表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/177

Code:013 山奥の村にて②

 霧がまだ晴れやらぬ中、アルトとレスターは村を出発した。

 村人たちに見送られ、2人は森の中の山道へと足を踏み入れる。

 背中には大きな荷物を担ぎ、足取りは重い。


「気をつけて行ってこいよ!」

「無事に帰ってくるんだぞ!」


 村人たちの声が次第に遠ざかり、アルトは何度も振り返りながら、手を振って応えた。

 いざ一度、山道に入ると、そこは村とはまったく異なる雰囲気だった。


 鬱蒼とした木々が日光を遮り、苔むした岩や朽ちた枝が散らばる足元。

 森の中は不気味なほど静まり返り、小動物の気配を感じる程度で、それ以外はひんやりとした空気が漂っていた。


「ここを左に曲がって……その先はしばらく真っすぐだ」


 既に2時間ほど歩いただろうか。

 レスターは時折立ち止まり、地図を確認しながら進路を指示する。


 隣を歩くアルトは、どこか考え込んでいるようで、返事がない。

 レスターは足を止め、アルトの様子を気にかける。


「アルト、大丈夫か?」

「……はい、大丈夫です」


 言葉とは裏腹に、アルトの顔には疲れが浮かんでいた。

  村の外に出る経験がほとんどない彼にとって、体力的にも精神的にも負担が大きかったのだろう。


 レスターは柔らかい口調で励ます。


「もう少しで目的地が見えるはずだ。それまでの辛抱だ」

「はぁ、はぁ……ちょっと足は痛いけど、まだまだ平気です」

「歩けなくなったら言ってくれ。おぶってやるからな」

「もう、村のみんなもそうだけど、過保護すぎますって」


 アルトは苦笑いしながらも、どこか照れくさそうに頬を掻いた。


「みんな、君のことが本当に大好きなんだよ」


 レスターのその言葉に、アルトはふと立ち止まり、何か考え込んだような表情を浮かべた。


「ねぇ、レスターさん。聞いてもいいですか?」

「ああ、もちろん」


 アルトはしばらく口ごもった後、思い切って聞いた。


「村のみんなはどうして、余所者の僕にこんなに優しくしてくれるんですか?」


 その言葉に、レスターは驚いたように眉を寄せた。


「記憶がない、どこから来たのかも分からない得体の知れない子供を、普通は歓迎しませんよね?」

「誰かに、そう言われたのか?」

「いえ、でも、なんとなくわかるんです。みんなが、僕に気を遣ってることくらい」


 アルトの言葉には、子供らしさの影に隠された鋭い観察力があった。

 確かに、最初は村人たちの中に警戒心があったのは事実だ。

 何も知らない子供でも、大人の微妙な態度を感じ取ることは容易だった。


「優しさに理由なんてない、って言いたいが、それでは納得しないだろうな」

「まあ、そうですね」

「……そろそろ、お前にも話しておくべきか」


 レスターは深く息を吸い、重い表情で語り始めた。


「初めに言っておくが、私たちは皆、本当にお前のことを大事に思っている。その上で聞いてくれ」

 

 アルトはただならぬ雰囲気を感じ取り、口を(つぐ)んでレスターの話に耳を傾けた。


「かつてこの村の近くには、とある研究施設があった」

 

 レスターの声は、隠しきれないほどに震えていた。

 

「施設の中で何が行われているか、村の皆は薄々気づいていた。夜中に聞こえる、おかしな音。定期的に運び込まれる、人の大きさの荷物。誰の目にも明らかだった。一刻も早く、通報するべきだっただろう。けれども、施設を運営していた連中は、村に一つの取り引きを持ちかけたんだ」

「取引?」

「施設の存在を黙認する代わりに、村の周辺に災魔(ハザード)が現れた時は即座に処理する、とね」


 安全と引き換えに、沈黙を買われた。

 言葉にせずとも、取引の構造はアルトにも分かった。

 

「当時は魔導灯の性能も低く、災魔(ハザード)の被害も今とは比べ物にならないほど多かった。だから……私たちは、その取り引きに乗ってしまった」

 

 あの日の選択を語る声には、何年経っても薄れない自責の念が混じっている。

 

「そして、13年前。連中の仲間の悪行が各地で明るみに出て、大規模な摘発(てきはつ)があった。この村の施設にも捜査が入り、関係者は全員逮捕されたんだ」

「それで、解決したんですか?」

「忌むべき連中は消えた。だけど、私たちにとってはそこからが地獄だった」

 

 レスターの声が、一段と低くなった。

 

「施設の中身が明らかになった時……想像を絶する光景だったそうだ。私は直接は見ていない。見た者の中には、正気を保てなくなった者もいたと聞いている」

 

 言葉を選んでいる。子供に全てを伝えるべきではないと、この男は判断している。

 

「そして、施設から出た廃棄物が、長年にわたってあの川に流されていたことも分かった」

 

 あの川。アルトが流れ着いた、村の主な水源でもある川。

 

「私たちが毎日飲み、毎日使っていた水が……汚染されていたんだ。もっとも、今では水質も改善されているけどね」

 

 最後に付け足した一言は、アルトを安心させるためだろう。

 だが、レスターの口元に浮かんだ笑みは、苦いものだった。

 水質が戻っても、失われたものは戻らない。

 

「事実が公になった後、多くの村人が村を去った。当然だろう。誰だってそうする。残ったのは、私を含めたほんの一握りだけだ」

「レスターさんは、なぜ残ったんですか」

 

 アルトの問いは、率直だった。

 責めるでも同情するでもない、純粋な疑問として。

 レスターは少し考えてから、言葉を絞り出した。

 

「……逃げる資格がなかったからだよ」

 

 静かな声だった。

 

「私たちは知っていた。あの施設で、誰かが苦しんでいることを。それでも自分の暮らしを守るために、口を閉じた。その結果、たくさんの命が失われた。何の罪もない、子供の命が」

 

 最後の一言に、声が詰まった。

 

「去った者を責める気はない。だが、私たちは加害者だ。直接手を下さなくても、見殺しにしたことに変わりはない。だから、ここに残って、死んでいった子供たちを弔いながら生きていくと決めた。それが、せめてもの償いだと思ってな」

 

 アルトは黙って聞いていた。

 

「村に子供がいない理由も、それと無関係ではない。あの水を長く飲み続けた影響で……当時から住む私たちは、もう子供を授かることができない身体になっていた」

 

 その言葉を、レスターは淡々と口にした。

 怒りでも嘆きでもなく、とうに受け入れた事実として。


「そんな村に、ある日突然、お前が流れ着いた」

 

 レスターはゆっくりと振り返り、アルトの顔を見た。

 

「記憶のない、行き場のない子供が——あの川から」

 

 偶然にしては、あまりにも皮肉な巡り合わせだった。

 子供を見殺しにした村に、子供が流れ着く。

 彼らから子供を奪った川を通じて。

 

「だから、私たちはノーゼンさんと話し合って決めたんだ。今度こそ、目の前にいる子供を守ろう、と。亡くなった子たちに顔向けできるように、せめてこの子だけは、と」

「大変だったんですね、みなさんも」

「驚かないんだな、君は。少しくらい、軽蔑してくれてもいいんだぞ?」

「それとこれは別問題です。皆が僕に親切にしてくれたのは事実ですから」


 意外にも冷静なアルトを見て、この子はもう大人になりつつあるのだと感慨(かんがい)に浸る。

 その反面、自分たちのエゴと贖罪(しょくざい)に付き合わせてしまったことへの罪悪感が、胸に重くのしかかる。


 そんな思いを抱えながらも、二人は再び無言で歩き続けた。

 しばらくすると、木々の間から人工物が見え始めてきた。


 目的地は、すぐそこだ。


「見えるか、あれが導力灯だ」


 木々の合間から見えたのは、人の背丈ほどの金属製の塔だった。

 頂上には大きな球体が取り付けられていたが、今はその光が消え、沈黙している。


「早く修理を始めよう。アルト、周りを見張ってくれるか?」


 アルトは緊張した面持ちで頷き、周囲の警戒を始めた。

 レスターは熟練の手つきで導力灯のパネルを開き、中の機構を調べる。


「やはり、内部の結晶が劣化しているな……これを交換すればなんとかなるだろう」


 レスターが作業を進める間、アルトは辺りの異様な空気に身を(すく)ませていた。

 風で揺れる木の葉の音や、遠くから聞こえる鳥の(さえず)りが、普段よりも不気味に耳に響き渡る。


 五感が研ぎ澄まされ、微妙な違和感が体に広がる。


「レスターさん、あとどれくらいですか?」

「もう少しだ、あと10分もあれば……」


 その時だった、身の毛がよだつような気配を感じたのは。

 

 アルトは再び周囲を見回す。

 木々の間から漏れる風の音が、まるで誰かの囁きのように聞こえる。


 まるで本能的に危険が迫っていることを知らせるように、血管がドクドクと脈を打つ。

 

 直後、地面がじわりと震え始めた。


「なんだろう、この揺れは……?」


 レスターもその異変に気付き、作業を止めて周囲に目を向ける。

 振動は、次第に大きくなり、地面全体が揺れ始める。


「何か……来てる……?」

「まずい、これは……!」


 レスターの顔が青ざめる。

 彼は慌てて作業道具を放り出し、アルトの手を掴んで木陰へと身を隠した。


 音が近づいてくる。

 重々しい足音が響き渡り、木々を押し分けるように巨大な影が現れた。


 それは、人間の数倍の大きさを誇る巨体の怪物だった。

 全身が黒と白の硬質な外殻で覆われ、鋭い刃のような肢体を持つ。

 その頭部と腹部には大きな口が開いており、鋭い牙がぎらりと光を反射している。


災魔(ハザード)……!」


 声にならない声を上げようとする口を、必死の形相で塞ぐ。


「なんてことだ……こんな時に限って……!」


 2人は茂みに身を潜め、息をひそめる。

 しかし、災魔(ハザード)が人間を見つける手段は視覚ではない。


 奴らは空気中の魔導粒子(マギオン)を感知し、その流れを辿って人間の居場所を探知することができる。

 隠れたところで、見逃してもらえる可能性はごく僅かだろう。


 やがて、災魔(ハザード)はその鋭敏な感覚でアルトとレスターを捉えると、巨大な口を開き、地響きのような咆哮を上げた。


「……気付かれた!」


 その瞬間、レスターはアルトに叫んだ。


「逃げるぞ、走れ!」


 轟音が耳をつんざく。

 2人は茂みを飛び出し、一目散に走り出した。


 背後から災魔(ハザード)の鈍く重い足音が迫る。

 地面が震え、木々の間を駆け抜ける2人の足元に、地鳴りが追いかけてくる。


「早く!」


 レスターは必死にアルトを先に促すが、災魔(ハザード)の足音は止まらない。


 その音は、まるで判決を告げる木槌の音のように冷たく、容赦なく二人を追い詰めていく。


 山道に木霊するその轟音は、次第に二人の背後でさらに大きく、重くなっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ