Code:032 復讐者たち①
暗闇に投げかけられた言葉が、夜気を切り裂く。
アルトの瞳が一瞬だけ揺らめき、次の瞬間、彼の動きが閃光のように放たれた。
ヴァラムの襟首を掴んで壁に叩きつける音が、静寂を破る。
壁に背中を強く打ちつけられたヴァラムの息が一瞬止まったが、その表情に痛みの色は見えない。
「図星、ってとこかな?」
「黙れ、質問をするのはこっちだ」
アルトの声は低く冷徹で、そこには先ほどまでの愛らしさは微塵も残っていなかった。
まるで室内犬が獰猛な牙を剝き出しにしてきたかのような、急転直下の豹変。
ヴァラムはそれすらも織り込み済みであったとでも言うように、意地の悪い笑みを浮かべて月を仰ぐ。
「それが人にものを聞く態度かい?」
自分の急所を握られているにも関わらず、ヴァラムの態度には余裕が満ちていた。
まるで犯人を追い詰めた探偵の如く勝ち誇った表情すら浮かべている様に、アルトは眉根を寄せる。
「答えろ。あんた、何者だ?」
ヴァラムは言葉を選ぶように少しの間を置いた。
その間、彼は掴まれた襟元から伝わる圧迫感を、まるで愉しむかのように味わっている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「君と同じ、復讐者さ」
その言葉に、アルトの表情がより一層と険しくなる。
月光の下、2人の影が不規則に揺らめく。
石畳に落ちた影は、まるで今から始まる闘争を予感させるかのように歪んでいた。
「どういう意味だ?」
「おっと、回りくどいのは嫌いでね。折角だから、腹を割って話そうじゃないか」
ヴァラムはそう言うと、指先を軽く鳴らした。
直後、彼の術式が展開される。
深い闇が具現化したかのような黒い霧は、渦を巻きながら立ち昇り、やがて2人を包み込むように広がっていく。
建物や街灯の灯りは次第に霞み、数秒も経たないうちに完全に視界から消え失せた。
そこには漆黒の闇だけが支配する異空間が広がり、ヴァラムとアルト、2人の姿だけが浮かび上がる。
「ここなら、誰の邪魔も入らない」
「助けも来ないってことだぜ?」
「構わないさ。僕はただ、知りたいんだよ。あの時、あの場所で、いったい何があったのかを」
ヴァラムの表情には、好奇心と執着が混ざり合っていた。
彼は首を締め付けられた状態でありながら、まるで日常会話でもするかのように続ける。
「3年前、ベレンダール跡地の事件。災魔との戦いの後、行方不明になったまま遺体すら見つからなかった焔血王。Sランクの殉職ということで魔防総省の指示の下、ギルド協会の威信にかけて行われた大捜索。それがある日を境に、何の収穫もないまま唐突に打ち切られた。一体どうしてだと思う?」
核心を突くような問いに、アルトは無言を貫く。
その沈黙こそが何よりの答えだとばかりに、ヴァラムは意地の悪い笑みを深める。
「彼らにとって、不都合なものが見つかったんだ――そう、禁術の痕跡がね」
漆黒の霧の中で、ヴァラムの声だけが異様な存在感を放っていた。
まるで暗闇そのものが、彼の言葉に耳を傾けているかのように。
「導かれる答えは1つ。焔血王は死の間際、禁術の中でも特に禁忌とされる、生命を操る術式によって転生を果たした。そして今もなお、姿を変えてどこかで生きている。魔防総省とギルド協会は術式師の模範となるSランクの手によって禁忌中の禁忌が使われたことを隠蔽するため、焔血王が死んだことにして事件を有耶無耶にしたのさ。それならば、全ての辻褄が合う」
ヴァラムの推論は、不気味なほど的確だった。しかし、アルトは表情を変えることなく、冷ややかな声で返す。
「あんた、陰謀論とかが好きなタイプか?」
「ああ、嫌いじゃないね」
悪びれる様子もなく笑うヴァラム。
その態度には、まるで子供が秘密を共有するような、どこか奇妙な親近感があった。
しかし、次の瞬間、彼の表情が一変する。
「だが、連中が真に隠蔽したかったのは、焔血王が使った転生の禁術なんかじゃない」
あの場で使われた禁術は、1つだけではない。
その事実は、居合わせた彼自身が誰よりもよく知っている。
「3年前の事件には、とある組織が関わっていた。魔防総省が総力を挙げて隠蔽しようとしたのは、もう1つの禁術。その組織の人間が使った、顕現門を出現させるというあってはならない禁術だ。まあ、それ以前に、魔防総省は組織の存在自体を隠蔽しようとしていたみたいだけどね」
アルトは無言でヴァラムを見つめる。
その瞳にはこれまでの冷徹さとは異なる、何かが宿っていた。
「あんたは、何が目的なんだ?」
その問いに、ヴァラムの表情から笑みが消える。
代わりに浮かんだのは、復讐に憑りつかれた者特有の、狂気めいた色だった。
「言っただろう? 僕は君と同じ、復讐者だって」
ヴァラムの声は低く沈み、月光すら届かない暗闇の中で、その瞳に凄まじい殺意が宿る。
「かつて、その組織の連中の手によって……僕の家族は皆、殺された」
その言葉には、これまでの余裕も打算も感じられない。
ただ純粋な、しかし底なしの深淵のような憎悪。
「それから僕は、復讐を果たすためだけに生きてきた。そして、ついに組織の尻尾を掴むところまで来たんだ」
彼の表情は月明かりにも届かない闇の中で、無機質な仮面のように硬く凍てついている。
それは、歳月を経てなお、癒えることのない傷の深さを物語るかのように。
「その組織の名は――」
ヴァラムが言葉を続けようとした、刹那。
暗闇を切り裂くように、アルトの声が重なる。
「「《黒い鉤爪》」」
「だろ?」
同時に発せられた言葉に、ヴァラムの目が見開かれる。
そして、次の瞬間、彼の喉から意味深な笑いが漏れ出した。
それは次第に大きくなり、やがて狂気めいた高笑いへと変わっていく。
その響きは術式の作り出した空間の中で不気味に反響し、まるで無数の人格が一斉に笑い出したかのような錯覚すら覚えさせた。
「ははっ、はははっ、やっぱり、そうじゃないか……!」
笑いを収めたヴァラムは、ゆっくりと一歩後ろに下がる。
そして、深く息を吸い込むと、まるで敬愛する師の前に立つかのような厳かな面持ちで、右手をすっと前に差し出した。
「《焔血王》よ、どうか僕に、力を貸してほしい」




