Code:020 上位個体・金剛種《アダマント》②
「君は……いったい……」
本性を表したような態度を見せるアルトに気圧されたのか、パトリックは状況が飲み込めないと言わんばかりの表情で呆然としている。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと、彼の言葉を否定するように声を荒げた。
「いや、冗談じゃない! 上位個体を倒すだって?」
パトリックは壁に寄りかかったまま、疲れ切った表情で首を横に振った。
薄暗い空間に差し込む僅かな光が、彼の青ざめた顔を不気味に照らしている。
「君だって見たはずだ。あいつには術式をどれだけ食らわせても、まともにダメージを与えられないんだぞ!?」
「そんなことはない。あんたの術式は奴にダメージを与えていたよ。問題は、ダメージの量が奴の回復速度に追いついていなかったことだ」
アルトは先生が生徒に指導するように、確信を持ってそう告げる。
パトリックは納得がいかないようで、ムキになって反論してきた。
「馬鹿な、僕だって、これまでに災魔は何体も倒してきているんだ! そんな回復力を持つ災魔なんて……」
「それが、上位個体だ」
「くっ……結局、倒せないことに代わりはないだろう」
「ははっ、自信家のように見えて、随分とネガティブじゃねぇか」
諦めの色が濃い言葉を聞いて、アルトは思わず吹き出したように笑った。
パトリックの眉間に深い皺が寄るが、アルトはそのまま言葉を続ける。
「言っておくが、これはあんたにとって千載一遇のチャンスなんだぜ?」
「ふざけるな! この絶望的な状況で、何がチャンスだ!」
「いいや、考えてもみろ。もし、この状況であの災魔を倒すことができたとしたら、ギルドの上層部はどう判断すると思う? 俺たち2人で協力したとしても、術式師でもないガキなんぞ討伐メンバーにすらカウントされない。つまり──」
アルトは言葉を区切り、表情の変化を確認するように一瞬の間を置く。
「あんたが実質的に1人で上位個体を倒したってことになる。ギルドでの評価は確実に上がるし、ランクアップだって夢じゃない。こんな絶好のチャンス、喜んで飛びつくところじゃないのかよ?」
パトリックの瞳が大きく揺れる。
未だ不安や恐怖を捨てきれないのか、彼に立ち上がる素振りはない。
「まあいい。足が竦んで動けないなら、邪魔なだけだ。俺が1人でやるから、あんたはそこで大人しくしていろ」
決心がつかない様子のパトリックを見て、アルトは諦めたように背を向けた。
洞穴から出ようとしたところで、その手首は後ろから掴んで引き止められる。
「待て! 君は本気で言ってるのか? 勝算はあるのか? 怖くないのか?」
「……術式師の仕事はただ災魔を倒す、それだけだろう?」
振り返ることなく投げかけられた言葉に、パトリックは絶句する。
アルトの背中から漂う異質な気配に、思わず背筋が凍る。
その佇まいは、未熟で可愛らしい少年のものとは思えなかった。
まるで、幾度となく死線を潜り抜けてきた古強者のような威厳すら感じられるほどだ。
その時、突如として大地を踏みしめる振動が洞穴を揺らした。
岩壁から小石が落ち、不吉な音を立てて転がる。
災魔が魔導粒子の気配を頼りにここまで追いかけてきたのだ。
もはや選択の余地はない。パトリックは咄嗟にアルトの後を追って外へ出る。
「覚悟は決まったか?」
「どうやって、あの災魔を倒すつもりだ?」
「まずは奴と十分な距離が取れる広い場所が必要だ。そうだな、さっきまであんたが戦っていた場所でいい。DOCの通信機能をオンにしておけ、詳しい作戦は走りながらだ」
2人は背後に災魔の気配を感じつつ、目的地に向かって走る。
アルトはその途中で、冷静に作戦を説明し始めた。
その一言一言に、パトリックは思わず息を呑む。
荒唐無稽に思える作戦だが、実現できたのならば勝てる見込みは限りなく高い。
プロのセオリーからは外れているが、少なくとも素人が考えつくような作戦ではない。
いったいこの少年は何者なのだろうかと思案を巡らせているうちに、2人は目的地に辿り着いた。
遅れて、災魔の重い足音が着実に近づいてくる。
地面を伝う振動が、次第に大きくなっていく。
パトリックの表情には、まだ幾許か不安の色が残っていた。
「本当に、この作戦で勝てるのか?」
「俺を信じろ」
アルトは振り返り、不敵に笑う。そして──
「行くぞ、パトリック」
「……くそっ、やってやるよ!」
「「術式駆動!」」
金属を破砕したような轟音と共に、災魔が姿を現す。
黒と白の外殻は陽射しを反射して不気味に輝き、その巨体が放つ存在感は強烈に戦場を支配する。
対して、2人はアルトは前方へ、パトリックは後方へと素早く移動してフォーメーションを組んだ。
戦いの第2ラウンドが、始まろうとしていた。
* * *
「災魔の外殻の回復は、個体に特有の周期で断続的に発生する。だが、回復のタイミング、いわゆる“チェックポイント“までに一定のダメージを与えていれば、そのチェックポイントでの回復力は大幅に減衰するんだよ。逆に言えば、チェックポイントを見逃せばあっという間に回復される。要するに、あんたがさっき災魔に与えたダメージは、接近されてからポジションを取り直す時間でほとんど帳消しになっていたってことさ」
「……馬鹿にするな、そのくらいは知っている」
「それなら話は早い。相手は上位個体とはいえ災魔には変わりないんだ。回復までの周期が異様に早いだけで、不死身じゃない」
「つまり、どういうことだ?」
「攻撃し続ければいい。簡単な話だろ?」
「それができれば苦労はしないんだよ! こちらはちょっとでも捕まれば、それだけでお陀仏なんだぞ?」
「……攻撃し続ける方法が、あると言ったら?」
「……え?」
* * *
災魔は目の前に現れたアルトを狙い、無数の刃が付いた腕を振り上げた。
パトリックはその後方で狙いを定め、全神経を集中させて術式を放つタイミングを窺っている。
「今だ!」
「……《ヒュドールレイン》!」
大地を踏み鳴らしながら、災魔が剛腕を振り下ろす。
アルトは素早いバックステップでそれを躱すと、その瞬間を狙っていたかのように放たれた青い光を纏う水の術式弾が放物線を描いて災魔を強襲した。
(「これでいい、作戦通りだ……!」)
外殻に着弾した術式弾により魔導粒子の煙が噴き上がり、激しい炸裂音が響く。
とはいえ、ここまでは先ほどの攻防と大差ない。
少しばかりダメージを負わせても、攻撃の手を緩めればあっという間に回復されてしまう。
だが、これはアルトの作戦だった。
* * *
「災魔が人間を狙う時には、いくつかの法則がある。例えば、近接特化型の災魔は自分の射程範囲外から術式を食らった時、目の前の獲物を無視してでもそいつを狙いに行くんだ」
「確かに、混戦の中でも的確に後衛を狙ってくる災魔がいるって、聞いたことがある」
「今回の相手もそのタイプ。後ろからチマチマと削ろうとすれば、一瞬でヘイトを買うだろうな」
「……接近戦を仕掛けろってことか? 僕はそういう戦い方は苦手なんだよ」
「いや、そんなことは言っていないさ。むしろ逆、あんたには後ろから、ひたすらに術式を撃ち続けてもらう」
「どうやって!? それだと狙われるって、君が言ったんじゃないか!」
「そう焦るなって。それを可能にする方法があるんだよ、パトリック」
* * *
術式弾が直撃した災魔だが、その狙いの矛先は変わっていない。
遠くで次なる弾を発射しようと構えるパトリックなど眼中にない、否、気付いていないとでも言わんばかりに、剛腕を振り回して目の前のアルトを攻撃し続ける。
「本当に、言った通りだ……!」
パトリックは驚きを隠せない表情でそう呟いた。
アルトがしたことは、何も派手な戦術などではない。
それを確かめるかのように、再び弾を放つ。
放物線を描き、頭上から災魔へ。
その瞬間に合わせるように、災魔の鈍重な攻撃を避け続けていたアルトは左手を翳して術式弾を発射した。
(「俺だけ見ていろ、デカブツ野郎!」)
基幹式と呼ばれる無詠唱の術式は詠唱を行う昇華式や共鳴式と比べて威力が激減することからダメージは期待できないが、魔導粒子を組み立てるプロセスを大幅に省略できることから構築速度は極めて早い。
ギリギリまで引きつけて放ったアルトの基幹式とパトリックの昇華式《ヒュドールレイン》が同時に炸裂し、災魔がよろめく。
そのフォーカスは引き続き、アルトへと向かっている。
「これなら、勝てる……っ!」
自身の射程範囲外からの攻撃に反応する災魔の性質を打ち消す唯一の方法、それは、同じタイミングで同じ場所に別の術式を撃ち込むことだ。
他者が放った術式に合わせて自分の術式を正確に当てることは極めて難易度が高く、コンマ数秒のズレでも失敗することからあまり推奨されていない戦術ではあるが、元ランクSの術式師にとっては造作もない。
(「力は落ちたが……技術までは落ちてないぜ?」)
それに、至近距離の戦闘は危険ではあるものの、鈍重な災魔の攻撃をただ避けるだけならば決して難しくはない。
この連携が成立している限りは、パトリックは狙われることなく攻撃のみに集中することができ、チェックポイントを潰しながらダメージを蓄積させられる。
いくら上位個体が強いとはいえ、このままダメージを与え続ければ力尽きるのは時間の問題だろう。
「僕が……僕が上位個体を、倒せるんだ!」
パトリックの声に力が戻る。
《ヒュドールレイン》が次々と災魔を捉え、一撃ごとに確実にダメージとなって蓄積されていく。
チェックポイントを潰されたことで回復することもできず、やがて黒白の外殻に細かなヒビが走り始める。
戦いは、着実にアルトの描いた結末へと近づいていた。
パトリックは既に勝利を確信したかのように、余裕の笑みさえ浮かべている。
一方で、アルトは口を真一文字に結んだまま油断している様子はない。
囮としてのポジションゆえに、気が抜けないという理由もあっただろう。
けれども、それ以上に、彼はこの後に起こるであろう出来事を転生前の経験から知っている。
上位個体が上位として分類されている、その所以を。




