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Code:031 その名を知る者

 セティリアが掲げた氷の術式剣(サーベルコード)が放つ凍気(とうき)は空間そのものを凍らせようとしているかのような、まさに氷の女王の名に相応しい威厳を放っている。


 普通ならば心が折れてしまうほどの圧倒的な力を前にして、アルトは心の中でそっと(つぶや)く。


(「あのまま死んでいたら、どう足掻(あが)いたって見られなかったはずの教え子の成長が見られたんだ。これ以上の幸せなんて、あるわけないだろう?」)

 

 呼応するように、アルトの魔導回路(サーキット)は力を増し、やがて手に握った炎の術式剣(サーベルコード)へと魔導粒子(マギオン)を供給する。


 勢いを無くしていた炎の術式剣(サーベルコード)は再び激しい火花を散らし、()(たけ)るように燃え上がった。


咆哮(ほうこう)しろ――《フランメルラーマ・ドラギオン》」


 そして、互いが全力を振り絞った2つの術式剣(サーベルコード)が交差する。


 氷と炎が激突し、打ち合う度に空気を震わせる。

 通常の術式(コード)を明らかに上回る力の衝突に、演習場の地面さえも(きし)むような音を立てていた。


 衝突の度に放たれる衝撃波は空気を切り裂き、魔導粒子(マギオン)が乱舞する光景は幻想的で、ギャラリーがいないことが惜しまれるほどだ。


(「まさか、いや、そんなはず……」)

 

 セティリアは相変わらずの無表情ながら、内心で驚きを隠せずにいた。

 術式師(コーディアン)になりたてのC3ランクの少年が、B2ランクの自分と互角に渡り合っているという事実に対する驚きもある。


 しかし、それ以上に彼女の心中を揺るがすのは、記憶の彼方に()き付いた幻影だった。

 切っ先が交差する度、剣が打ち合わされる度、ピースが嵌め込まれていくようにセティリアの脳裏で蘇る過去の光景。


 かつて師と仰いだ術式師(コーディアン)と瓜二つな鋭い踏み込みと、大振りに見せかけた繊細(せんさい)剣捌(けんさば)き。

 一見では無駄に見える大きな動作の中に仕掛けられた、巧妙(こうみょう)術式(コード)制御の技法。


 その全てが、過ぎし日の残影(ざんえい)と重なって見える。


(「どうした、術式(コード)のレベルはお前の方が上なんだぜ?」)


 一瞬の迷いは表情には現れずとも、剣筋には現れる。

 その(わず)かな隙をアルトは見逃さなかった。


 フェイントをかけるように大きく剣を振りかぶり、セティリアがそれに合わせようとした瞬間、動きを一転。

 しゃがむほどの低い位置から繰り出された一閃は、まさに(へび)が獲物に襲いかかるような鋭さで放たれた。


 不意を突かれた氷剣は、宙へと跳ね上げられる。

 炎を(まと)った剣が描く軌跡は夜空に輝く流星のように美しく、そして致命的だった。


(「これで……っ!」)

 

 アルトの炎剣が無防備となったセティリアを捉える。

 これで術式(コード)は強制解除され、手合わせは終わるはず。


 しかし、刃が触れようとした瞬間、彼女の姿は氷の結晶となって砕け散った。

 散り散りになった氷の結晶は、(あや)しく輝きながら消えていく。


「甘いよ、アルト」


 背後から聞こえた声と共に、再度セティリアの手に握られた氷剣が振り下ろされる。

 アルトも咄嗟(とっさ)に身を(ひるがえ)して炎剣を返すが、術式(コード)自体の力の差は明らかだった。

 炎剣は吹き消されるように消滅し、その余波と共にアルトは膝をつく。


(「……強くなったな、セティ」)


 アルトは最後の抵抗として、戦いの中で密かに空中に仕掛けておいた土属性の術式槍(スピアコード)の起動を試みる。

 それも、セティリアが氷剣を(さや)に収めるような動きで解除すると同時に空中へ無数の斬撃が走り、仕掛けた術式槍(スピアコード)は全て切り裂かれた。

 

「参りました、完敗です」


 アルトは両手を上げ、清々しい笑顔を浮かべる。

 その表情には敗北の悔しさなどなく、むしろ誇らしげな色すら浮かんでいた。


 教え子の成長を見届けた師としての、確かな満足感がそこにはあった。


「やっぱり、そうだったんだね。上位個体を追い詰めたのは、あなたなんでしょう?」

「さあ、ご想像にお任せしますよ」

「あなたが望むなら、パトリックにちゃんと事実を話させるけど」


 第七部隊のメンバーもパトリックが見栄を張っていることを何となく察しているんだろうなと思いつつ、穏やかに首を振る。

 

「いえ、パトリックさんに協力してもらえたのもまた事実です。それに」


 一瞬の間を置いて、真摯(しんし)な眼差しで続ける。


「あの時のMVPは、間違いなく貴女(あなた)でしたから」

「別に、わたしは術式師(コーディアン)としての仕事をしただけだよ」

「またまた、ご謙遜(けんそん)を。とっても格好良かったですよ? 思わず、一目惚れしてしまうくらいには」

「もう……あまり揶揄(からか)わないで」

 

 その言葉に、セティリアは珍しく頬を染める。ここまで見てきた無表情で冷静沈着な振る舞いからは想像もつかないほど愛らしい様子に、アルトは思わず目を細める。感情豊かで、時に臆病で、心の温かい少女の面影。氷の仮面の下に隠された、彼女の本来の表情を見た気がした。


「それじゃあ、僕はそろそろ戻ります。今日はありがとうございました、セティリア隊長。また手合わせをお願いできますか?」

「あなたが望むなら、いつでも構わないよ。おやすみなさい、アルト」


 * * *


 演習場を後にしたアルトは、月光に照らされた石畳の小道を寮へと向かって歩を進めていた。

 街灯が半分が消灯した深夜の通路に人の気配はなく、足音だけが静かに響く。

 

 セティリアとの再会を思い返しながら、どこか清々しい気分に浸っていた時だった。

 月が雲に隠れた瞬間、建物の影から低い声が聞こえてくる。


「やあ、新人君。こんな遅くに1人で、どうしたんだい?」


 アルトは足を止め、声のした方へ振り返る。

 薄暗がりの中から姿を現したのは第七部隊のメンバーの1人、ヴァラムだ。


 女性受けしそうな整った容姿と軽いノリが特徴の彼は、アルトの方へ近付いてくると馴れ馴れしく肩に手を置いてきた。

 

「演習場で術式(コード)の訓練をしていたんです」

「へぇ、真面目だねぇ。誘ってくれれば、僕も一緒に行ったのに」


 言葉の端々(はしばし)は友好的に感じられる。

 しかし、言葉とは裏腹に表情や声音はどこか作り物めいていて、何かがずれているような言い知れぬ違和感が(ぬぐ)えない。


 ジェイミーの忠告が、「あの男、ヴァラムには気をつけなさい」という台詞が、この時になって生々しく(よみがえ)った。


「ヴァラム先輩こそ、こんな夜中に何を?」

「ああ、ちょっとした野暮用さ。今はその帰り道だったんだけど、ここで君と会えるなんてラッキーだね」


 薄暗がりの中、ヴァラムの口元がにやりと(ゆが)む。

 

 彼は意図的とも思えるほどゆっくりとアルトに近づいていく。

 その足取りには獲物を追い詰める捕食者のような執着めいたものがあり、アルトは無意識に後ずさる。


 本能が危険を察知した時の、自然な反応だった。


 気が付けば、背後は建物の壁に遮られている。

 どこか不気味に歪んだ影が、月明かりに照らされた石畳の上で二人の姿を重ね合わせていた。


「君も今から帰りかい? なら、僕が寮まで送ってあげるよ」


 ヴァラムはそう言うと、まるで当然のようにアルトの手首を掴む。

 その手から伝わる不自然な熱は、好意的な温もりとはかけ離れている。


「夜道は危ないからね」

「ご心配なく、あなたが思うより、僕は強いので」


 アルトは氷のように冷やかな声でそう返すと、掴まれた手首を軽々と振り払う。

 ヴァラムの表情が一瞬だけ曇る。


「まったく、つれないね。同じ部隊の仲間なんだから、仲良くしようじゃないか」

「先ほどから僕の後をつけていたのは、あなたですよね?」


 アルトは鋭い眼差しでヴァラムを見据えながら、冷静な声音で問い質す。


「何のことだい?」


 ヴァラムは作り物めいた笑顔を浮かべながら首を傾げる。その目を半透明に(にご)らせながら。


「演習場を出てからずっと、視線を感じていました。尾行が上手なのは結構ですが、ストーカーの真似事は感心しませんよ?」


 早々に立ち去ろうとするアルトだったが、ヴァラムは叩きつけるような勢いで壁に手をついて、逃げ道を完全に塞いできた。


「逃げるなよ。僕は君に興味があるんだ。君のことをもっとよく知りたい。一目見てから、君に夢中なんだ」


 もはや取り(つくろ)う様子さえない態度。

 胡乱(うろん)な欲望をむき出しにしたような声音が、夜の闇に溶け込んでいく。


「僕は興味がありませんけどね」

「なら、興味を持たせてあげようか?」

「どうやって?」


 アルトがそう返した瞬間、ヴァラムの表情が一変する。

 

 これまでの作り物めいた愛想の良さは影も形もなく、その代わりに浮かび上がったのは底知れない狂気を(はら)んだ笑みだった。


 耳元まで顔を寄せ、低い声で(ささや)く。


「いい加減に正体を見せろよ、焔血王(ブレイズブラッド)

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