く手を振り返すと、クレイグの後に続いて暗い通路の奥を進んで行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ