Code:030 雪月花の氷姫《ルネーヴェ・フロレーヌ》②
アルトはセティリアの「手加減なしで」という言葉に、僅かに笑みを浮かべて頷いた。
寮を案内されている時のジェイミーとの会話が思い起こされる。
* * *
「第七部隊について、他に聞きたいことはある?」
「誰が一番強いのか……ですかね」
「それは勿論、セティリア隊長よ。貴方と同じ16歳で、ギルドの中でも若いほうなのだけれど——既にB2ランクに到達しているわ。通常、術式師は15歳で入隊してC3ランクから始まる。彼女やクーレリカのようにアカデミーを飛び級で卒業した場合でも、14歳のC2スタートが上限よ。そこから頑張っても、10代のうちにB3まで届く者すらほとんどいない」
「セティリア隊長はそれの、さらに上、ということですよね」
「ええ、その通り。実際、第七部隊の他メンバーでBランクなのはリノエラとミラフィスだけ。彼女たちだってまだB3ランク。2人とも年上であることを考慮すれば、セティリア隊長がどれだけ異常なのか分かるでしょう?」
廊下の窓際に腰掛けたジェイミーは、どこか遠くを見つめながら語り続ける。
「Cランクの時点で上位個体の災魔を易々と倒し、若手の術式師同士の模擬戦では一度も敗北を喫したことがない。かの英雄の教え子というだけあって、その術式の腕前は飛び抜けているわ。それでいて、隠し持っているのは魔眼という反則級の異能。アタシも使っている所は見たことがないけれど、魔眼の力を解放した時はベテランのA級術式師でさえ太刀打ちできないって噂もあるわね」
声を落として、更に続ける。
「その圧倒的な実力から付けられた異名は《 雪月花の氷姫》。どんな激戦の中でも表情を変えず、感情を露わにすることもなく、淡々と、粛々と敵を処理していく。まるで氷の女王のように美しく、そして冷酷に。それが、我らが第七部隊の隊長、セティリア・リュミエールよ」
* * *
目の前のセティリアは、その異名の通り無表情のまま静かに頷くと、すらりとした指をDOCに滑らせる。
アルトとセティリア、2人のDOCがリンクし、機械音声が共鳴するように演習場に響いた。
『模擬決闘が選択されました。30カウントの間、両者の魔導回路がロックされます。合意する場合、承認をタップしてください』
「DOCの模擬決闘システムを使えば、ダメージは全て魔導回路へのフィードバックに変換されるの。つまり――」
「肉体的なダメージは全て、精神的なダメージに変換される」
「そういうこと。だから、遠慮なく、全力で来ていいよ」
「ええ、全力で行かせてもらいます」
1つずつ数字を刻む機械音声。
両者の緊張が高まり、自然と表情が険しくなる。
限りなく平等な条件で行われる模擬決闘は、カウント0とともに魔導回路のロックが解除された瞬間、どれだけ早く術式を構築できるかが最初の勝負だ。
カウントとともに精神が研ぎ澄まされ、3、2、1と刻まれる数字が0を読み上げた瞬間、2人は同時に術式の構築を開始していた。
『模擬決闘が承認されました』
空気が震え、無数の魔導粒子が渦を巻き始める。
精神を研ぎ澄ませていく過程で周囲の温度が一気に下がったような感覚に襲われるが、それは決して錯覚ではなかった。
ボクサーが軽いジャブを打つかのように、彼女が最初に放ったのは水属性の術式弾。
間一髪で躱したアルトは、同時に地を蹴って一気に間合いを詰める。
「展開せよ、《フランメルラーマ》!」
「……来て、《アイスシュヴェルト》」
炎の術式剣と氷の術式剣、2つの剣が交錯し、火花と氷片が乱れ舞う。
(「強いな、予想以上だ……!」)
激しい打ち合いの中、アルトは徐々に押されていく。
小さな身体に十分慣れていない影響か動きには僅かな遅れが生じ、剣筋にも乱れが見える。
一方でセティリアの攻撃は的確で無駄がなく、同じく小柄な体躯から繰り出されているとは思えない重みがあった。
しかし、自分が優勢に立ったことを理解すると、彼女の剣に込められる力が徐々に弱まっていく。
手加減、ということなのだろう。
その変化を感じ取ったアルトの脳裏に、かつて自分が教え子に語った言葉が蘇る。
(「確かに、お前は強くなった。けどな……真剣勝負で手を抜くなって教えたはずだぜ、セティ」)
アルトは内心でそう呟くと、即座に作戦を変更した。
氷剣と炎剣が打ち合う激しい音が響く中、彼は空いた左手で風属性の術式弾を発射する。
セティリアも瞬時に反応し、氷剣の一振りでそれを切り裂いた。
しかし、それはアルスフリートの狙い、圧縮された風の術式弾は切り裂かれた瞬間、霧のような煙幕となって彼女の視界を奪う。
かつて術式師殺しと呼ばれる敵が使った戦術の模倣だが、油断している相手に効果は覿面だ。
「……っ、目眩し!?」
セティリアは少し驚きの色を見せつつも、すぐさま冷静さを取り戻す。
煙の中で微かに揺らめく影からアルトの動きを読み、氷の術式剣を振り抜いた。
だが、影の位置にアルトの姿はない。動く影の正体は明後日の方向に放たれた囮の一発。
完全に背後を取られたセティリアに向かって、炎の術式剣が振り下ろされる。
いくら精神的なダメージへ変換されるとはいえ、生身で致命傷となる攻撃をまともに受ければ、戦闘の続行は不可能だ。
勝負あったかに見えたが、セティリアはほぼ無意識下で氷の術式盾を展開し、剣を弾き返した。
「それがあなたの、全力ですか?」
ハッとした表情を浮かべた彼女に、アルトは挑むような口調で問いかける。
その一言で、セティリアの表情が変わった。
「ごめんなさい、失礼だったよね」
無表情だった顔に、僅かな昂揚が浮かぶ。
「今から本気で行くから、受け止めてね」
次の瞬間、今までがほんの戯れだったことを無口な彼女に代わって雄弁に語る、驚異的な領域術式が展開された。
「咲き乱れて――《氷夜に踊る薔薇の園》」
演習場の地面から次々と突出するのは、鋭く尖った氷の棘。
数秒と経たずに景色を変えてしまったそれは、端から見れば美しい氷の森のようでもあり、追い込まれた獲物にとっては冷酷な死の檻のようでもあった。
アルトは巧みなフットワークで氷の棘を躱していくが、この術式の真骨頂はそれだけではない。
突き出した棘の先端には空気中の魔導粒子が集積し、異なる属性の術式波が次々と装填されていく。
それらは全てセティリアの意のままに発射され、四方八方からアルトに向かって襲いかかった。
(「……って、いきなり本気出し過ぎだろ!?」)
アルトは内心でツッコミを入れながらも、降り注ぐ術式波を紙一重で躱していく。
さらに追い打ちをかけるのは、大技の起動中にも関わらず自在に動けるセティリアが振るう術式剣。
華麗なる剣撃に加えて絶え間なく放たれる波動の連携はまさに天変地異のような迫力だ。
一閃、数合の打ち合いを経て、アルトはついに演習場の端へと追い詰められた。
「まだ、続ける?」
セティリアは少しだけ手を緩めて、それでも隙を見せない構えでそう尋ねる。
その問いかけに、アルトは屈託のない笑みを浮かべて答えた。
「もちろん」
その答えに、セティリアは首を傾げる。
表情こそ変えないものの、その仕草には戸惑いがあるように感じられた。
「そんなに、楽しい?」
「ええ、とっても」
「不思議な人だね。でも……そろそろ、終わりにしよっか」
その言葉と同時に、フィールドに林立していた無数の氷の棘がガラスが砕けるような音を立てて粉々に散り始める。
解き放たれた魔導粒子は光の帯となって宙を舞い、まるで意志を持つかのように手元の術式剣へと吸い込まれていく。
一気にエンジンがかかったかの如く強化された剣からは凍気が白煙となって立ち昇り、剣身から放たれる振動は空気を震わせ、まるで氷河が軋むような低く重い音が演習場全体に響き渡った。
「来てーー《アイスシュヴェルト・エクシード》」




