Code:039 DOC工房①
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春の陽が天頂を過ぎ、石畳に落ちる影が短くなり始めた頃、アルトとミラフィスは東エリア・ルミナリス区へと歩を進めていた。
職人が軒を連ねる地区らしく、洗練された空気がそこかしこにる漂う。
しかし、その整然とした佇まいとは裏腹に、人の気配は他の区画と比べてひっそりとしている。
古き良き伝統を守り続ける工房の建ち並ぶ通りは、贅沢な装飾を避けた質素な外観ながらも、どこか品格を感じさせた。
(「懐かしい場所だな……」)
路地の隙間から漂う機械油の香りが、アルトの胸の奥深くに眠る記憶を呼び覚ます。
転生前、アルスフリートとしてこの地区を訪れた日々。
DOCのメンテナンスに訪れる|術式師《コーディアンと、その機体を整備する職人たちの姿は、3年の時を経た今も変わらぬ光景として目の前に広がっていた。
「それじゃあ、次に行く店は……」
「もうスイーツは結構です」
「違うっての、ほら、あそこ。ここはDOCのメンテナンスをする場所だから」
ミラフィスが指し示した先で、黒と白のコントラストが美しい建物が威容を誇っていた。
【エルネスト】と刻まれた銘板を掲げるその店は、いわゆる大手のショップ。
一般の客向けの魔導デバイスだけでなく、術式師をターゲットとしたDOC関連の機器も取り扱う専門店として有名だ。
「ここはギルド協会の公認がある工房なの。最新の設備が整ってるし、ぼったくりとかもないから、安心でしょ?」
自動ドアが静かに開かれ、工房と呼ぶには清潔感に溢れる空間が姿を現す。
陳列棚に所狭しと並ぶDOC端末の向こうには、術式の試し打ちが可能なテストエリアまで完備されていた。
壁際に設置された大型スクリーンには、最近のトレンドとして注目されている術式の解析データが次々と表示され、その精緻な数値の羅列は、魔導都市として名高いルーネスハーベンの技術力を物語っているかのようだ。
「いらっしゃいませ。ミラフィス様」
店内に入ると、礼儀正しい店員が丁寧な物腰で迎え入れる。
ミラフィスは常連らしく、手慣れた様子でカウンターへと向かい、いつも通りのメンテナンスを依頼した。
そして、「アンタも見てもらったら?」とアルトの背を軽く押す。
促されるようにDOCを預けて小一時間。
ミラフィスのDOCのメンテナンスも完了しようかという頃、戻ってきた店員の表情は浮かないものだった。
「大変失礼ではございますが……このDOCの入手経緯をお聞かせいただけますでしょうか」
「えっと、地元の村の技師が、昔の伝手で手に入れたと聞いています」
アルトの言葉に、店員は目を見張った。
「正直に申し上げますと、これはとんでもない代物です。市場に出回る量産型とは本質的に異なる、唯一無二の特注品かと。内部構造からして、おそらくは名工と呼ばれる者が手掛けたのでしょうが……」
店員は端末に映し出された複雑な数値群を指し示す。波形のグラフは不規則に跳ね、所々で危険な赤色に染まっていた。
「現在、コアモジュールとアークフレームの共鳴率が極めて不安定な状態です。このままでは術式の制御機構に重大な支障をきたす恐れがあります」
(「なるほど、だからあの時の手応えが……」)
グリンベール村における災魔との戦いや、セティリアとの模擬戦で感じた違和感の正体は、全てが転生によって身体が変化し、力が失われたからだと思っていた。
無論、転生前と比べて実力が下がっていることは間違いないのだが、術式がところどころで思い通りに働かないのは、DOCの不調が原因の1つだったらしい。
「大変心苦しいのですが、このアークフレームに適合するコアモジュールは極めて特殊なもので、当店では取り扱いがございません。他店でも、恐らく……」
店員の申し訳なさそうな声に、アルトは静かに頷いた。
だが、諦めるには早い。この区画は工房が立ち並ぶ職人街、転生前の記憶を辿れば、アテはある。
「すごいじゃん、そんな貴重品だなんて。でも、共鳴率が低すぎると流石に使えないから、パーツが手に入るまではギルドの支給品に切り替えたら?」
ミラフィスの提案に、アルトは静かに首を振った。
どれほど希少な品であろうと、実戦で力を発揮できなければ意味がない——その言葉は正論だ。
しかし、彼の脳裏にはある確信めいたものが浮かんでいた。
「ちょっと、寄り道をしても良いですか?」
アルトはそう言うと、ミラフィスを連れて大通りから外れた路地裏へと足を向けた。
表通りの喧騒は遠のき、代わりに不気味な静寂が路地を支配している。
普段ならば、術式師でさえ足を踏み入れることを躊躇うような場所。
ミラフィスは無意識のうちにアルトの制服の端を掴んでいた。
路地の行き止まりに姿を現したのは、看板すら掲げていない薄汚れた工房だった。
【スパイラルギア】——扉に刻まれた文字は長年の風雨にさらされ、掠れて判別し難い。
軋む音を立てて開かれた扉の向こうには、試作品のDOCが所狭しと並ぶ作業場が広がっていた。
その光景は、一般の商店というよりも、研究室を思わせる。
「ここ……大丈夫なの?」
「心配いりません。この奥に、腕のいい職人がいるんです。ちょっと柄は悪いですけど」
「誰が柄が悪いって?」
突如として響く低い声に、ミラフィスは思わず身を竦ませる。
工房の奥から姿を現したのは、筋骨隆々とした体格のスキンヘッドの老人・クレイグだった。
首筋には刺青が覗き、無数の傷跡が刻まれた顔は一見して只者ではない風格を漂わせている。
「お久しぶり……いえ、はじめまして、クレイグさん」
アルトの言葉に、クレイグは目を細めた。
その目付きは、獲物を値踏みする猛禽を思わせる。
「誰だ、お前は? 言っておくが、うちは初見の客はお断りだぞ?」
「そこを何とか。ちょっとだけ、見てもらいたいものがあるんです」
そう言って差し出されたDOCを見た瞬間、クレイグの表情が一変する。
「待て……それは!」
クレイグは慌てたように周囲を見回すと、「入れ」と短く言い放った。
そして、アルトを奥の加工室へと促す。
巡回任務中だったことを思い出し、ミラフィスの方へ振り返ると、彼女は首を縦に振った。
「行ってきなよ、ウチが待ってれば、巡回任務は問題ないからさ」
アルトはその言葉に軽く手を振り返すと、クレイグの後に続いて暗い通路の奥を進んで行った。




