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Code:033 復讐者たち②

 差し出されたヴァラムの手を見下ろすアルトの瞳は、猜疑心(さいぎしん)に揺れていた。


 目の前で手を差し伸べる男は、味方にするべき存在なのか――ここでの判断ミスは、間違いなく致命的だ。


「あんたは、信用できるのか?」

「さあ、それは君が判断することだよ」

「……《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》、その名をどこで知った?」

 

 月明かりさえ届かぬ空間に、低く冷たい声が響く。


(「《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》を壊滅させたメンバーのジュリアナと、当時はまだガキだったこいつじゃ話が違う。間違いなく、こいつに情報を与えた“誰か”がいるはずだ」)

 

 アルトの疑念に対し、ヴァラムは少し思案した後、意味ありげな微笑(ほほえ)みを浮かべた。

 

「なるほど――もっともな疑念だね。世に出ない組織の名を知っているということは、組織の関係者である可能性も否定できない。そう言いたいんだろう?」

 

 黒い霧が渦を巻く中、ヴァラムの唇が意地悪く歪む。

 その表情は、ここまでの全てが計算通りであるかのように、愉悦(ゆえつ)の色が浮かんでいる。

 

「それじゃあ、仮に君の言う通り、僕が《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》側の人間だったとしよう」

 

 言葉を(つむ)ぎながら、彼はゆっくりと顔を上げた。

 

「その場合、君は既に詰んでいるんだよ、焔血王(ブレイズブラッド)

 

 蜘蛛(くも)の巣に絡め取られた(ちょう)の羽を一枚一枚丁寧に千切るかのように、追い詰めていく。

 

「今の君は全盛期の力を失い、立場も仲間も持たない仮初めの器。さしずめ、このギルドを足掛かりに少しづつ仲間と情報を集めようとしていたんだろうが、それが成就(じょうじゅ)するのはまだ先の話。もしも僕が《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》側の人間なら、現時点で正体を(つか)まれた君に打つ手はない。どうせ詰んでいるのなら、僕が《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》と敵対している可能性に賭けて手を組んだ方が、(はる)かに得策というものだ」

「手はある。この場であんたを殺せば、最悪の事態は回避できる」

 

 殺意を込めた言葉に、ヴァラムは高らかに笑い声を上げた。

 その響きは異様な空間の中で幾重にも反響し、まるで無数の悪魔が嘲笑(ちょうしょう)しているかのような錯覚を呼び起こす。

 

「無駄だよ、焔血王(ブレイズブラッド)。ここで僕を殺したところで、真実は闇に(ほうむ)られない」

 

 言葉の断片が、まるで毒針のように空気を震わせる。

 彼の声音には底知れぬ余裕があった。


 まるで、手札を全て見せた状態でカードゲームをプレイさせられるような――そんな焦燥感(しょうそうかん)が、アルトの拳を震わせる。

 

「そもそも、君の正体に最初に気が付いたのは僕じゃなくて、僕の師匠さ。彼はギルド関係者ではない、裏社会に君臨する組織のボス。全ては、その男によって周到に計画されている。残念ながら、最初から君に選択肢はないんだよ」

「何だと……?」

 

 アルトの表情が強張(こわば)る中、ヴァラムは追い打ちをかけるように意味深な笑みを浮かべ、続ける。

 

「でも、安心するといい。その男は、かつての君がよく知る人物だからね。唯一無二の好敵手(ライバル)だったと、そう聞いている」

 

 隊服の内ポケットから取り出されたのは、(ほこり)を被った1枚の写真。

 それは、3年以上の時を経た記憶の断片だった。


 かつて、若くして実力を認められたアルスフリートと、彼と同じく天才と(うた)われた男が、仲の悪そうな表情でツーショットに収まっている。


 その写真を目にした瞬間、アルトの表情が一変する。

 まるで毒を飲まされたかのように顔を歪め、視線を逸らした。

 

「うわ、こいつかよ……」

 

 写真に写る男との記憶は、決して愉快(ゆかい)なものではない。

 意見が合わず、いがみ合い、時には術式(コード)を駆使した潰し合いにまで発展した過去が思い起こされる。


 だが、その実力と信念の強さは誰よりも理解していた。

 敵に回れば最も手強い相手だが、味方になればこれ以上に心強いものはない。


「確かに、奴が全てを知った上で敵側なら、今の俺では詰みだな」

 

 自嘲気味(じちょうぎみ)に笑いながら、言葉を続ける。


「全て話してやるよ、どこから聞きたい?」

「そうだね、僕たちの調査で、ギルド【フリューゲル】襲撃および禁術による顕現門(ゲート)開放を(くわだて)てたのが《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》残党の仕業だったことは分かっている。知りたいのは3年前の事件当日、ベレンダール跡地での一部始終さ」


 3年前の記憶は、今でも生々しく脳裏に焼き付いていた。

 転生した今の身体からは、あの時負った傷の痛みを感じることはない。

 

 しかし、心の傷は()えることなく、突き刺さった(とげ)のように奥底の傷口を(うず)かせる。

 アルトは暗い表情で唇を引き結ぶと、ゆっくりと重い口を開いた。

 

「……俺を殺したのは、《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》の名を語る、白い鬼面(きめん)を被った男だ」


 その瞳は今この瞬間にも、白い鬼面の下で(わら)う男の姿を追っているかのように虚空(こくう)見据(みす)えている。


 黒い霧が渦巻く空間に、重く沈んだ沈黙が流れる。

 その間、ヴァラムは一言も発することなく、ただ黙って彼の言葉の続きを待った。


「奴はギルド【フリューゲル】襲撃後に教え子だったセティリアを(さら)い、俺をあの場所に誘き出した。そして、禁術で顕現門(ゲート)を開放し、あの子を人質に俺を災魔(ハザード)と戦わせたんだ」

「僕の師匠も言っていたよ。君が、災魔(ハザード)如きにやられるはずがないってね」

「だが、数百の災魔(ハザード)退(しりぞ)けた俺に、力は残っていなかった。俺は奴に敗れ、ベレンダール跡地は広範囲の術式(コード)で焼き払われた。俺は残っていた力でセティリアを逃がし、力尽きた。だが、死の間際、目の前に現れた何者かに導かれ、禁術によって転生を果たした。それが、今のこの姿だ」

 

 告白を聞き終えたヴァラムの表情からは、これまでの意地悪な色が消え失せていた。

 彼は深く頷きながら、まるで暗い過去を持つ同志を見るかのような眼差しを向ける。

 

「そうか、話してくれたことに感謝するよ。しかし、これで1つ、重要な事実が出てきたね」

「重要な事実?」

 

 静かに、しかし確実に空気が変わっていく。

 安堵と共感で緩んでいた場の緊張が、再び高まり始めた。

 

「要するに、セティリア隊長は事の顛末(てんまつ)を知っているんだろう?」

「……確かに、その通りだ」

「しかし、そうだとすると不自然なことがある。なぜ彼女は、白い鬼面(きめん)の男について誰にも話さなかった? 当時はまだ13歳とはいえ、現場近くに居合わせた重要参考人だ。仮に信用されなかったとしても、今の地位を得た彼女が情報を発信していれば、少なからず事態は動いただろう」


 無意識に思考から外していた事実。

 そこから導かれるシナリオは――


「考えられる可能性は2つ。復讐のために()えて秘匿(ひとく)しているか、それとも……」

「……ッ」

 

 考えたくもない想像が、言葉にならないまま空気に溶けた。

 ヴァラムもまた、その先を口にはしなかった。

 代わりに、少しだけ声の温度を落として続ける。

 

「——まあ、彼女が《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》側だと断定するつもりはないよ。状況的に見ても、その可能性は低いと僕も思っている」


 意外な言葉だった。

 てっきり、セティリアを敵だと決めつけてくるものだと身構えていた。

 

「ただね」


 ヴァラムの声が、(ほの)かに硬度を帯びた。

 

「この世界には、どこに敵の目と耳があるか分からない。信頼していた仲間が、実は組織の手駒だった——そんな事例が、現実に存在するんだ。だから僕は、誰に対しても100%という言葉は使わない。たとえそれが、大切な仲間であってもね」


 100%ではない。

 その言葉が、胸の奥に刺さる。

 一拍の間を置いて、ヴァラムは言葉を続けた。


「そこで、彼女との接触を君に頼みたい。過去を知る君なら、心を閉ざした彼女の本心を引き出せるかもしれない」

「それでもし、敵だったら?」

「わざわざ聞くのかい、そんなこと」


 大切な教え子に敵意を向ける者は誰であろうと容赦しない、それが信条だった。

 

 けれども、その彼女がもし、敵側の人間だったのならば。

 最初から、自分を裏切っていたのなら。

 その時、自分は迷わずに刃を振るえるだろうか。

 

「夜も遅いことだし、今日のところはこのくらいにしておこうか。僕が欲しかった情報も手に入ったし、ね」

 

 ヴァラムが術式(コード)を解除すると、まるで霧が晴れるように黒い闇が薄れていく。

 

「後でDOC(ドック)を通して、クローズドネットワークのIDを送るよ。これから先、口外できない情報はそこでやり取りしようか。それじゃあ、よろしく頼むよ、アルト(・・・)

 

 その言葉と共に、ヴァラムの姿は夜の闇に溶けるように消えていった。

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