Code:003 魔眼の少女①
* * *
ギルドアカデミー・ルーネスハーベン校。
将来を嘱望された術式師の卵たちが集うこの学び舎には、下は六歳から上は十五歳まで、幅広い年代の子供たちが通っている。
彼らは皆、将来を期待された術式のネイティブたち。
生まれる前から母体への投薬によって先天的に高い魔導粒子適性を手にした彼らは生まれながらの戦士として、災魔に対抗する守護者となることを期待されていた。
昼下がりの陽光が校舎の影を長く伸ばす頃、裏庭の木陰に一人の少女の姿があった。
銀色のロングヘアが風に揺れる。左目を覆う眼帯。膝の上に開いた本のページを、細い指が静かに繰っている。
少女の名前はセティリア。
整った顔立ちと神秘的な雰囲気は、まるで精巧に造られた美しい人形のようだ。
どこか周囲の目を惹きつけながらも、彼女自身は内気な様子で、周りの喧騒から離れた日陰を選んで座る。
その姿はまるで、自分からそこを選んだというより──そこにしか居場所がないように見えた。
そんなひと時の静寂を破るように、三人の少年たちがセティリアに近づいてきた。
「ここにいたのか、相変わらず暗いヤツだな」
中央に立つ茶髪の少年が、薄ら笑いを浮かべて声をかける。
彼の名前はパトリック、名家の出身にして優れた術式の才能を持つことでも知られる若手のホープ。
声変わりしたばかりの低い声には、自分が上だと信じて疑わない少年特有の傲慢さが滲んでいた。
セティリアは本を閉じ、小さく俯く。
「……」
「聞こえてるんだろ? 返事くらいしろよ!」
無視されたことに苛立ちを募らせるパトリック。
セティリアは読んでいた本を鞄にしまい、逃げるように立ち去ろうとした。
だが、その手は背後からがしりと掴まれてしまう。
「離して……っ」
「へっ、こんな臆病者がギルド【フリューゲル】と契約できたなんて、悪い冗談だぜ。それも全部、この左目のおかげってか?」
左目に掛けられた眼帯が外された。
現れたのは、深く濃い輝きを放つ紅色の瞳。
人間のものとは思えないほどに妖しく、目を合わせれば吸い込まれるような錯覚を覚える──取り巻きの少年たちが、思わず息を呑んだ。
「これが、魔眼……」
「すげぇ、初めて見た……」
「なに、珍しいってだけで大したものじゃない。考えてもみろ、こいつはエリートの僕と違って、まともに術式を使うこともできない能無しなんだぜ? 魔眼なんて持っていたところで、宝の持ち腐れさ」
パトリックは馬鹿にしたように鼻を鳴らすが、セティリアは下を向いて黙り込んだまま反論しようともしない。
嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のように震える姿を前に、彼は良い気になった様子で意地悪く口角を上げた。
「ああ、悪い悪い。お前にも一つだけ使える能力があったよな」
「何だよ、それ?」
「こいつが生まれた村は災魔に襲われて地図の上から消えたんだぜ。それで引き取られた先の町もまた、災魔の被害に遭って壊滅状態だ。これが単なる偶然だと思うか?」
思い出したくない記憶がフラッシュバックしたのか、悲しげな表情で制服の裾を強く握るセティリア。
それを見たパトリックたちは勝ち誇ったように笑いながら、続け様に囃し立てる。
「マジかよ、最低だな。疫病神じゃん、こいつ」
「っていうか、俺たちも危ないんじゃね?」
「そういうことだ、お前も分かるだろ? 周りの人間に被害が出る前に、アカデミーからさっさと退学してくれよ」
「……うぅ」
「そもそも、こんな落ちこぼれの疫病神を教え子に選ぶなんて、天下の焔血王様が聞いて呆れるぜ。あの人も術式の才能に恵まれただけで、頭は悪いのかもな、ははっ!」
彼にとっては何の気もなく言い放った言葉、けれども、それを聞いた直後、黙り込んでいたセティリアの眉間がぴくりと動いた。
「……違う」
「はぁ!?」
「おにいちゃんのこと、馬鹿にしないでっ!」
先ほどまでの大人しい様子から一変、セティリアは掴まれていた手を振り払い、震えた声で言い返す。
突然の出来事にパトリックは狼狽えるが、それが臆病な少女の精一杯の抵抗だったことに気付くと、獲物を前にした狩人のような目つきで手を振り上げた。
「このっ、落ちこぼれのくせに、調子に乗るんじゃねぇ!」
「……きゃぁっ!」
乾いた平手打ちの音が響き、セティリアは尻餅をついて地面に倒れてしまう。
そんな彼女に追い討ちをかけるように、パトリックは自身の右手へ力を込めた。魔導粒子が、ゆっくりと圧縮されていく。
「良いことを考えた。この場でお前に、術式の正しい使い方ってやつを教えてやるよ……術式駆動」
「え……」
直後、パトリックの指先から雷属性を帯びた小さな術式弾が撃ち出され、セティリアの横顔を掠める。
まだ年若い学生らしく、術式の腕前は初歩の初歩、偉そうに言っても災魔相手には太刀打ちできるレベルではない。
しかし、それはあくまで上位の存在と相対する場合の話であり、人間相手ならば凶器としての殺傷能力は十分だ。
「ほら、怪我をしたくなけりゃ、頑張って逃げるか反撃してみろ!」
「パトリックさん、それはまずいんじゃ……!?」
「先生に見つかったら怒られるって……!」
「うるさい、お前らは黙って見てろっ!」
パトリックは狩りに赴く猟師のような笑みを浮かべながら、次々と術式弾を発射していく。
技量の未熟さゆえに照準が定まらず、なかなか命中はしなかったものの、逃げ回ることに必死だったセティリアは地面の凹凸に足を躓かせて派手に転んでしまう。
そんな彼女に向けて容赦なく指先を向けるパトリックだが、連続した術式の行使で疲労したのか、ここで術式の制御にミスが生じた。
放たれた弾は地面に横たわったセティリアの頭上を通り過ぎ、裏庭と本校舎を繋ぐ道の先へと抜けていく。
タイミング悪く、その先には歩いてくる人影があった。
(「しまった! このままじゃ、関係ない奴に当たるっ!」)
流石のパトリックも状況を理解し、額から汗を垂らすが、既に手を離れた術式を制御するような技量は彼にはない。
術式弾はそのまま直進していき、人影に衝突して火花の弾けるような音が辺りに響く。
青ざめた表情のパトリックと逃げ出す準備を始めた取り巻きの少年たち。
そんな彼らが目にしたのは、着弾地点から高速で跳ね返ってきた術式弾だった。
それはパトリックが放った時とは比べ物にならないほど速く、鋭く、空気を切り裂いて遥か後方に着弾する。
凄まじい風圧に思わず目を覆った彼らが次に顔を上げた時、そこには強烈な威圧感を纏うギルド【フリューゲル】の英雄が立っていた。
「悪くない攻撃だ」
「あなたはっ……!」
赤髪の青年、アルスフリートはゆっくりと歩み出ると、3人と目線を合わせるようにすっとしゃがみ込む。
本物の実力者を前にして先ほどまでの威勢はどこへやら、パトリックはガチガチに固まったまま、口をぱくぱくとさせて狼狽えている。
アルスフリートはそんな彼の手を掴むと、教え導くように落ち着いた声音で話し始めた。
「ただ、術式を撃ち出す瞬間に体幹がブレるのは良くないな。重心はもう少し下げろ。足をもう少し開いて、顎を引く。腕は真っ直ぐに伸ばして、反動で少し曲がるくらいが丁度いい」
「は、はいっ……!」
先ほどまでの生意気だった様子はどこへやら、パトリックは目をキラキラと輝かせてアルスフリートの話に聞き入っている。
その様子を後ろから見ている取り巻きの二人もまた、驚きを隠せない様子で口々に呟いた。
「何でここに!? 今日の朝、任務に出かけたばかりのはずだろ!?」
「確か、上位個体が出たって話だったよな……? まさか、もう倒してきたってのかよ!?」
そして数分後、簡単な術式の指導が終わる頃、パトリックはまるで牙が抜けた犬のようにすっかり従順な態度となっていた。
思春期真っ只中の尖った少年とはいえ、術式師である以上、強さへの憧憬は捨てきれないと言うことか。
「最後にもう一つ、言っておくことがある」
アルスフリートはすっと立ち上がると、近くで成り行きを見守っていたセティリアの方へ手を伸ばし、彼女の肩にそっと手を置いて、一言発した。
その瞬間、ここにいる全員が、気温が一気に下がったかのような錯覚に陥る。
「こいつは俺の教え子だ。敬意を払えよ、少年」
それは、背筋も凍るような低い声音だった。
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