Code:026 第七部隊①
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執務室での会話を終えると、ジュリアナはアルトにミーティングルームへ向かうよう告げた。
メンバーの紹介もかねて、これからの活動について話があるという。
部屋から出ると、面接が終わるのを待っていたセティリアが顔を上げた。
「お疲れ様。面接、上手くいった?」
透明な硝子細工のような声。
その清冽な響きはアルトの記憶の中にある温かな声色と比べてまるで別人のようだ。
「はい。ジュリアナさんに、合格をもらえました」
「そう、良かった」
簡潔な会話を交わし、2人は並んで歩き始める。
やはり、セティリアの立ち姿からは、過去の面影を探すことはできない。
3年の時を経て、彼女は誰の目から見ても一人前の術式師として、そしてチームの隊長として成長を遂げているようだ。
アルトは複雑な思いを胸の奥深くに押し込めながら、その横顔を見つめる。
かつての教え子が立派に成長した姿は誇らしい事実であると同時に、悪い意味で変わってしまった部分に関しては、罪悪感を感じずにはいられなかった。
「聞いたかもしれないけれど、これからチームのミーティングがあるの」
不意に、セティリアが足を止めて振り向く。その表情には、僅かな感情の揺らぎが見える。
「みんな、優しい人たちだから。きっと、すぐに馴染めると思う」
その言葉の裏には、どこか自分に言い聞かせるような響きがあった。
アルトはそれを感じ取ってなお、黙って頷くしかなかった。
しばらく歩いて、2人はミーティングルームに入る。
そこには、これからアルトが所属することになる第七部隊のメンバーが勢揃いしていた。
執務室にいたはずのジュリアナも何故か腕を組んで待ち構えており、遅いと言わんばかりの表情でこちらを睨んでいる。
「さて、全員揃ったな。新人のことが気になるだろうが、まずは第七部隊の近況を整理しておこう」
ジュリアナは壁際に寄り掛かりながら、重い口調で語り始めた。
「この1年で、第七部隊からは複数名が離脱している。人手不足は深刻だ」
「離脱、というのは……」
「分かっているだろう? 術式師がいなくなるのは、災魔に喰われて死ぬか、身体か精神を病んで戦えなくなるかのどちらかだ」
冷たく突き放すような言葉。
しかし、その声には上の立場に立つ者としての痛みが混じっていた。
アルトは黙ってジュリアナの言葉に耳を傾ける。
これはかつての【フリューゲル】でも同じだった。
術式師という立場は、常に死と隣り合わせなのだ。
「流石にこのままでは任務の続行に支障をきたすのでな。そこで、新人の登場というわけだ」
ジュリアナに促され、アルトは一歩前に出ると、丁寧に一礼をした。
「アルト・ツヴァイラインと申します。本日より、第七部隊に配属となりました。よろしくお願いします」
「あ! さっきのかわいい子だー!」
早速反応したのは、先ほどエントランスホールで会った受付の少女・マリーだった。
「マリー、仕事中は静かにしなさいって言ってるでしょう?」
セティリアが呆れたように制すると、マリーは「えへへ」と照れくさそうに頭を掻く。
「では、お前たちにも自己紹介をしてもらおうか」
ジュリアナの声を合図に、最初に手を挙げたのは大人びた雰囲気を持つ栗毛の女性だった。
「それでは、私から。第七部隊の副隊長を務めるリノエラ・ウィンデミアです。よろしくね、アルトくん」
10代後半のメンバーが多い中で唯一の20代である彼女は、皆のお姉さん的な存在と言ったところだろうか。
その隣では、紫髪の美形な男性が優雅な仕草でウインクをした。
「ジェイミー・ヴァレリア・ブラッドリーよ。よろしく♪」
女性的な口調で話すジェイミーは、チームのムードメーカー的な存在であり、一見すると明るく華やかな性格に見える。
だが、その瞳の奥には何か深いものを秘めているようだった。
「クーレリカ・フォークロイスです。どうぞお見知りおきを」
ベレー帽を深く被り、淡いエメラルド色のツインテールが目を引く少女・クーレリカは、「ふんす!」と鼻息が聞こえてきそうなほどに堂々と胸を張ってアルトをじっと見つめる。
メンバーの中では最年少の15歳、その態度からは年相応の幼さを感じるが、彼女もまたプロの術式師であることに変わりはない。
「お初にお目にかかる、とは言えないかな。パトリック・ルイス・デ・ベルナールだ」
グリンベール村にて共闘した茶髪の青年・パトリックは、どこか謙虚な様子でアルトに頭を下げた。
アルトが目を合わせると、不自然に目線が泳いだのは気のせいだろうか?
そして、その隣では、顔立ちの整った黒髪の青年が軽く手を振っている。
「ヴァラム・ヘクトラーだ。仲良くやろうじゃないか、新人君」
いかにもチャラ男と言うべき雰囲気と態度。
陽キャラ特有の軽いノリを持つ一方で、アルトは彼から何か黒い影のようなものを感じ取っていた。
この男には何かあると、元ランクS術式師の嗅覚がそう告げている。
「……ミラフィス・フロレンシア。よろしく」
続いて、金髪ポニーテールの少女・ミラフィスは素っ気なく名乗った。
つり目で少し怒っているような表情が特徴の美人、というのが第一印象だ。
座っている位置も周りと少し距離を置いており、いわゆる一匹狼タイプなのだろう。
「改めまして、受付担当のマリー・サリエンテでーす!」
マリーは屈託のない笑顔で自己紹介すると、あざとい決めポーズを取った。
彼女もまた、術式の才能こそないもののギルドの受付と数多くの任務を管理する仕事をこなしており、後方支援役としてチームを支えている1人だ。
「セティリア・リュミエールだよ。一緒に頑張ろうね、アルト」
そして、16歳という若さで隊長を務める銀髪の少女・セティリア。
年少者が隊長を務めることはチームの不和を招くこともあるが、彼女の場合はそうではないようだ。
チームメンバーからの視線には、明らかに畏敬の念が混じっている。
その理由として大きなウエイトを占めるものは、やはり強さなのだろう。
グリンベール村で見た上位個体との戦いだけでも、他を圧倒する強さを持つことに疑いの余地はない。
「ジュリアナ・マグダレーナ・ド・アストリッド。第七から第九までの部隊の司令官を務めている。新人だからといって甘やかすことはしない。覚悟しておくように」
最後に自己紹介したジュリアナは、アルトに厳しい言葉を投げかける。
その口角は少し上がっており、「お前の企みは知っているんだぞ」と言わんばかりの圧を感じる。
これが普通の新人であれば、彼女の圧に屈して心が折れてしまっても不思議ではない。
事実、メンバーの中の数人は「大丈夫か?」と言いたげな視線をアルトに送ってくる。
しかし、当のアルトはニコニコとした表情を浮かべたまま、ジュリアナに微笑みを返した。
「やっぱりあの可愛さ、反則級じゃない……!?」
「ん、否定はしないけど」
「お持ち帰りしちゃいたいくらいだよねっ?」
「それはダメ」
「えーっ、セティリアちゃんのけちーっ!」
マリーとセティリアがこそこそと話していると、ジュリアナは鋭い視線を投げかける。その目付きに、2人は慌てて姿勢を正す。
「あら、大人気じゃない。嫉妬しちゃうわね」
ジェイミーが冗談めかして言うと、クーレリカが不満げな声を上げた。
「こほん、司令官の言う通り、甘やかしたらダメです。いいですか、アルトさん? 私は先輩として、厳しく指導しますからね?」
「あら、そう言って自分が面倒を見られちゃったりして」
「そんなことありませんっ!」
ジェイミーの言葉に、クーレリカは頬を膨らませる。
その仕草に、部屋の空気が和らいだ。
弛緩した雰囲気を引き戻すように、ジュリアナは一同へ釘を刺す。
「仲良くするのは結構だが、馴れ合いはほどほどにしておくことだ。明日、また同じメンバーが揃っているとは限らないのだからな」
それを聞いて、メンバーたちは一様に真剣な表情となった。
彼女の言うことは、決して間違っていない。
術式師の本分は災魔、もしくは魔導犯罪者と戦うこと。
いずれにせよ、死ぬ時はあっさりと死ぬ。
特定のメンバーに肩入れし過ぎれば、喪失の傷跡も深くなる。
前線に出ない司令官とはいえ元は歴戦の術式師、その痛みを最もよく知るのは、他ならぬ彼女自身なのだろう。
「アルト、しばらくの間、お前には指導役を付ける。最初の1ヶ月は、そうだな……ミラフィス、お前に任せよう」
「ウチが、ですか?」
「何か文句でも?」
「いえ、お任せください、司令官」
「よろしくお願いします、ミラフィス先輩」
「え……あ、うん、よろしく」
アルトが頭を下げると、ミラフィスはどこか気恥ずかしそうに目を逸らすのだった。
「では、ミーティングはここまでだ。解散」




