Code:025 ギルド【オルフェウス】②
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純白の大理石が敷き詰められたエントランスホールを抜け、アルトはセティリアの後に続いて階段を進んでいく。
ギルドメンバーは大半が任務中なのだろうか、建物の2階を横切る長い渡り廊下には人の気配がなく、2人の足音だけが静まり返った館内に響いていた。
しばらく歩くと、廊下の突き当たりに重々しい雰囲気の扉が現れる。
扉の前で足を止めたセティリアは、アルトの方へくるりと向き直った。
「頑張ってね、良い知らせを待ってるから」
「ありがとうございます、セティリア隊長。それじゃあ、行ってきます」
セティリアに見送られ、アルトは意を決して重厚な扉を叩く。
「入れ」という声に促されて執務室に足を踏み入れると、そこにはギルド全体の煌びやかな雰囲気と相反する飾り気のない光景が広がっていた。
壁一面に並ぶ本棚、中央に置かれた机と椅子。
モノトーンカラーの床と天井は部屋の主のストイックな精神性を表しているかのようだ。
そんな部屋の中、ジュリアナは腕組みをしたまま神妙な面持ちでアルトを見据えていた。
「世間話をしてやってもいいが、時間が惜しい。単刀直入に聞くぞ」
ジュリアナは鋭い口調で問う。
「貴様、何者だ?」
面接というよりも尋問に近い、ジュリアナの問いにアルトは軽く首を傾げる。
その態度はあくまでも落ち着いており、緊張の色は見せない。
ジュリアナは机の上の端末を操作すると、青く光る画面が浮かび上がった。
「データベースから経歴を調べさせてもらった。アルト・ツヴァイライン、辺境のグリンベール村へ3年前に引き取られた孤児。アカデミーに通った経歴はない、普通の子供。術式の才能を持ち合わせているだけの、正真正銘の素人――」
ジュリアナの声が執務室に響く。彼女は光を放つモニターから目を離すと、先鋭な眼差しをアルトへ向けた。
「そんな素人が攻略できるほど、災魔は、ましてや上位個体は生易しい相手じゃない」
尋問するような視線に晒されながら、アルトは内心で冷静に打算を巡らせていた。
この女は信用できるかまだ分からない。真実は隠しておくべきだ。
言葉を選びながら、慎重に切り出す。
「いえ、大したことはしていませんよ。僕はパトリックさんの手伝いをしただけです。事実、災魔の外殻を破壊したのは彼ですから」
年齢不相応な落ち着きを見せる態度と流暢な説明。
それが逆効果だったのか、ジュリアナの口元に冷笑が浮かぶ。
「残念ながら、彼はまだC2ランクだ。単独で上位個体と渡り合えるだけの実力はない。それに……」
引き出しから取り出された小型端末が、机上に置かれる。
「司令官の権限なら、隊員のDOCに記録されたデータは全て見ることができるんだよ。どんな戦闘が行われていたかも含めて、な」
ジュリアナはゆっくりと立ち上がると、威圧的な雰囲気を纏いながら歩み寄ってきた。
「最初の戦闘では、パトリックの術式は災魔に有効なダメージを与えられていなかった。しかし、貴様と合流した後の戦闘では、まるで別人が戦っているかのようにダメージ効率が向上し、災魔の外殻を破壊することに成功している。不思議なものだ、人間というものはそう短時間で成長するような生き物ではないのだがね」
「まあまあ、火事場の馬鹿力とも言いますし」
「とぼけるのはそのくらいにしておけ。貴様だろう、あの戦場を支配していたのは。貴様は上位個体の性質を読み切り、自らが前衛を務めることでパトリックを完全な固定砲台にした。だが、それを可能にするには、単騎で災魔の攻撃を捌きながら、正確に術式を被せ続けてヘイト管理をする必要がある。――はっきり言ってしまえば、神業の類だ」
ジュリアナの声にはる僅かな興奮が混じっていた。目の前の少年の正体を暴くことへの、歪んだ期待感のようなものが。
「力押しで上位個体を倒すことができる術式師なら珍しくもないが、純粋な技術で上位個体とやり合える者がどれだけいることか。そういった連中はな、私が知る限りではAランク以上の猛者しかいないんだよ」
アルトの目の前で立ち止まると、彼女は前屈みの姿勢になって目線を合わせ、再び問う。
「もう一度聞く。貴様は、何者だ?」
ジュリアナはアルトが普通の少年ではないことを確信しているようだった。
それならば、誤魔化し続けていても意味はない。
どのみち、リスクを負わなければ自らが望む情報は手に入らないのだ。
アルトは堪えた笑いを吹き出すように声を上げると、顔つきを一変させて言葉を返す。
「流石は元A3ランク、ジュリアナ・マグダレーナ・ド・アストリッド。いや、ラグネリア古戦場の英雄・《風剣の羅刹》と呼んだ方がいいか?」
術式師だった頃の二つ名を聞いた途端、ジュリアナの瞳が揺らぐ。
「本性を表したな、悪童め」
ジュリアナは身構えることもなく、むしろ打ち解けたような態度でアルトを見つめ返した。
白く整った顔立ちに、微かな笑みが浮かぶ。
「何の目的でここへ来た?」
「復讐のためだ」
アルトは深呼吸をして、ジュリアナを見据えながら、虚飾を織り交ぜた説明を始めた。
「俺はある男に術式の使い方を教えられ、災魔を屠る力を身につけた。だが、その男は3年前に死んだ。いや、殺されたんだ」
「まさか......《焔血王》か?」
アルトは答えなかったが、表情は何よりも雄弁に語っていた。
それを見て、ジュリアナの表情は一瞬で凍る。
彼女の脳裏には、3年前に起きた事件の記憶が蘇っていた。
当時はまだ現役の術式師であった彼女にとって、それらは全て他人事ではない。
ギルド【フリューゲル】襲撃事件と同日に出現した、山奥の廃村・ベレンダール跡地の顕現門。
まったくの予兆を示さない不自然な開門と、何故か近くに居合わせた【フリューゲル】の天才術式師。
単騎で無数の災魔を食い止め、最後は周囲一帯を巻き込む共鳴式にて自らの命もろとも敵を殲滅した伝説の終幕。
彼女にとっても不可解に思えた事件の顛末を知っているかのようなアルトの口ぶりに、ジュリアナは興味深そうな顔で尋ねた。
「貴様は、何を知っている?」
「その人が、ある男に殺されたことだけ。あとは何も分からない。だから、情報が欲しい。ギルドなら、魔導犯罪者の情報はいくらでも入ってくるだろ?」
「確かにそうだ。しかし、彼は災魔との戦いの中で命を落としたというのが通説だぞ? その言い方だと、まるで犯人が別にいると分かっているような口ぶりじゃないか」
「ああ、分かっているさ」
そう言って少し間を置き、その名前を口にした。
「《黒い鉤爪》」
「貴様……! なぜその名前を……!」
ジュリアナがかつての《黒い鉤爪》討伐メンバーに含まれていたことはアルスフリートとしての記憶から知っている。
その戦いで、多くの仲間を喪ったことも。
だが、彼女の反応はとうの昔に壊滅したはずの組織を思い出すようなものではない。
明らかに動揺した様子は、まるで現在進行形の脅威を突きつけられたかのようにさえ思える。
要求を通すなら、ここしかない。
チャンスとばかりに、アルトは堂々と言葉を続けた。
「奴らの正体を暴くための情報が欲しい。その対価と言っちゃなんだが、あんたのギルドで働いてやるよ。人手不足なんだろ? 望みとあらば、どいつだって潰してくるぜ? 災魔でも、魔導犯罪者でも」
ジュリアナは溜息まじりに頭を抱えた。
思い起こされるのは、3年前のある日の光景。
雨の降りしきる夜、創設したばかりのギルド【オルフェウス】の門を叩いた少女の姿。
打ち震える少女の瞳に宿った、凄まじいまでの復讐心。
師の敵を討つと言い張った少女もまた、その言葉を口にした。
――討つべき敵の名は、《黒い鉤爪》と。
「まったく、最近のガキは物騒だな……どいつもこいつも。だが、お前の言う通り、この業界はどこも人手不足でね」
ジュリアナは契約を交わした悪魔のような笑みを浮かべ、こう言った。
「死ぬ気で働いてもらうぞ、アルト・ツヴァイライン」




