Code:028 第七部隊③
「まず1つ目。グリンベール村での戦いについて、俺が見せた力を誰にも話すな。代わりに、お前が活躍したっていう嘘なら好きに吐いていい」
「それは……まあ、君がそう言うなら」
パトリックは困惑しながらも頷く。
正直なところ、あの圧倒的な戦闘を他人に説明したところで、誰も信じてくれないだろうとも思っていた。
「2つ目。俺がこのギルドにいる間は、お前は俺の命令に従え。いいな?」
「な、なぜそんなことを?」
続けて疑問を口にした瞬間、アルトは一歩前に踏み出した。
小柄な体躯にも関わらず、その威圧感は巨大な災魔を彷彿とさせる。
「バラされたくなければ、黙って言うことを聞け。折角上がったランクを、すぐに元に戻したくはないだろう?」
低く響く声に、パトリックの顔が青ざめた。
グリンベール村での1件――それは名家に生まれながら今までうだつの上がらない術式師だった彼にとって、経緯はどうあれ初めての功績とも言えるものだ。
今朝、滅多に連絡が来ない家族から「よくやった」というメッセージが届いたことを思い出す。
嘘をついて手柄を横取りした、なんてことが知れれば、家名にも傷がつくだろう。
欲をかいて上がったランクが元に戻ることは良い。
けれども、ギルドでの立場を失い、帰る場所も失う、それだけは避けなければならなかった。
「分かった、分かったって! 君の言う通りにするから!」
「良い返事だ」
「この悪魔め……」
小声で毒づいたパトリックに、アルトの視線が鋭く向けられる。
「何か言ったか?」
「ひぃぃっ!」
情けない悲鳴を上げて飛び退くパトリック。
その様子を見て、アルトは満足げに微笑んだ。
「こほん……それじゃあ、よろしくお願いしますね、パトリック先輩?」
一転して天使のような笑顔を浮かべ、甘ったるい声音で念押しする。
その豹変ぶりに、パトリックは言葉を失った。
アルトが部屋を後にすると、残されたパトリックは脱力したように椅子に崩れ落ちた。
「とんでもない奴が、ギルドに入ってきたかもしれない……」
* * *
金色に輝く夕陽を背に、アルトは寮へと足を向ける。
ギルドの本館から向かって右側にある六階建ての大きな建物、その玄関前に辿り着くと、タイミングを見計らうように待っていたジェイミーが優雅な仕草で手を振った。
「お待たせしました、ジェイミー先輩」
「いいのよ、ちょうど暇になったところだから。さ、案内するわね」
【オルフェウス】の寮では、奇数フロアが男性隊員の部屋、偶数フロアが女性隊員の部屋となっており、第一から第九までの部隊に所属する隊員たちが寝起きを共にしている。
中に入ると、まるで高級ホテルのようなロビーが広がっていた。
本館のエントランスホールと統一された大理石の床と無駄に豪奢なシャンデリア、調度品の一つ一つが洗練された品位を漂わせる。
エレベーターに乗り込むと、ジェイミーは三階のボタンを押した。
「このギルド、金持ちなんですか?」
「そうね、金持ちと言えば金持ちよ。理由が分かるかしら?」
ジェイミーは少し表情を暗くして、静かに説明を始める。
その声には、自嘲するような皮肉めいた響きが混じっていた。
「任務を達成した報酬の半分は、ギルドの取り分なのよ。それに、任務中にメンバーが亡くなれば、ギルドには政府からまとまった見舞金が入る。術式師の殉職率を考えれば、後は分かるでしょう?」
豪奢な内装とは不釣り合いな、重たい言葉が廊下に響く。
「ギルドの中には金はあっても使う暇がないって人も多いわ。訓練に明け暮れ、任務に追われ、そうこうしているうちに命を落とす。そもそも天涯孤独の身なら、持ち金は全てギルドに送られる。ギルドって阿漕な商売よねぇ」
用意された部屋は3階の一番奥。
ジェイミーが鍵を開けると、1人用にしては広い間取りの部屋が姿を見せる。
ベッドに机、キッチンにシャワールーム、そして小さな書斎まで完備されている。
窓からは街並みが一望でき、夕陽に染まる景色は絵のように美しい。
「ずいぶん立派な部屋ですね」
「気に入ってくれたかしら? ……訳あり物件なのだけどね」
「え?」
「詳しくは後で話すわ。とりあえず、部屋の中で隊服に着替えて来なさいな。アタシは外で待ってるから、終わったら声をかけて頂戴」
そう言って部屋の中に押し込められたアルトは、クローゼットの中に並んだ白と黒のコントラストが特徴的な隊服に手をかけた。
災魔と戦う術式師のために作られた特注品のスーツは魔導粒子のみを透過する特殊な繊維で作られており、刃物や銃弾の生半可な攻撃であれば通さないほどの強度を誇っている。
無論、災魔の攻撃を受けてしまえばひとたまりもないことに変わりはないのだが。
(「久しぶりだな、隊服に袖を通すのは……ん?」)
転生前と比べてかなり身体が小さくなっていることを考慮して、一番小さいサイズを手に取ったはず。
だが、一般的な女性と比べても小柄な体格になってしまった今のアルトではそれでも大きく、見た目はまるで子供のお遊戯会だ。
困り顔で扉を開けると、ジェイミーはその珍妙な姿を見て、吹き出すように笑った。
「ふふっ、ねぇ、全然サイズが合ってないじゃない」
「これより小さいサイズが無いんですけど」
「あら、困ったわね。男性用はそれより小さいサイズはないみたい。特注なら用意できるかもしれないから、確認しておくわね。ちなみに女性用なら小さいサイズがすぐに用意できるわ。下はスカートだけど、着てみる?」
「……遠慮しておきます」
アルトは首を振って、コートの袖とスラックスの裾を捲り上げる。
当面はこれで我慢するしかないかと思ってふと顔を上げた時、部屋の隅に貼られた怪しげなお札が目に入った。
真っ赤なインクで書かれた判読不能の文字は、まるで血で描かれたようにさえ見える。
視線を奪われていると、それに気付いたジェイミーが無造作に剥がし、丸めて捨ててしまった。
「今の、何ですか?」
「……この部屋の住人はね、3年間で5人も殉職しているの。任務の中で術式師が亡くなることは珍しくないけれど、流石に不気味だからって寮の管理人が貼ったものでしょうね」
「いや事故物件だろ!?」
アルトは猫を被った口調も忘れ、声を裏返らせて叫ぶ。
実は、転生前のアルスフリートの頃から変わらず、幽霊の類は大の苦手だったのだ。
災魔は術式を撃てば倒せるが、幽霊はそうもいかないと、そんな理由である。
「チェンジで」
「他の部屋は空いてないのよ。それに、この部屋以外でも死んだ術式師の幽霊を見たって噂ならそこら中にあるわね」
「……」
「なんて、冗談冗談。そんなに怖かったらアタシの部屋に来る? アナタみたいに可愛い子なら大歓迎」
ジェイミーはニヤニヤ笑いながら、アルトを揶揄う。
しかし、部屋から出る間際、不意に足を止めると、顔つきを曇らせて呟いた。
陽が落ちて薄暗くなった廊下に、彼の影が不気味に伸びる。
「本当に恐ろしいのは幽霊でもない、災魔でもない……人間よ」
その言葉を聞いて、アルトは転生前に自分を殺した白鬼面の男を思い出す。
ジェイミーもまた、そういった経験があるのだろうか。
彼の過去は定かでないが、その声にはこれまでの軽薄さは微塵も感じられない。
「1つ、忠告してあげる。第七部隊でやっていくなら、あの男、ヴァラムに気をつけなさい」
「……どういうことですか?」
「危険なのよ、色んな意味で。詳しくは今度話してあげるわ。それじゃあ、また」
そう言い残して、ジェイミーは長い廊下を颯爽と歩き去って行った。




