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Code:015 オーバーラップ②

 * * *

 

 ──俺はあの日、確かに死んだはずだ。

 

 ゆらゆらと揺れる炎の中で、朧げに消えゆく意識。

 あの日、ベレンダール跡地は白鬼面の男が仕掛けた術式(コード)によって、地獄の業火に包まれていた。

 血まみれの体が地面に横たわり、視界は赤く染まっている。


 痛みはもう感じない。

 ただ、意識が遠のくような感覚だけが、彼の脳裏に漂う。

 走馬灯のように駆け巡る過去の記憶は、死の間際であることの証だろうか。


 白鬼面の男との戦い、セティリアとの最後の会話、そして、ギルド【フリューゲル】での日々。

 全てが遥か遠い昔のことのようで、懐かしさすら覚えるほどだ。

 

「ごめんな、セティ……」

 

 掠れた声が、燃え盛る炎の音にかき消される。


 死への恐怖はなかった。災魔との戦いに身を投じた幼い頃から、寿命を迎える前に死ぬかもしれないということは覚悟の上だった。


 それでも、心残りはある。自意識過剰かもしれないが、セティリアにとって自分の存在は決して小さいものではないだろう。


 こんな別れ方をして死んだとなれば、多かれ少なかれ、彼女に傷を残してしまうことは間違いない。

 その後悔が、最後の一瞬まで彼の心を締め付けていた。


「行く所は、地獄か……」

 

 やがて、緩慢な静寂が訪れる。

 炎の音も、自身の心臓の鼓動も、全てが遠のいていく。


 そんな中で、不意に聞こえてきたのはゆっくりと近づいてくる足音だった。

 きっと、死神が自分を迎えに来たのだろう。

 アルスフリートは諦めと安堵が入り混じった複雑な思いで、その足音に耳を傾ける。


 足音は彼のすぐそばで止まった。

 そして、意外にも人間味を帯びた甘い声で、妖しく囁いた。


「ねぇ、君は──生まれ変わるなら、何になりたい?」


 喋ることもできないほどの重傷の上、四方を包む熱波に喉は灼かれて、声を上げることすら叶わない。

 しかし、この問いかけに、彼の心の奥底で何かが反応する。

 答えを返さないといけないような使命感に駆られて、声にならない声で彼は答えた。

 

「……復讐者」

 

 辛うじて絞り出された言葉に込められたのは、白鬼面の男への怒り、否、自分の無力さに対する強烈な憎しみだった。

 足音の主はそれを聞いて、くすくすと笑う。


「面白いね、君は。その願い、叶えてあげようか?」


 その声には、どこか楽しげな響きがあった。

 まるで、面白いおもちゃを見つけた子供のように、無垢に、無邪気に、無遠慮に。


「君はもうすぐ死ぬ。だから、…の……を貸してあげるよ」

 

 足音の主は、術式矢(アローコード)に射抜かれたアルスフリートの心臓部に手を当てる。

 その手から、不思議な温もりが伝わってくる。


 ぼやける視界でその姿を垣間見れば、それは桃色の髪をした小柄な子供の姿。

 彼は何かを呟くように口元を動かすと、次の瞬間、謎の術式(コード)が展開された。

 傷口を中心に、アルスフリートの体を包み込むように、淡い光がどんどんと広がっていく。

 

「それじゃあ、さようなら、復讐者さん」


 その言葉を最後に、アルスフリートの意識は完全に遮断された。

 光に包まれた彼の身体は、割れたガラスのように砕け散り、無数の光の粒子となって夜空へと消えていった。


 それが、思い出せる最後の記憶だった。


 * * *


 目の前で大きな口を開け、捕食の態勢に入った災魔(ハザード)

 その光景が、ランクS術式師(コーディアン)・アルスフリートとしての記憶を呼び起こす。

 今はアルトという名の少年の身体に宿る魂は無意識のうちに反応を示し、引き金を引くように言葉を紡いだ。


術式駆動(コード・オン)

 

 混濁する記憶の中で、アルトの体は勝手に動き出していた。

 魔導粒子(マギオン)が渦を巻き、アルトの体内で魔導回路(サーキット)が急速に活性化していく。


 だが、術式(コード)の使用に慣れていない未熟な魔導回路(サーキット)に対して強すぎる負荷は連鎖する痛みとなって全身を駆け巡り、分不相応な力の行使を止めさせようと警鐘を鳴らした。


「っ……!」


 痛みに顔を顰めつつも、アルトは術式(コード)の構築を止めようとしない。

 魔導回路(サーキット)を半ば暴走させながら魔導粒子(マギオン)を繋ぎ合わせ、強引に術式(コード)を組み上げていく。


 その様子は、まるで小さな容器に大量の水を注ぎ込もうとしているかのようだった。

 本来ならば、不可能であるはずの試み。けれども、彼の手の中で形作られた術式(コード)は次第に勢いを増し、やがて燃え盛るようなオーラを放ち始める。


 術式(コード)を制御するのは顕在意識ではなく潜在意識の領域だ。

 最高峰の術式(コード)を使いこなしてきたアルスフリートとしての記憶がそれを「できるもの」として認識している以上、そこに不可能はない。


 目の前の敵を倒さなければならないという強い衝動に支配されるがままに無我夢中で術式(コード)の構築を続け、やがてそれは完成形として形を成す。


 グオォォォッッッ!


 再び咆哮を上げ、災魔(ハザード)がアルトに飛びかかる。

 より強まった魔導粒子(ハザード)の奔流に触発されたのか、その動きはこれまでよりもさらに俊敏で獰猛だ。


 しかしながら、その時すでにアルトの術式剣(サーベルコード)は完成しており、(きっさき)災魔(ハザード)に向けて突きつけられている。

 

(あか)耀(かがよ)え、(ほむら)(さざなみ)──《波打つ獄炎(ヴァンブレージュ)》……!」


 暴れ馬のように空中を這い回る焔の波が災魔(ハザード)の外殻を貫いた。

 時間差で激しい爆発が起こり、轟音と共に巨体が宙を舞う。

 地面に叩きつけられた災魔(ハザード)は、口から黒煙を吐き出しながら小刻みに痙攣していた。

 

「やった……のか?」

 

 レスターの声が安堵に震える。しかし、気を緩めるのはまだ早い。

 災魔(ハザード)が完全に力尽きた時は全身が空気中の魔導粒子(マギオン)と同化し、霧状になって跡形もなく消滅することを、かつて都会のアカデミーで魔導学を履修した彼は知っている。


「いや、奴はまだ……!」


 そして、強力な術式(コード)を放った直後のアルトの体には異変が起こっていた。

 魔導回路(サーキット)の酷使による反動が全身を襲い、激痛と共に視界が歪み始める。膝から崩れ落ち、アルトの意識はすっと遠のいていった。


「アルト!」


 レスターは咄嗟に駆け寄り、アルトの体を抱き止める。

 彼の額には冷や汗が滲み、呼吸は荒く苦しそうだった。

 

「良かった、まだ息はある……!」

 

 アルトを背負ったレスターは、よろよろとした足取りで逃走を開始する。

 背後では災魔(ハザード)が徐々に体勢を立て直しつつあった。

 地面の上をもぞもぞと動いており、放っておけばやがて立ち上がってくることだろう。


 もはや一刻の猶予も許されない。

 山道を転がるような勢いで下りながら、レスターは必死に村を目指す。

 腕の怪我が痛み、息は上がる。

 それでも、彼は前に進み続けた。

 

「もう少し……もう少しで村だ……!」

 

 やがて、遠くにグリンベール村の輪郭が見えてきた。

 レスターは最後の力を振り絞り、声を張り上げる。


「誰か! 助けてくれ!」

 

 その叫び声に、村人たちが駆けつけてきた。

 彼らは怪我を負ったレスターと気を失ったアルトの姿を目にして、驚愕の声を上げる。


「レスター! アルト! 何があったんだ?」

「どうしたんだ、その傷は!?」

 

 村は一瞬にして騒然となった。

 レスターは息を切らしながら、断片的に状況を説明する。


災魔(ハザード)が……山道に現れた……!」

「なにっ!?」

「アルトが災魔(ハザード)と戦って、怪我を……!」

 

 その言葉に、村人たちの表情が凍りつく。

 恐怖と不安が瞬く間に広がっていく。

 

災魔(ハザード)が近くまで来ているのか!?」

「どうすれば……!」

「それより、アルトは無事なのか!?」


 死をもたらす脅威が迫っていることを知ってパニックに陥りかけた村人たちを、威厳ある声が制した。


「落ち着け、皆の衆!」

 

 村長のノーゼンが、毅然とした態度で前に出る。

 

「2人を診療所へ! 手が空いた者は村の見回りをするのだ!」

 

 ノーゼンの冷静な指示に、村人たちは我に返る。

 彼らは素早く動き始めると、各々の作業に取り掛かった。

 それを見届けたノーゼンは深く息を吐くと、村に一台しかない連絡用の通信デバイスを手に取った。

 

「まずは近隣のギルドに連絡せねば。術式師(コーディアン)、早く来てくれれば良いが……」

 

 手慣れた動きでデバイスを操作すると、すぐに接続音が鳴り、やがて向こう側から声が聞こえてくる。

 

「こちらギルド【オルフェウス】。どのようなご用件でしょうか?」

「こちらグリンベール、村長のノーゼンだ。聞いてくれ、災魔(ハザード)が村の近くまで迫っている。至急、術式師(コーディアン)を派遣してもらいたい!」

「依頼を受け付けました。明日の早朝には、弊ギルドの術式師(コーディアン)が到着いたします」

「明日……どうにか今日中に到着することはできないか?」

「申し訳ございませんが、こちらも人手が不足しておりますので」

「そうか……可能な限り、早く頼むぞ」

 

 通信を終えたノーゼンはダメ元で他のギルドにも連絡してみたものの、今日中はおろか明日中の到着さえ不可能なギルドが大半だった。

 人手不足では仕方ないと思いながらも、深いため息をつく。


 無事に明日の朝を迎えることはできるだろうか、沈みかけた夕陽が村に影を落とし始めていた。

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