Code:105 審問の鎖①
「い、いや、だから違うって言ってるでしょ!」
頬に熱が集まり、視線が定まらない。
普段あれほど堂々と構えている彼女が、今は手の置き場さえ見つけられずにいる。
凛々しさは剥がれ落ち、そこにあるのは恋心を暴かれた年頃の少女そのものだった。
「ウチはただ、後輩の成長を見守る立場として——」
「へぇ、後輩の成長、ねぇ」
ヴァラムが意味ありげに言葉を引き伸ばす。
嘘を、既に見抜いているかのように。
「じゃあ、なんで君は彼の姿を追っていたんだい? 物陰でこそこそと、まるでストーカーだ」
「そ、それは——」
言葉が喉に詰まる。図星を突かれた顔を取り繕う余裕すら、もう残っていない。
誰が誰に恋しているかなど、一目瞭然だった。
「確か君、彼の指導役から外されたんじゃなかったっけ?」
ヴァラムの笑みが深まる。そして——右手をゆっくりと持ち上げた。
「面白いものを見せてあげよう」
パチン、と指を鳴らす。
瞬間、光が痩せ細り、ヴァラムの手元から漆黒の闇が湧き出す。
先ほど同じ、闇より出でる一本の鎖。
だが、異なるのは各節に刻まれた、見慣れない紋様。
「《彼岸の呪鎖》」
術式名を告げた途端、鎖が動いた。
身構える間もなく、それはミラフィスの右手首に絡みつく。
骨の芯まで沁みる冷気が肌を這い上がり、一拍遅れて背筋に悪寒が走った。
「何なの、これ!?」
左手で引き剥がそうとするが、鎖は皮膚に癒着したように離れない。
触れた端から、重だるい感覚が腕全体に広がっていく。
「この鎖には、虚実を見抜く力がある」
「どういうこと……?」
訝しげに鎖を見下ろすミラフィス。
一見、不気味なだけの術式にしか見えない。
だが、肌に触れる部分から伝わる異質な圧力が、これが並の術式ではないことを告げていた。
「そんな都合のいい術式があるわけ——」
「信用していないようだね」
ヴァラムが一歩踏み出す。
漆黒を背負ったその佇まいに、芝居がかった大仰さが滲む。
「では試してみようか。まず簡単な質問から」
穏やかな口調。だがその瞳に灯った色は、穏やかとは程遠い。
「君の名前は?」
「今更何なの?」
「まあまあ」
「……ミラフィス・フロレンシア」
鎖に変化はない。黒い光沢を湛えたまま、静かに手首を締め付けている。
「所属は?」
「【オルフェウス】第七部隊」
やはり変化はない。真実を語る限り、鎖は沈黙を守るらしい。
ミラフィスの警戒が、ほんの僅かに緩んだ——その隙を、ヴァラムは見逃さなかった。
「では——」
空気が変わった。遊びは終わりだと宣告するように。
「君は、アルトのことをどう思っている?」
「べ、別に、普通の後輩として——」
瞬間、鎖が赤く変色した。
血のような深紅の光が鎖全体を包み込み、不気味に脈動する。
まるで心臓の鼓動のように、規則正しく明滅を繰り返す。
「!?」
息が止まる。
赤い光はミラフィスの虚勢を、容赦なく一枚ずつ剥がしていく。
「へえ」
ヴァラムが口元に手を当てる。
「この鎖は、縛った相手が嘘を吐くと赤く光る。真実から遠ざかるほど、光は強くなる」
「や、やめ——」
「与えるダメージも然り……なんて、流石にチームメイトにそれはしないよ。ただ、君は彼のことを、ただの後輩だなんて微塵も思っていないようだね」
容赦のない断定。ミラフィスの頬が、鎖の深紅よりもなお赤く染まる。
「次の質問。君は彼に、特別な感情を抱いている?」
「そ、そんなことない!」
鎖が弾けるように光った。
闇が一面の赤に染まり、二人の影が黒い水面に焼きつく。
「おやおや」
「だから違うって——」
「君は、彼のことが好きだ」
断定的な質問だった。
ミラフィスは反射的に口を開きかけ、しかし手首の鎖を見て、言葉を飲み込んだ。
何を否定しても、この鎖が本心を晒してしまう。
抵抗は無意味だと、身体が先に悟っていた。
「彼が他の女性と話していると、嫉妬する?」
「し、しない!」
赤い閃光。
「彼のことを考えると、胸が苦しくなる?」
「……」
沈黙。答えるまでもなかった。
伏せた睫毛と微かに震える肩が、全てを語っている。
ヴァラムは満足げに頷くと、とどめの質問を投げかけた。
「夜な夜な、彼のことを思って——」
「ちょ、ちょっと待って!」
悲鳴に近い声だった。
「そ、それ以上は——」
「何を想像してるのかな?」
ヴァラムがけらけらと笑う。
「僕はただ、彼の身を案じて夜も眠れないのかと聞こうとしただけなんだけど」
「う……」
顔から湯気が出そうだった。
完全に手のひらの上で転がされていたと気づいたところで、もう何もかも手遅れだ。
羞恥で視界がぼやけ、視線は地面に縫い付けられたまま動かない。
「想像以上にぞっこんじゃないか」
追い打ちをかけるように、ヴァラムが続ける。
「堅物の君が、夜な夜な彼のことを思って、ねぇ」
「そ、そんなこと……」
力のない否定と共に、鎖がまた赤く光った。
「まあ、人様のプライベートは否定しないけど」
とどめの一言。
ミラフィスは深く俯いた。
垂れた金髪が、人に見せられない有り様と成り果てた顔を隠す。
「もう、いっそ殺して……」
消え入りそうな声。
物理的にはノーダメージでも、精神的には再起不能なレベルに打ちのめされた少女がそこにいた。
けれども——次にヴァラムが口を開いた時、そんな茶番を終わらせるかのように、場の空気が一変した。




