Code:027 第七部隊②
ジュリアナがミーティングの終わりを告げると、部屋からメンバーたちが三々五々と退室していく。
アルトも立ち上がって部屋を出ようとした時、パトリックが何やら慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっといいかな? 大事な話が……」
「何ですか、パトリック先輩」
その声には切羽詰まった響きが混じっている。
額には汗が浮かび、落ち着かない様子だ。
不審げに眉を寄せていると、パトリックはアルトの耳元に顔を近付け、ぼそぼそと呟いた。
「頼みがある。皆の前では、僕に話を合わせてくれないか?」
「……話を合わせるって、何の事だよ?」
アルトも猫を被るのを止め、低いトーンの声で聞き返す。
「グリンベール村でのことさ。上位個体と戦った話について、僕と口裏を合わせてくれないか!? 頼む、一生のお願いだ……!」
「だから、何に口裏を合わせるかって聞いてるんだよ」
そんなひそひそ話をしていると、割って入るように新しい声が後ろから聞こえてきた。
「アルト君、もうパトリックくんと仲良くなれたみたいだね」
振り返ると、そこには第七部隊の副隊長・リノエラの姿があった。
その傍らには、別の気配も並んでいる。
「一緒に災魔に立ち向かった仲だもの。仲良くなるのも早いわよ、でも」
ジェイミーは長身を活かして二人を見下ろすように立ち、艶のある声で続けた。
「パトリックったら案外抜けているところがあるのよ。困ったことがあったら、遠慮なくアタシに相談に来なさい。それと、男子寮の案内も後でしてあげるわ」
「ありがとうございます、ジェイミー先輩」
彼もリノエラに次ぐ年長者であるからか、その言葉には年上の余裕と包容力が感じられた。
和やかな空気の中、リノエラが不意に尋ねる。
「そういえば、アルト君はいくつなんだっけ?」
「えっと、今年で16歳です」
「結構若いんだね、歳はクーレリカちゃんと一番近いのかな? クーレリカちゃんは確か、今年で15歳よね?」
リノエラの言葉に、クーレリカが一歩前に出る。
細身の体躯ながら、その佇まいには確かな芯が通っていた。
「はい。確かに歳はアルトさんより下ですが、これでもアカデミーを飛び級で卒業していますから、ちゃんとしたプロの術式師です」
基本的に術式師は15歳以上しかなれないが、特例として、アカデミーを飛び級で卒業した者はその時点で術式師のランクが与えられる。
そんな彼女は年齢以上の鋭さを湛えた瞳で、真っ直ぐにアルトを見据える。
「術式師としてのキャリアでは、私の方が先輩になります。ですから、それなりの敬意は払っていただきたいですね」
棘のある内容だが、小さな猫が必死に威嚇するような声音や仕草もあってむしろ可愛らしい印象しか与えてこない。
そんなことを思っていると、リノエラが手を口に当てながらこっそりと彼女の秘密を教えてくれた。
「これは内緒の話なんだけどね、クーレリカちゃんったら、ずっと後輩ができるのを楽しみにしていたの。今までずっと最年少で後輩だったから、寂しかったみたい。セティリアちゃんから歳の近い入隊希望者が来るかもって連絡があった時は、とっても嬉しそうな顔をしてたのよ?」
「リ、リノエラ先輩! 聞こえてますよ!? 全然内緒にしてないじゃないですかっ!? それに、私はただ、先輩としての威厳を示しているだけですからっ!」
顔を真っ赤にして首をぶんぶんと横に振るクーレリカだが、否定の言葉を口にしていないあたり、歓迎してくれているのは事実なのだろう。
「とにかくっ、私の方が先輩なんですからねっ!?」
「はい、よろしくお願いしますね、クーちゃん先輩」
「ク、クーちゃんって何ですかっ!? 敬意が全然足りてませんっ! クーレリカ先輩、ですっ、訂正してくださいっ!」
「ダメですか、ごめんなさい、クーちゃん先輩」
「もぉぉっっ!」
そのやりとりを見ていたパトリックも、思わず吹き出したように笑った。
「クーちゃん先輩って……ぷぷっ」
「パトリックさんも、ふざけないでくださいっ! ちょっと戦果を上げたからって、調子に乗りすぎですっ!」
「まあまあ、今回は調子に乗らせてあげてもいいじゃない。あのビビりのパトリックが上位個体をぎりぎりまで追い詰めたなんて、大戦果よ。正直言って、見直したわ」
「いえ、大戦果だなんてとんでもない、結局はセティリア隊長に助けてもらったわけですし……それに、プロの術式師として、災魔からアルト君を守るという使命がありましたから!」
「へぇ……そういう話になってるんだな」
「ひっ……!」
アルトが小さな声で呟くと、悲鳴のようにパトリックの声が裏返る。
どうやら、口裏を合わせてくれというのはこのことだったらしい。
冷や汗を浮かべた彼の横顔に、アルトは鋭い視線を投げかけた。
「ところで、アルトくんはグリンベール村から来たんだよね?」
話題が変わったことに、パトリックはホッとした表情を浮かべる。
この場で嘘を暴いて懲らしめてやろうかと思っていたアルトだが、話を振られるとすぐに猫を被った状態に戻り、相変わらずの愛想の良さで返事をした。
「はい。ヴェルキア北方の山間部にある、小さな村です」
「そっか、じゃあ、アカデミーには通ってないってことだよね? どうやって術式を学んだの?」
「えっと、少し前まで村に住んでいた退役術式師に教わったんです」
アルトは表情1つ変えずに嘘をつく。
とは言え、アカデミーに通う以外で術式の技法を身につける手段は退役術式師に教わるくらいしかないので、嘘がバレることはなかった。
「それは良い先生に恵まれたのね。あの厳しい司令官が直々に面接して合格を出すなんて、中々ないんだから」
「そうなの? どんな術式が使えるのか、今度見せて欲しいわね」
ジェイミーが興味津々な声で言うと、クーレリカも「私も見たいです」と食いつく。
アルトは照れくさそうに頭を掻いた。
その仕草は、計算されているとは思えないほど自然なものだった。
「いえ、まだまだ未熟者ですので」
「ふふっ、謙虚なんだね。だけど、自分の実力をちゃんと認めることも、術式師の技量のうちだよ?」
「そうですね、善処します」
しばらく話していると、ジェイミーが腕に装着されたDOCを確認して声を上げる。
「あら、もうこんな時間? そろそろ、次の任務の準備をしなくちゃね。アルト、後で寮の部屋の案内をするから、時間が空いたら声をかけて頂戴」
「私も、訓練に行かないと、なので」
「それじゃあ、ここで解散だね」
ジェイミーとクーレリカ、リノエラが立ち去り、残されたアルトとパトリックは、しばし無言で向かい合う。
静寂が流れる中、夕陽はさらに傾き、部屋の影が濃くなっていく。
「いやぁ、助かったよ! 意外と話が通じるじゃないか、君は!」
パトリックはほっとした表情で、調子づいたように笑う。
しかし、その瞬間、アルトの表情が一変した。
先ほどまでの愛らしさは影も形もなく、空気も凍りつくような緊張感が空間を支配する。
「黙っていてやる代わりに、今から俺が言うことを聞いてもらう」
「え……?」
突然の豹変に、パトリックは背筋を凍らせた。
まるで別人のような冷徹な雰囲気に、思わず後ずさる。
「な、何を……?」
「条件は2つだ」
アルトは指を2本立てて、淡々と告げる。
その瞳には、年齢に似合わない底知れぬ影が宿っていた。




