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Code:024 ギルド【オルフェウス】①

 * * *


 最新型の飛行艇は、気を抜けば寝入ってしまうほど揺れが少なく快適だ。

 そう思いながら数時間が過ぎた頃、不意に窓の外に目をやると、風景が緑豊かな大自然から人工物に(あふ)れた街並みに変わっていることに気付いた。


 アルトは、否、アルスフリートとしての記憶は、この景色を知っている。

 

 魔導大国ヴェルキアでは最大級の都市・ルーネスハーベン。

 

 夕暮れの薄暗い蒼穹(そうきゅう)を照らすかのように無数の建物が光を反射し、まるで宝石を散りばめたような輝きを放っている。

 空からでは人の姿は小さな点にしか見えないが、相変わらず街路を行き交う人々の流れは活気に満ち、3年という時を経てなお、この街は変わらず生き続けているのだと実感させた。


「どうしたの、そんなに熱心に見つめて」


 背中越しにセティリアが声をかける。

 アルトは軽く目を細めて微笑(ほほえ)むと、どこか他人事のように答えた。


「いえ。ただ、都会の景色は綺麗だなって思って」


 心にもない言葉だった。

 アルトはここが綺麗なだけの街でないことをよく知っている。


「そっか……うん、そうだね」


 3年前のセティリアにこの光景を見せたのなら、何と言っただろうか。

 きっと、子供っぽくはしゃいで、喜んでくれたのではなかろうか。


 今の彼女はよく言えば大人びていて、悪く言えば無機質だ。

 成長したからこうなったというより、どこか心を閉ざして壁を作っているという方が適切に思える。

 

 誰に対しても親切で優しいが、誰に対しても興味がない、とっつきにくい優等生。

 それが、今のセティリアを見て思う印象だった。

 彼女をそうさせた原因が自分にあると考えるのは、自意識過剰だろうか。


 その真偽がどうあれ、アルトには謝罪する資格も、真実を話す資格もない。

 なぜなら彼は禁術という名の外法によってここにいる、在るべきでない存在だからだ。

 

 一度死んだ人間が今を生きる人間に迷惑をかけるようなことはあってはならないと、村を出発する前に決めていた。

 黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)の正体を突き止め、白鬼面の男に復讐を果たしたのなら、その後は人知れず表舞台から姿を消す。


 それが自身にできるせめてもの贖罪(しょくざい)だと信じて。


「お疲れ様、もうすぐ着くよ」

 

 飛行艇は(ゆる)やかな円を描きながら高度を下げ、真っ白な建物へと滑るように近づいていく。

 ギルド【オルフェウス】の正面には竪琴(たてごと)を象った気品ある紋章が掲げられ、政府公認の術式師(コーディアン)ギルドとしての威厳を静かに主張していた。

 かつてアルスフリートの名で活躍した【フリューゲル】、鋼鉄の居城とも称された本拠地と比べれば確かに小振りではあるが、新興ギルドならではの洗練された(たたず)まいが街の景観(けいかん)に溶け込み、端正(たんせい)な美しさを(たた)えている。


「ようこそ、ギルド【オルフェウス】へ」


 アルトはセティリアの後に続いて飛行艇から降りると、躊躇(ためら)うことなく本館の中へと足を踏み入れた。

 

 入ってすぐに目についたのは、(きら)びやかな装飾が施された広いエントランスホール。

 床に()き詰められた大理石の床面が蛍光を鏡のように反射し、まるで異世界の宮殿にでも迷い込んだかのような幻想的な空間がアルトを包み込む。


(「新興ギルドとは聞いていたが、儲かってるんだな、意外と」)


 かつて所属していたギルド【フリューゲル】と比べて明らかに金の掛かった建物の様子に少しばかり眉を(ひそ)めるアルト。

 その時、エントランスホールに甲高い声が響き渡り、慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。

 

「セティリアちゃーん!」


 受付のカウンターから飛び出してきたのは、亜麻色の髪を後ろで束ねた20歳くらいの女性だった。

 弾むような足取りで駆け寄ってくると、そのままの勢いでセティリアに向かって飛びついてくる。

 

「今は仕事中。用があるなら後にして、マリー」

「もー、セティリアちゃんったら冷たいー! バタバタと準備して急に出て行っちゃうんだから、心配して待ってたんだよ? それにしても……あら?」


 マリーと呼ばれた女性は、セティリアの隣に立つアルトを見つけると、その場で固まった。

 そして、次の瞬間、さらに一段階ギアを上げたかのような彼女の目が輝きだす。


「きゃーっ! かわいいーっ!」


 アルトが何かを言う間もなく、マリーは矢のような勢いで駆け寄ると、ぬいぐるみを抱くような仕草で彼を抱きしめた。


「……ぐむむむっ!」

「なになに、なんなのこの子はっ!? かわいすぎて犯罪級じゃない!? どこで拾ってきたの!? まさか誘拐(ゆうかい)!? ダメよセティリアちゃん……でもかわいいから許しますっ!」

「人聞きの悪いことを言わないで。彼はギルドの入隊希望者、これから司令官に会わせに行くの」


 セティリアが呆れたように言うと、マリーは「えー!」と驚きの声を上げる。

 アルトはその隙をついて拘束から逃れると、小動物のようなすばしっこい動きでセティリアの後ろに隠れる。


「ぷはぁっ……何なんですか、この人……」

「……まったくもう、そのくらいにしておいて、マリー。アルトが怖がってるじゃない」

「アルトくんって言うんだね……って、男の子!?」

 

 セティリアはアルトを(かば)うように右腕で制すると、マリーをジト目で睨む。

 それでも懲りずに「可愛い子が2人、ハッピーセットで眼福眼福♪」などと供述しているマリーはおそらく変態の部類に入る人間なのだろう。


 そんなやりとりをしていると、エントランスホールに重々しい足音が響いた。

 

「騒がしいと思えば、こんなところに集まって何をしている」


 冷徹な声に、マリーの動きが一瞬で止まる。

 それだけでなく、後ろで控えていたパトリックまでもが背筋を伸ばした。


「それだけサボる時間があるとは、受付は暇な仕事らしいな。せっかくなら、追加のタスクを増やしてやろうか?」

「あーめっちゃ忙しいでーす! 仕事仕事ーっ!」


 マリーは物凄い勢いで受付に戻ると、何食わぬ顔で業務を再開する。

 そして、アルトの視線の先には、黒の正装に身を包んだ女性が佇んでいた。


 腰まで伸ばした黒の長髪に、すらりとした体躯、凛とした雰囲気と同時に背筋を寒くさせるような威圧感を(はら)んだ鋭い眼光。

 その声には聞き覚えがある。グリンベール村における災魔(ハザード)との戦いで、DOC(ドック)越しに聞こえた声。


 パトリックが司令官と呼んでいた人物だ。


「この度の緊急任務はご苦労だったな、セティリア。それで、この子が?」

「はい、入隊希望の子です」

 

 司令官の女性はアルトをじっと見つめながら、ゆっくりと近づいてきた。

 その眼差しには、獲物を値踏(ねぶ)みする猟師のような鋭さが宿っている。


「初めまして、少年。私の名はジュリアナ、ギルド【オルフェウス】にて第七から第九部隊の司令官を務めている者だ」

「アルト・ツヴァイラインです。よろしくお願いします」

「思ったより若いな。いくつだ?」


 アルトはその問いに対し、ふと考えを巡らせた。

 転生した身体が何歳相当なのか正確な年齢は把握していない。

 術式師(コーディアン)としての年齢制限が15歳以上というルールを踏まえて、慎重に言葉を選んだ。


「今年で16になります」

「ほう」


 ジュリアナが目を細める。

 その表情には僅かな疑念が浮かんでいるようにも思え、脈拍が少し上がるのを感じた。

 彼女はアルトの目の前へ更に一歩近づくと、見下ろすような姿勢で声を落とした。


「ここは子供の遊び場じゃない。分かっているのか、少年?」


 威圧的な声音に、後ろで見ていたパトリックがブルリと身を震わせる。

 けれども、当のアルトは一切の動揺も見せず、瞬きすらしない。


術式師(コーディアン)という仕事はな、こういうものだ」


 ジュリアナは右手を広げて素早く術式短剣(ダガーコード)を形作り、流れるような動きでアルトの首元へと突きつける。


「こんなふうに、簡単に死ぬ」


 鋭利な刃が、アルトの肌に(わず)かに触れ、一雫(ひとしずく)の赤い液体が首筋を伝う。

 後ろで見ていたパトリックは何もできず、顔を青ざめさせたまま硬直していた。

 マリーも両手で顔を覆い、息を()む。

 セティリアは慌ててそれを止めようとするが――


「分かっています」


 アルトの声は、驚くほど冷静だった。

 彼は刃を向けられながらも、ジュリアナの目をまっすぐに見つめ返す。

 その眼差しには、年齢不相応なただならぬ覚悟が宿っていた。


「それを承知で、ここに来ました」


 ジュリアナの眉が僅かに動く。

 しかし、次の言葉が発せられる前に、セティリアが二人の間に割って入った。


「やりすぎです、司令官」

「冗談だよ、冗談」


 セティリアはマリーがセクハラ的な狼藉(ろうぜき)を働いた先程と違って、明確に不機嫌そうな表情を浮かべている。

 ジュリアナは術式(コード)を解除して肩をすくめると、やれやれといった様子で頭を掻いた。


「アルトと言ったな? 大した度胸だ、気に入った。この後、執務室へ来るがいい。私が直々に、面接をしてやろう」


 そう告げて踵を返したジュリアナは、静かに廊下の奥へと消えていった。

 その後ろ姿を見送りながら、パトリックは小声でアルトに囁いた。


「凄いな、君は。あの鬼の司令官様が怖くないのか?」

「いや、全然」


 アルトは軽く返事をしたが、心の中では別の感想を抱いていた。


(「昔の俺の師匠に比べりゃ、怖くもねぇよ」)


 思い起こされるのは、かつて所属していたギルド【フリューゲル】での日々。

 3年前のギルド襲撃事件後、アルトの師匠であるディアーナは未だ行方不明となったままだ。


 そして、行方不明になったのは彼女だけではない。

 グリンベール村で読んだ新聞では、複数の【フリューゲル】所属隊員が行方を(くら)ましたとの情報が記されていた。

 

 殺されたか、連れ去られたか、裏切ったのか、それとも最初から奴らの手先だったのか。

 いずれにせよ、答えは先に進まなければ手に入らない。


 一方、執務室へ戻る途中のジュリアナは、先ほどの一件を思い返していた。

 アルトに刃を突きつけた時、彼の目に宿った異様な殺気。

 反骨心を全面に押し出して蛮勇(ばんゆう)を振るう若者にありがちな、ただ怒り荒ぶるだけの殺気とは質がまるで違う。


 恐怖を知り、勝利を知り、幾度(いくたび)の修羅場を潜り抜けた上で自己が何たるかを理解した者が発する、底知れぬ覇気を(まと)った気迫。

 間違っても、16やそこらの素人の小僧に扱えるものではない。


「気のせい、ではないな」


 ジュリアナは静かに呟くと、執務室のドアに手をかけた。面接という名目で、彼の正体を暴いてやろうという企みを胸に秘めて。

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