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Code:016 転生の代償

 グリンベール村は不安な一夜を越え、新たな日を迎えていた。

 村人たちは一晩中交代で見張りを続け、疲れた表情で空を仰ぐ。

 幸いにも夜陰に紛れた災魔(ハザード)の襲撃はなかったものの、安堵の色は誰の顔にも浮かばない。


 それもそのはず、彼らは知っている──これは嵐の前の静けさに過ぎないということを。

 一度でも災魔(ハザード)の索敵範囲に入ってしまえば、もはや逃れる術はない。

 人間特有の魔導粒子(マギオン)を察知する怪物は、獲物を見つけるまで決して諦めることはないのだから。

 

 村人たちに残された希望があるとすれば、それは救援要請に応じて派遣される術式師(コーディアン)の到着を待つことだけ。

 彼らは祈るような思いで、朝もやの向こうに救いの影を探していた。

 その時、村の静寂を引き裂くように、診療所から悲鳴が響き渡った。


「うわあぁぁっ!」


 ベッドから飛び起きたアルトは、無数の包帯で巻かれた自身の体を呆然と見つめていた。

 頭の中では2つの人格が激しく衝突し、混濁した記憶が渦を巻いている。

 村で過ごした穏やかな日々の記憶と、かつて最強の術式師(コーディアン)として戦場を駆け抜けた記憶が、まるで光と影のように交錯していた。

 

「これは……一体……」


 混乱に身を任せたまま、アルトは足を引きずるようにして部屋の中を彷徨い始める。

 やがて、部屋の隅に置かれた姿見の前で足を止めた時、彼の瞳が大きく見開かれる。

 

 そこに映し出されていたのは、まるで別人のような姿だった。

 かつての男らしい面立ちは消え失せ、代わりに桃色の柔らかな髪を持つ、まるで少女のような可愛らしい少年が鏡の中で佇んでいる。

 

「なんだよ……これっ……」

 

 素っ頓狂な声が再び診療所に響き渡る。

 その声を聞きつけ、村長のノーゼンを筆頭に、村人たちが次々と駆け込んでくる。

 彼らの表情には、深い安堵の色が浮かんでいた。

 

「アルト! 無事だったのか!」

「良かった、本当に良かった!」

 

 歓喜の声が重なり合い、アルトは無事を喜ぶ村人たちに囲まれる。

 それは大切な家族の一員が危機から生還した時のような、温かい歓迎だった。


 アルトは村人たちの声に耳を傾けながら、徐々に混濁していた記憶が整理されていくのを感じていた。

 アルスフリートとしての主人格に、この3年間のアルトとしての記憶が溶け込んでいく。


「皆、アルトはまだ病み上がりだ。ほどほどにな」


 遅れてやってきたノーゼンが、心配そうに声をかける。

 白髪混じりの髭を蓄えた老村長の目には、我が子を見るような慈愛の色が浮かんでいた。

 彼はそっとアルトの隣に腰を下ろすと、優しく声をかけた。

 

「怪我の具合はどうだ、まだ痛むか?」

「これくらいの傷、大したことねぇ……こほん、全然平気です、ノーゼンさん」


 “アルスフリート”としての口調で返事をしようとしたところで、不意に思い留まる。

 今の自分は村人たちから見ればしがない一人の少年“アルト”でしかないのだ。

 いきなり真実を打ち明けるわけにもいかず、“アルト”としての口調を記憶の断片からトレースし、慎重に言葉を紡ぐ。


「大したものだ。強くなったな、アルト」

「それで、レスターさんは無事なんですか?」

「うむ、それなりの怪我ではあるが、命に別状はない。儂は止めたのだが、もう動けると言って昨夜から村の見張りに参加しておるよ」

「そっか、良かった……災魔(ハザード)は?」

「心配するな。その件については、既に術式師(コーディアン)の救援を要請しておる。もうすぐ到着するだろうから、後は任せなさい」


 ノーゼンは村人たちを連れて、再び見張りの任務に戻っていった。

 部屋に一人残されたアルトは、静かに診療所の机に腰掛ける。

 窓から差し込む朝日が、埃っぽい診療所の空気を金色に染めていた。


(「いや、今は考えるより先に、やるべきことがある」)


 彼は机の引き出しを漁って、数年分の新聞の束を取り出した。

 ルーネスハーベンのような都会では、既にデバイスを介した魔導式の投影資料が主流となっている。

 

 しかし、この片田舎では未だに紙の新聞が現役だ。

 今のアルトにとって、それは思わぬ幸運だった。

 

(「そうか、あれから3年……経ったのか」)


 目を通すたびに、驚愕の表情が浮かぶ。

 アルスフリートとしての記憶を取り戻した今、新聞を読む目線は全く異なるものとなっていた。


 ランクSの術式師(コーディアン)として活躍していた彼にとって、3年間で大きく変わった状況は、まるで別世界のようだった。

 時代に取り残されたような疎外感を感じながらも、彼は必死にある事件の痕跡を探し続けた。


(「あった……!」)


 それはちょうど3年前、ギルド【フリューゲル】襲撃事件の記事だった。

 しかし、その見出しは予想外に小さく、内容も驚くほど控えめだ。

 期待していた白鬼面の男や《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》については、一切の言及がない。

 それどころか、事件そのものがギルド内の内輪揉めとして処理され、あっさりと終結扱いになっていた。


(「くそっ!」)

 

 拳が机を打つ音が、静かな診療所に響き渡る。

 巧妙に姿を隠した白鬼面の男への怒りと、闇に葬られた事件への悔しさが胸中で渦を巻く。

 新聞には、十数名のギルドメンバーが犠牲となり、ギルド長のディアーナを含めた数名が未だ行方不明であることが淡々と記されているだけだった。


 そして最後に、ギルド【フリューゲル】は、ギルド長とランクSのエースを失い、さらにはギルドメンバーの不祥事(・・・)という理由を以て、解体に追い込まれたと結ばれていた。

 まるで、全てが計画通りに運んだかのような報道ぶりに、胸が締め付けられる。


(「帰る場所は、もう無いか……いや、あったとしても、帰れないよな、これじゃあ」)

 

 アルトは再び姿見を眺め、以前とはあまりにもかけ離れた姿を見て溜息を吐いた。

 180cmを超えていた身長は140cm程度に縮み、筋肉質だった体つきも今や見違えるほど華奢で繊細だ。

 アウトローな相手すら道を譲るほどだった威圧感はすっかり消え失せており、この可愛らしい顔面では必死に睨みつけても威圧感どころか愛嬌にしかならない。

 

(「あいつめ、生き返らせてくれたことは感謝するが、こんな姿にしやがって……!」)

 

 3年前、死の間際に聞こえたくすくすと笑う声が脳裏に蘇る。

 その記憶と共に、行き場のない感情が込み上げてくる。

 

(「転生を可能にする術式(コード)なんて、例外なく禁術指定だ。今の俺がアルスフリートであることを証明できたところで、その瞬間に魔導犯罪者(マヴィアラン)の仲間入り、捕まれば無期限で豚箱行きだろうな……」)

 

 答えの出ない思考に疲れ果て, アルトは診療所を出ることにした。

 じっとしているのは性に合わない。村の中を歩き始めると、低くなった目線の位置に今更ながら違和感を覚える。

 身体的な変化による違和感は、きっと時間が解決してくれるだろう。


 しかし、より深刻な問題がある。

 昨日の災魔(ハザード)との戦いを思い返す。

 意識が朦朧としていたとはいえ、以前の自分なら数秒で片付けられた相手に苦戦を強いられた。

 実力の大幅な低下は、否定しようのない現実として突きつけられている。

 

「はぁ……」

 

 術式師(コーディアン)としてのアイデンティティの喪失に、深いため息が漏れる。

 そんな辛気臭い様子で歩いていると、見知らぬ声が背後から聞こえてきた。

 

「君が災魔(ハザード)に襲われた子で合っているかい?」

 

 振り返ると、見知らぬ制服に身を包んだ茶髪の青年が立っていた。

 胸元で光るエンブレムが、彼が術式師(コーディアン)であることを物語っている。

 

 救援要請に応じて派遣された者に違いない。

 アルトは咳払いをして、何も知らない子供のふりを装う。


「……ええ、そうですが」

「名前は……アルト君、だったかな? 早速だけど、君に聞きたいことがあるんだ」


 青年は興味深そうにアルトの全身を見回すと、気取った様子で尋ねてきた。

 自信に満ち溢れた口ぶりから察するに、術式師(コーディアン)としてそれなりの実力は持っているのだろう。

 しかし、その姿に感じたのは、どこかで見たような既視感だった。

 

(「こいつ、どこかで見たことがあるような……」)

 

 転生前の記憶を手繰り寄せようとするが、まだ霧の向こうにあるように、はっきりとは思い出せない。

 アルトが怪訝な表情を浮かべているのを見て、青年は慌てて取り繕うように口を開いた。

 

「おっと失礼、まだ名乗っていなかったね。僕はギルド【オルフェウス】第七部隊に所属する術式師(コーディアン)、パトリック・ルイス・デ・ベルナールさ。よろしく頼むよ」

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