Code:018 術式師《コーディアン》②
グリンベール村の出入り口には人だかりができていた。
きっと、パトリックに災魔討伐の希望を託し、見送りでもしていたのだろう。
アルトは人目を避けるように裏手のルートへと足を向けた。
そして、誰にも気づかれないよう静かに山道へと抜け出そうとした時、鋭い声が彼の足を止めさせた。
「アルト、どこへ行くつもりだ?」
振り返った先に映ったのは、村の見張りをするレスターの姿だった。
災魔の攻撃で木に叩きつけられた時に負った怪我なのか、三角巾で腕を吊っている様子は見るからに痛々しい。
けれども、彼の目は他の村人のように災魔への恐怖に染まっておらず、強い意志を宿しているように感じられる。
その眼差しは、まるで子供の隠し事を暴こうとするかのようだった。
「ちょっと散歩に……」
軽い調子を装って誤魔化そうとしたが、レスターの冷徹な視線の前で言葉は途切れる。
子供じみた嘘は通用しない、それだけはすぐに分かった。
「災魔と戦うつもりだろう?」
その問いに、アルトは推し黙る。
自分に術式の才能があることは、かねてより隠していたわけではない。
けれども、素人同然の子供が一時的にとはいえ災魔の動きを止めるほどの術式を組み上げることなど、普通に考えればあり得ないことだ。
「記憶が戻ったのか?」
レスターの声には確信に近いものがあった。
彼は都会のアカデミーで学んでいた頃のコネで、術式師の知り合いも多い。
それゆえ、プロと素人の間にある壁がどのくらい高いかは、身をもって知っている。
災魔を前にして瞬く間に術式を組み上げ、精密な制御で動く標的に確実に命中させること、そしてそもそも、災魔の動きを止めるほどの術式を扱えていること、どの側面から見ても、プロの術式師顔負け、いや、それ以上だ。
アルトの心が揺れる。全てを打ち明けてしまおうかという衝動が、胸の内で渦を巻く。
しかし、今の自分は禁術による転生者だ。
漏らした真相が徐々に広がって当局に捕捉されるようなことがあれば、自分が魔導犯罪者として刑罰を受けるだけでなく、自分を匿ったとして村人たちにも罪が着せられる可能性も否定できない。
「記憶は……まだ戻っていません。でも、実はレスターさんにも村のみんなにも、内緒にしていたことがあるんです」
「内緒にしていたこと?」
「はい。僕は、術式師になりたいんです。せっかく術式の才能があるんだから、術式師になって、ここまで育ててくれたみんなに恩返しがしたい。だから、みんなに内緒で、ずっと術式の練習をしていたんです。昨日のは、その成果、といったところでしょうか」
その言葉を聞いて、レスターは驚いたような、感心したような表情を浮かべ、「そうか」と一言呟いた。
それは、嘘を見抜きながら、敢えて踏み込まないという優しさであるようにも感じられた。
「……まったく、君らしいな」
レスターはかすかに笑うと、懐から小さな包みを取り出し、アルトに手渡した。
「これを、プレゼントしよう」
「僕に?」
「忘れたのかい? 今日は、君がこの村を訪れてから丁度3年目。記憶が戻らなかったら、この日を誕生日にするって決めていただろう?」
「ああ、すっかり忘れていました。ありがとう、レスターさん」
アルトは礼を言って包みを解く。
そこには、カバーの付いた腕時計型デバイスが入っていた。洗練されたフォルムは、限られた工房でしか作れない高度な技術の結晶であることを思わせる。
シルバーの外装には幾何学的な紋様が刻まれ、カバーの中にある液晶の画面からは淡い青色の光が輝く。
それはまるで、機械の中に生命が宿っているかのような存在感だ。
「これは最新型の術式補助デバイス、通称“DOC”と呼ばれているものだ。Device for Operating Code、頭文字を略してDOC。昔のコネで入手した物だが、本来なら軍や大手ギルドにしか流通しない代物さ」
アルトはデバイスを手に取り、その洗練された作りに目を細める。
本体は軽量だが頑丈な合金で作られており、バンド部分には魔導粒子を効率的に伝導する特殊な素材が編み込まれている。
「このDOCは内蔵された演算器が術者の魔導回路と直接同期し、魔導粒子の形状記憶によって術式の構築を強力にサポートするんだ。上手く使いこなせば、災魔が相手でも互角以上に渡り合えるはずだ。早速、使い方を教えよう」
レスターが手順を説明し始める。彼の横顔に、教師のような厳かさが漂う。
「まず、右側のセンサーに触れてスイッチを入れる。次回の起動からは音声認識でも可能だ。認証が完了したら、パネルを操作して魔導回路と同期させる。準備ができたら、普段通りに魔導回路を励起させてみるんだ」
「はい、やってみます」
『サーキット解放──《エンゲージ》』
静寂を切り裂いたのは冷たい機械音声。
デバイスが放つ特殊な周波数の振動が魔導回路の活性を促進させ、体内を巡る魔導粒子の流量が最適化されていく。
『魔導粒子の解析を開始。収束率、70%。最適解を算出中』
「これは……!」
『術式構築のシークエンスを起動。理論値への補正を開始ーー完了しました』
一連のプロセスと連動するように、アルトの表情が明確に変わった。
外部からの支援によってこれほどスムーズで的確な魔導回路制御が実現できることの恩恵は言うまでもなく大きい。
(「俺が現役の時に使っていたものと比べても、かなり性能が上がっているみたいだな。3年……短いようで、技術の進歩はあっという間、か」)
かつてランクS術式師として無数の術式を駆使してきた彼だからこそ、有用性は身に染みて理解できる。
この最新型デバイスを用いれば術式の構築にかかる負担は大幅に軽減され、より複雑な術式の組み立ても容易にできるだろう。
「すごいですね、最新の技術は」
「気に入ってくれたようで何よりだ」
「それじゃあ、僕はそろそろ行きます」
「止めても聞かないんだろう?」
「えへへ、バレてました?」
レスターに見送られながら、アルトは静かに山道へと足を進めた。
山道を覆う霧は晴れており、視界は昨日と比べてだいぶ良好だ。深く息を吸い込むと、森の独特な香りが鼻腔を満たし、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。
耳を澄ませば、遠くで鳥たちが不穏な鳴き声を上げているのが聞こえた。
災魔がいると分かっているからかもしれないが、それはまるでこの森に潜む危険を告げる警鐘のように感じられる。
(「別に興味はねぇが……死ぬなよ、パトリック」)
そう心の中で呟きながら、アルトは頭の中に先行する若き術式師の姿を思い浮かべた。
あの自信満々の態度は、実際の災魔の前でどこまで通用するのか。
おそらく、その答えはわざわざ言うまでもない。
しかし、だからこそ見捨てることはできない。
未熟な術式師が、己の限界も知らずに突っ走る──そんな、大昔の自分を想起させるような幻影に思いを馳せながら、アルトは山道を奥へ奥へと突き進んでいく。




