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Code:037 市街地巡り①

 * * *


 ギルド【オルフェウス】が位置するルーネスハーベン東エリア・エーテリウム区から流れ出る朝の喧騒(けんそう)を背に、アルトとミラフィスは手を(つな)いだまま街路を歩いていた。


 春の陽射しは二人の足元に長い影を落とし、その繋がった手の形まで石畳に映し出している。

 ミラフィスは時折チラチラと周囲を振り返りながら、周囲の視線が気になって仕方がない様子だった。

 

(「手、いつまで繋いでるつもり!?」)

 

 内心で焦りながらも、先に手を離すのも何となく言い出せない。

 一方のアルトは、まるで恋人同士でデートをしているかのような状況にまったく動じた様子もなく、ただ懐かしそうに道行く先々を(なが)めている。

 

「随分と変わりましたね、この街も」

「来たこと、あるの?」

「ええ、昔の話、ですけど」

 

 アルトの何気ない一言に、ミラフィスは首を(かし)げる。

 辺境の村から来たはずの少年の言葉には、どこかこの街を知り尽くした者特有の懐古(かいこ)があるように感じられた。


 しかし、その違和感を深く考える余裕もない。

 仲睦(なかむつ)まじい様子に周囲から注がれる視線の数々が、まるで術式弾(バレットコード)に打たれているかのように彼女の理性を貫いていく。

 

「それで、巡回任務の具体的な内容を教えてもらえますか?」

 

 アルトの質問に、ミラフィスは我に返ったように背筋(せすじ)を伸ばした。

 教える立場に立つことで、普段の冷静さを取り戻そうとするかのように。

 

「巡回任務はDOC(ドック)に示されたルートに従って、市街地を見回るの。ほら、こんな感じ」

 

 ミラフィスはDOC(ドック)を起動させ、ホログラムの立体地図を投影する。

 そこには、現在地から始まる巡回(じゅんかい)ルートが赤い線で示され、滑るように空中に軌跡を描いていた。

 

「ルーネスハーベンは東西南北の4エリアに分かれていて、それぞれが5つの区画で構成されてる。巡回任務は1日かけて1つのエリアの5区画を、順路上に回っていくんだよ。各区画にはそれぞれ滞在時間が決められていて、時間が来たら他の区画へ移動すればok」

 

 アルトは熱心に(うなず)きながら、彼女の説明に聞き入る。

 

「最初だから、各エリアの特徴についてざっと説明しておくね。まず、今日巡回する東エリアはだいたい安全で、比較的トラブルは少ないかな。まあ、ギルドが多いぶん、術式師(コーディアン)同士が喧嘩(けんか)してたりするんだけどね。まったく、何をやってるんだか……で、西エリアは商業の中心地で、人が多くて(にぎ)わってるイメージ。まあ、その分()め事とかはそれなりに、って感じ。南エリアは住宅街がメインで、穏やかと言えば穏やかなんだけど、旧市街辺りは割と荒れてて、ちょっと危険かも。北エリアは評議会(ひょうぎかい)行政機関(ぎょうせいきかん)が並ぶ高級住宅街。貴族や名家が集う場所で安全そうなんだけど、魔導犯罪者(マヴィアラン)が経営するフロント企業とかもあったりするから、ある意味一番厄介かもね」

「ふむふむ。それで、巡回中は特に何をすれば良いんですか?」

「順路に沿ってルートを回ることと、時間帯ごとのエリア移動が基本ルール。それ以外はかなり自由だよ。術式師(コーディアン)が街にいるってことが目的だから、ぶっちゃけ、何をしててもok」

 

 アルトの言葉に(うなず)いてから、ミラフィスは歩きながら周囲を見回す。

 東エリアの中でも特に洗練された雰囲気を持つエーテリウム区は、ギルドが建ち並ぶ通りを中心に魔導技術を駆使した建造物が立ち並び、その景観は他のどの区画とも一線を画していた。

 

「1つ注意するのは、建物に入る際は窓から外が見える場所に限定される、ってことくらいかな」

 

 ミラフィスはそう付け加えると、どこか意味ありげな表情を浮かべた。

 普段は冷淡(れいたん)な彼女らしからぬ仕草に、アルトは興味深そうに目を向ける。

 一瞬の沈黙の後、彼女は人通りの少ない路地へと足を向け始めた。


「でも、何もすることが決まっていないなら、結構暇ですね」

「そ、だから、ウチがいつも行ってるオススメの場所、案内したげる。ついてきて」

 

 妙に自信ありげな様子のミラフィスに連れられ、早速やってきたのは、路地裏に佇む小さなカフェだった。

 古い建物を改装したという店内には、魔導技術を転用した蛍光に照らされる壁一面のステンドグラスが静かに揺らめき、落ち着いた雰囲気が漂っている。

 

「って、任務中にこんな所に来て良いんですか?」

 

 アルトの問いかけに、ミラフィスは意外にも自信ありげな表情を浮かべた。

 

「言ったでしょ? 巡回任務の本質は、術式師が街中にいるという事実が持つ抑止力だって。逆に言えば、規定時間とルートさえ守れば後は自由。あ、ちなみにこれ、司令官のお墨付(すみつ)きだから」

 

 隣り合ったカウンター席に着くと、ミラフィスは唐突に尋ねてきた。

 

「アンタ、甘いものは、好き?」

「ええ、まあ」

「よし」

 

 手慣れた様子でパフェを2つ注文すると、彼女は得意げに説明を始める。

 

「ここのパフェ、絶品なの。甘すぎず重すぎず、量も丁度良くて。巡回中は暇だけど、いつ出動要請が来るか分からないでしょう? お腹空いてちゃ戦えないし。あ、経費で落とせるからね」

 

 運ばれてきたパフェは、確かに見た目からして職人技。

 アルトは甘美な香りに誘われるように、スプーンを手に取った。

 

 スプーンで(すく)い上げられたパフェの質感は、見た目通りの完成度を感じさせた。

 口に含んだ瞬間、なめらかなクリームの質感と共に、絶妙なバランスの甘さが舌の上で溶けていく。


 その味わいは、確かにミラフィスが太鼓判を押すだけの価値があった。

 アルトが満足げに頷くと、ミラフィスは勝ち誇ったような表情を浮かべる。

 

「美味しい?」

「はい、とっても」

「ふふっ、そうでしょ?」


 並んで座る2人の間に、春の陽射しが暖かく差し込んでくる。

 窓際のカウンター席に投げかけられた光は、パフェグラスの縁を伝って虹色に輝き、ステンドグラスの影と重なって幻想的な模様を描いていた。

 

 カフェの中に漂う甘い香りと心地よい静けさは、まるでこの場所だけが異世界のように感じられた。

 とはいえ、長居をするわけにもいかない。そうこうしているうちに、区画移動の時間が迫ってきたため、2人は店を出る。


 続いてエーテリウム区を出て、クレスタル区、アーケイン区と順路通りに進んで行ったのだが、だいぶ緊張も解けてきたのか、ミラフィスは迷いなく様々な店へアルトを連れ込んでいった。

 しかし、それは(ことごと)くスイーツ専門店ばかりである。パンケーキにドーナツ、クレープと畳みかけるような展開に、アルトは内心で呆れ顔を浮かべる。

 

(「なぁ、甘いもの以外を食ったら死ぬ病気なのか?」)


 その心の声に答えるかのように、ミラフィスはドヤ顔で宣言する。

 

「ふふん、術式(コード)を使えばカロリーなんて消費されちゃうから、太る心配なんてないんだよ」

(「何言ってんだこいつ」)

 

 無垢(むく)な少女のような無邪気(むじゃき)さで宣言するミラフィスに、アルトは内心で毒づく。

 とは言え、アルト自身も転生前から大の甘党である事実は否定できない。


 連れまわされるままに、行く先々で黙々とスイーツを頬張るが、その姿はまるで(えさ)を食む小動物のよう。

 ミラフィスはそんなアルトの仕草を、まるでペットを可愛がる飼い主のような満足げな表情で見つめていた。

 

 そして、午後の陽が傾き始めた頃、2人は次の区画であるシンフォリア区を訪れる。

 流石にお腹いっぱいになったのか、スイーツ巡りに連行されることはなかった。


 シンフォリア区は魔導技術を駆使した音楽や芸術が盛んな文化エリアであり、東エリアの他地区と比較すると明らかに人の通りが多い。

 2人は往来を行きながら不審な人影がないか目を凝らすが、怪しい動きは見当たらない。


 そんな時、ミラフィスはアルトの肩を叩き視線の先を指さす。

 そこにいたのは、年端も行かぬ幼い少女。

 

 不安に満ちた瞳で辺りを見回す仕草は、明らかに迷子のようだった。

 

「ねぇ、あの子、道に迷ってるんじゃない?」

「そうかもしれませんね。1人で出歩くには、不自然な年頃ですし」

「だよね。よし、ここはウチの出番、かな」

 

 ミラフィスは幼い少女に近寄ると、優しく声をかけようとしゃがみ込む。そこまでは良かった。


 問題は、彼女が見知らぬ人との会話を苦手としていたこと。

 さらに、術式師(コーディアン)の任務として行動している都合上、彼女の表情は意図せず強張ってしまう。


 街の治安を守る者としては決して間違っていないのだが、傍目(はため)には不機嫌な形相(ぎょうそう)とも見えるものだ。

 ましてや、迷子になって不安に支配された少女にとってはなおさら、である。

 

「……えっと、あの、何か困ってることとか……ない?」

 

 ぎこちない言葉と真顔な表情の威圧感に、少女は怯えた目を向ける。そして、次の瞬間。

 

「あっ、いや、その……うぇぇぇんっ!」

 

 (せき)が切れたように、少女の涙声が通りに響き渡る。

 すると、連鎖するように今度はミラフィスが不自然な挙動であたふたし始める。

 

「ご、ごめんなさい! 怖い顔しちゃって……違うの……怖がらせようと思ったんじゃなくて……」

「うわぁぁぁんん!」

「うぅ……どうしよう……ぐすん」


 涙声で必死に弁解しようとする姿は、B3ランク術式師(コーディアン)威厳(いげん)も形無しだ。

 困惑するアルトの目の前で、歳の離れた2人の少女による珍妙(ちんみょう)な涙の共演が繰り広げられるのだった。

 

(「いや、あんたが泣いてどうすんだよ」)

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