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Code:022 魔鏖の紅彩《ヴァロル・ルージュ》

 アルトの意識は、(またた)く間に過去へと引き戻された。

 転生前、アルスフリートという存在が生きていた頃。

 (おび)えるような目つきでいつも自分の後ろに隠れていた幼い少女の幻影が、脳裏をよぎる。

 

 「おにいちゃん、怖いよ」と袖を掴んでは涙を浮かべていた日々。

 アカデミーでは災魔(ハザード)どころか同級生の術式(コード)に怯え、才能こそあれどまともに戦うことができなかった姿。


 そして、白鬼面の男との戦いの末、不意に訪れた最期の別れ。泣き喚く彼女の悲痛な表情。

 すべての記憶が走馬灯(そうまとう)のように駆け抜け、目の前に立つ凛々しい姿にゆっくりと重なり合う。

 

「セティ……なのか?」

 

 思わず漏れた声に、自分でも気付かないほどの感情が込められていた。

 

 時の流れは残酷なまでに現実を変えていく。

 幼さの中にも気高さを感じさせる横顔、凜とした佇まい、術式師(コーディアン)としての確かな存在感。

 かつての教え子は、もはや守るべき存在ではない。


Initialize(イニシャライズ): |Magus Eye Systemメイガス・アイ・システム

 

 DOC(ドック)の機械音声が、アルトの追憶を現実へと引き戻す。

 セティリアの眼帯から放たれる光が強さを増し、幾何学的な紋様が空気中に浮かび上がる。

 

 機械の無機質な音声が戦場に響く中、セティリアの周囲で魔導粒子(マギオン)が渦を巻き始めた。

 それは彼女に従うかのように、幾重(いくえ)にも連なる光の輪を形作っていく。

 

 かつて制御すらままならなかった力を、今や完璧に使いこなしているその姿に、アルトは言葉を失った。

 

『Counter: 10(ディス)――詠唱準備(アクチュエート)

 

 カウントダウンが始まった直後、凄まじい魔導粒子(マギオン)の収束に反応して災魔(ハザード)の動きが一変する。

 

 これまでアルトに向けられていた殺意の矛先が、セティリアへと変わった。

 

 暴走した獣のような唸り声を上げ、内殻を剥き出しにした漆黒の体躯が地を震わせる。

 

『Counter: 9(ヌフ)――励起開始(クランクアップ)

 

 セティリアの両側で、青白い光を帯びた幾何学的(きかがくてき)な模様にエネルギーが収束し、心臓が脈打つように空気を通して鼓動を刻む。

 

 それは彼女の力を増幅させ、術式(コード)の威力を何倍にも高める舞台装置だ。


『Counter: 8(ユイット)――個体識別完了(リコグニッション)

 

 災魔(ハザード)が低く構え、剛腕に握られた砂塵の剣を振りかざす。

 地面を抉るような轟音と共に、巨体が一気に加速した。

 

『Counter: 7(セット)――回路接続(エンゲージ)

 

 アルトは思わず前に出ようとする。

 しかし、酷使してきた身体は十分に言うことを聞かない。

 全身の傷が悲鳴を上げ、視界が揺らめく。それでも必死に声を絞り出す。

 

「セティ! 危ない!」


 その声は、災魔(ハザード)が地面を踏み鳴らす音に掻き消され、少女の耳には届かない。

 

『Counter: 6(スィス)――術式干渉領域、確立(ビルドジャンクション)

 

 アルトの警告も虚しく、セティリアは一切の動きを見せない。

 むしろ、彼女の周りの空間そのものが歪み始めているように見える。

 

 災魔(ハザード)が暴走してそうなった時と同じように、魔導粒子(マギオン)の濃度が限界を超え、現実の物理法則が()じ曲がっていくような錯覚を覚える。

 

『Counter: 5(サンク)――出力、25%(アンカール)

 

 轟音が大地を揺らし、災魔(ハザード)の突進がさらに加速する。

 数トンはあろうかという巨躯(きょく)が一瞬で間合いを詰め、襲いかかった。

 

『Counter: 4(カトル)――出力、50%(ラモワティエ)

 

 巨大な砂塵の剣が空を切り裂き、セティリアの真上まで振り上げられる。

 アルトは全身の傷が悲鳴を上げるのも構わず、セティリアの下へと駆け出そうとした。

 

『Counter: 3(トロワ)――出力、100%(サンティエーム)

 

 災魔(ハザード)は砂塵の剣を振り下ろしにかかっており、セティリアが立っているのはその軌道の先。

 このままでは、数秒後に確実な死が訪れるだろう。

 

 しかし、全く動じないその立ち姿には、戦場を支配しているような風格が漂っている。

 

『Counter: 2(ドゥー)――限定解除(リベラツィオン)

 

 セティリアの左手がゆっくりと左目に伸びる。

 ()でるように手のひらを滑らせると、連動するように機械式眼帯の(しぼ)りが開かれ、隠れていた左目が解放された。

 

 透明なモノクルに映るのは、かつては呪いとして恐れられた、真紅色に染まる(あや)しくも美しい魔眼。

 

『Counter: 1(アン)――術式展開(プログレッション)


 間髪入れずに、砂塵の剣が振り下ろされる。

 風を切る勢いに前髪が勢いよく後ろに跳ね上がる。

 

 セティリアは静かに、しかし確かな意思を込めて、自らの魔眼に秘められた名を詠唱した。

 

『Counter: 0(ゼロ)――執行せよ(エクスキュート)

 

「――《魔鏖の紅彩(ヴァロル・ルージュ)》」

 

 世界が停止したかのような静寂が訪れる。

 吹き荒んでいた風が止まり、音が消え、振り上げられた砂塵の剣を含む災魔(ハザード)の全ての動きが完全に停止した。


 その光景は、まるで時間そのものが凍り付いたかのようだった。

 アルトとパトリックが言葉を失う中、セティリアはゆっくりと振り返る。

 

 魔眼を覆う眼帯の絞りは、既に閉じられていた。

 

「さようなら」

 

 その言葉の余韻(よいん)が消えない内に、セティリアの背後で凄まじい勢いの爆発が起こる。

 

 彼女が行使した魔眼の力は、災魔(ハザード)の体内に宿る大量の魔導粒子(マギオン)を連鎖的に反応させることで、構造を内部から崩壊させるという類を見ない代物だった。

 

 上位個体といえども、この強烈な一撃の前では成す術がない。

 射程範囲に入ってしまえば最後、内殻も中心核も粉々に砕け散り、災魔(ハザード)魔導粒子(マギオン)の煙と化して消えていった。

 

「立てる?」


 セティリアはアルトの目の前までやってくると、ゆっくりとその小さな手を差し出した。

 今し方恐るべき災魔(ハザード)を倒した凄腕とは思えない遠慮がちな仕草には、不思議と昔日(せきじつ)の愛らしさが垣間見える。

 

 アルトはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 すると、これまで表情を変えなかった彼女の顔に、(わず)かな笑みが浮かんだ。

 

「もう、大丈夫だよ」

 

 鈴を転がすような懐かしい声色に、アルトの胸が締め付けられる。

 目の前に立つ少女がかつての教え子であることに、疑いの余地はない。

 

 身長は3年で少し伸びただろうか、転生によってアルトの身長が小さくなってしまったことで、今では並べば姉と弟にさえ見えるだろう。

 

 表情からはかつての甘さはだいぶ抜けて、大人びた雰囲気を醸し出している。精巧な人形のように整った顔立ちは3年の時を経てさらに磨かれて、その美貌(びぼう)はそこにいるだけで周囲の目線を一手に惹きつけるほどだ。

 

 父親が娘の成長を見守るように、しばらくその姿をじっと見つめていると、セティリアは不意に口を開いて感心したようにこう言った。

 

「すごいね、上位個体を相手にここまで戦えるなんて」

 

 続けて、少し首を(かし)げて問いかける。

 

「あなたの名前は?」

 

 アルトは一瞬、言葉に詰まる。

 全てを話したいという気持ちが、濁流(だくりゅう)のように心の内から押し寄せる。

 

 けれども、今の状況で全てを話しても、信じてもらえるとは思えない。

 アルトは感情を押し殺して、一言答えた。

 

「アルト、です」

 

 その名前を聞いた瞬間、セティリアの眉間(みけん)が一瞬だけ動く。

 彼女は表情を変えないまま、優しく微笑んだ。

 

「いい名前だね」

 

 アルトは他人行儀に軽く会釈(えしゃく)を返した。

 教え子がここまで成長したという誇らしさと、自分はもう彼女の師匠でも何でもないという事実に対する寂しさを、胸の奥に隠しながら。


「セティリア隊長、申し訳ありません……僕の力不足です……」

 

 しばらく経つと、後方で待機していたパトリックが駆け寄ってくる。

 顔を青くして謝罪の言葉を口にしようとする彼を、セティリアは軽く手を上げて制した。

 

「お疲れ様。経緯は後で説明してもらうけど、とりあえず無事でよかった。怪我はない?」

「僕は大丈夫ですが、彼の怪我が心配です。一刻も早く手当てを」

「そうだね。飛行艇を降下させるから、誘導をお願い」

「承知しました!」

 

 優しくも芯の強い声音に、パトリックは背筋を正して力強く(うなず)き、飛行艇を誘導するべく手を振り上げて走って行く。

 

 かつてセティリアをいじめていた悪ガキの面影はなく、すっかり実力差を弁えた姿に、アルトは静かに笑いを堪えるのだった。

【第1章-②完結:あとがき】


 ここまでお読み頂きありがとうございます!

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 第1部完結(250話予定)までノンストップで毎日投稿しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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