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Code:011 禁じられた術式②

 * * *


 災魔(ハザード)との戦いは数時間に及んだ。

 夜明けの陽射しが地平線からゆっくりと射し込もうかという頃、顕現門(ゲート)は力を失い、静かに消えていった。

 

 たった数時間、されど、その間に地上に生み落とされた災魔(ハザード)の数は百を超えている。

 無数の残骸(ざんがい)が転がり、魔導粒子(マギオン)の煙と化して天に昇って行く中で、アルスフリートはふらつきながらも立ち()くしていた。


「見たかよ、クソ野郎」


 ぼろぼろに破けた上半身の隊服を肩にかけると、刻まれた無数の傷が顔を出す。

 これほどの深手を負ったことはいつ以来だろうか。

 しかし、百を超える災魔(ハザード)の群勢を相手に少女を守りながら戦ったのだから、生きているだけで奇跡と言えるだろう。


 ベレンダール跡地には、静寂が戻りつつあった。

 不思議と災魔(ハザード)たちが破壊の対象としなかった祭壇だけが綺麗に残る中、アルスフリートは未だ眠っているセティリアに寄り()って腰を下ろした。

 

 彼女の首元に浮かび上がる紋様にそっと触れると、術式(コード)を構築する時の逆の要領で力を込め、それを取り払う。

 苦しげな呼吸が落ち着いたのを確認すると、安堵(あんど)の表情を浮かべ、すやすやと眠る彼女の(ほお)を撫でた。

 

 だが、その安堵も(つか)の間、狂気を(はら)んだ声が背後から聞こえてくる。


「想像以上だ、やはり君は素晴らしい……!」


 空虚な賞賛の言葉とわざとらしい拍手は、彼の神経を逆撫でするのに十分だった。

 アルスフリートは言うことを聞かない身体を(ふる)い立たせ、再び現れた白鬼面の男に立ち向かう。


「小細工は、もう終わりか?」

「ああ、これ以上は必要ないさ。君は実力を証明したんだ。改めて言おう、君の力が欲しい。私と一緒に来い、アルスフリート」

「……同じことを、何度も言わせるな」


 再び投げかけられた《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》への誘い。

 それをアルスフリートが断固として断ると、白鬼面の男は分かっていたように、半ば諦めたように嘲笑(わら)った。


「そう言うと思ったよ」

「なら、とっとと()せろ」

「良いのかい? 君の大切な教え子がどうなっても?」

「何を言って……っ!?」


 セティリアはもう取り戻したはず、そう思って手元を見た時、そこに居たのはセティリアではなかった。

 まるで最初からそうだったかのように、彼の腕の中には古ぼけて糸が(ほつ)れた子供用の人形が収められていた。

 

幻覚術式(ファントムコード)さ。最初から本物はこっち、君はそのボロ人形を守るために無理をして、そこまでの傷を負ったというわけだ」


 白鬼面の男は気絶したままのセティリアの首根っこを掴み、騙された間抜けを煽るように口角を上げる。


「テメェっ……セティを離せっ!」

「おっと、動くなよ? この綺麗な顔に、傷を付けたくなければね」


 闇属性の術式剣(サーベルコード)が、セティリアの喉元に突きつけられた。

 万全の状態ならともかく、消耗しきった今のアルスフリートにセティリアを救い出す手立てはない。

 白鬼面の男はそれを知ってか、追い詰めるように次なる術式(コード)を展開する。


「執行しろ──《愚者を射殺す処刑台キルティーロ・ザ・フール》」


 攻撃対象を中心として、半球を描くように張り巡らされた魔導陣。

 そこから無数の術式矢(アローコード)が発射され、アルスフリートの全身を射抜いていく。


「ぐあぁっっ!」

「流石は最高傑作、しぶとさも大したものだ」


 百体を超える災魔との激闘に加えて、人質を取られた状態で受け続ける強烈な術式矢(アローコード)の嵐。

 致命傷と呼べる段階は既に通り過ぎている。白鬼面の男は抵抗すらままならないアルスフリートをじっと見つめ、虚無感に(ひた)るように呟いた。


 そして、アルスフリートが自らの血溜まりの上へ倒れ伏した頃、眠り姫も(ようや)く目を覚ます。

 

「あれ……わたし…………うう……おにい、ちゃん?」


 セティリアは虚ろな目をこすりながら、眼前に広がる景色をゆっくりと見渡す。

 彼女の記憶は数時間前で途切れているゆえ、今の状況を飲み込むまでには時間がかかるだろう。

 けれども、眼前で起こっている惨劇(さんげき)を目の当たりにして、少女の悲鳴が響き渡るのに、そう時間はかからなかった。


「う、そ…………いやぁぁぁぁっっっっ!」


 白鬼面の男は愉悦(ゆえつ)の表情を浮かべ、セティリアを掴んでいた手を離す。

 足をもたつかせながら倒れ伏したアルスフリートに(すが)りつき、泣き叫ぶ声が残響(ざんきょう)となって静寂(せいじゃく)を破る。

 けれども、返ってきた言葉は弱々しく、死の間際(まぎわ)が迫っていることを暗示していた。


「セ、ティ……」

「おにいちゃんっ……! すぐにっ……手当てするからっ……! 死なないでっ……!」


 セティリアは必死になって止血をしようと試みるが、戦いのダメージが蓄積し、噴き出す血さえ残っていないほどの傷口が塞がることはなかった。

 それでも、彼女は制服の袖を押し当てるようにしながら、必死に傷口を押さえ続ける。

 

「まだ息があるとはな。そこを退()け、小娘」

「おにいちゃんっ、しっかりしてっ……!」

「そいつはもう手遅れだ。君も、それくらい分かるだろう?」

「そんなことっ……ない……もん……!」


 振り向いたセティリアの顔は涙と鼻水に(まみ)れ、恐怖と焦燥(しょうそう)で声は震えていた。

 幼い少女の精神には過酷すぎる恐怖と焦りによって、四肢はろくに言うことを聞かない。

 けれども、セティリアはアルスフリートの手をぎゅっと握ったまま、白鬼面の男を(にら)みつけて反抗の意志を示す。

 

「邪魔をするなら、君から先に殺すぞ?」

「やめてっ……おにいちゃんは……わたしが守るんだっ……!」


 セティリアはそう叫びながら、右目の眼帯を自ら取り払った。

 極限まで追い詰められた精神状態は、いとも容易く魔眼の暴走を引き起こす。

 それは、白鬼面の男にとって唯一の誤算だっただろうか。


 次の瞬間、空間が捻じ曲がるかのような勢いで衝撃波が巻き起こる。

 白鬼面の男は咄嗟(とっさ)術式盾(シールドコード)で防ごうとするが、暴走した魔眼の力はガードを貫き、彼の身体を後方の木々へと叩きつけた。

 

「くっ、魔眼持ちかっ!?」

「今すぐ消えてっ、わたしたちの前からっ! 聞いてくれないなら、もう一度っ!」

「いや、所詮は子供。付け焼き刃の力など、恐るるに足らんな」

「……あ、あれっ……そんなっ……」

 

 セティリアは魔眼の力を再び使おうとするが、その右目に輝きはない。

 それもそのはず、異能(ギフト)にせよ術式(コード)にせよ、制御下にない暴走は魔導粒子(マギオン)の消耗が激しいものだ。

 成熟しきっていない未成年であれば、1回の暴走で魔導粒子(マギオン)を使いきり、魔導回路(サーキット)がショートしてしまうことはむしろ自然なことだろう。


「どうする、小娘よ」

退()かない……っ! 絶対に……っ!」

 

 白鬼面の男にとって、力を失った2人を始末することは容易いことだった。

 しかし、圧倒的な実力差があってなお両手を広げて立ち塞がってくるセティリアに思うところがあったのか、彼は少しの間思案した後、振り上げた攻撃の手を止める。

 そして、2人に背を向けると、(おもむろ)(きびす)を返した。

 

「ふふっ、はははっ! (そろ)いも(そろ)って、気に(さわ)る奴らだ。まあいい、その度胸に免じて、最後の時間をあげようじゃないか。せいぜい別れの挨拶でも済ませておくことだ」


 そう言い残すと、白鬼面の男は指を軽く鳴らし、その姿を(くら)ました。

 悪夢の権化は、過ぎ去ったのだろうか。


「セティ……逃げろ……」

「え……!?」

「奴は……この村ごと……破壊するつもりだ……」


 直後、廃村のあちこちから、弾けるような破裂音が聞こえ始めた。

 (そび)え立つ祭壇はヒビが入って崩れ始め、立ち並ぶ廃屋には火花から引火した炎が次々と広がっていく。

 それが白鬼面の男が仕組んだ最後の罠、広範囲に影響を与える最上位の術式(コード)であることに、アルスフリートは気付いていた。

 

「ごめんね、おにいちゃん……全部、わたしのせいだ……。やっぱりわたし、疫病神、なんだね……」


 燃え盛る建物に囲まれる中、セティリアは逃げようともしない。

 もう身体を動かす体力すら殆ど残っていないアルスフリートを膝枕の姿勢で抱いたまま、(いつく)しむように彼の頭を()で続けていた。


「早く……行け……!」

「ううん、約束したでしょ? ずっと一緒だって」

「ダメだ……お前は……逃げてくれ……」


 そう言いながらも、セティリアはこうなったら梃子(てこ)でも動かないことをアルスフリートは知っている。

 

「最後まで、一緒にいるからね……大好きだよ、おにいちゃん」


 セティリアはその言葉に続けて、アルスフリートの唇にキスをした。

 倒壊していく建物から飛び散った火花が、まるで祝福でもするかのように2人を包む。

 

「そうか……ありがとな……セティ……」


 それに応えて、アルスフリートも彼女の顔に手を伸ばした。

 そして、最後の力を振り絞って、術式を展開した(・・・・・・・)

 

「あっ…………」


 セティリアの身体を淡い光が包み、ふわりと宙に浮くような感覚に支配される。

 自身に掛けられた術式(コード)が一体何であるのかは、術式師(コーディアン)見習いの立場であってもすぐに分かった。

 

「なんで、嫌だよっ……!」


 転位術式(トランスコード)、術者または対象を流体状の魔導粒子(マギオン)で包み、数km先まで光速で移動させる術式(コード)だ。

 残り僅かな力を振り絞れば、辛うじて1人分の身体を転位させることは可能だろう。

 

「お前を……死なせはしないさ……」

「ずっと一緒だって……言ったのにっ……!」


 セティリアはアルスフリートの腕を握って涙ながらに抵抗するが、起動した術式(コード)(あらが)えるほどの力は彼女になかった。

 

「酷いよっ……こんなの……どうしてっ……!」

「じゃあな……セティ……」

「待って、おにいちゃ── ── ── ── 」

 

 転位術式(トランスコード)が展開される。

 泣き叫ぶ言葉は、そこで聞こえなくなった。セティリアの声が聞こえなくなると同時に、薄れていた意識はすうっと遠のいていく。

 辺りに広がる爆発音が激しくなったことも、燃え盛る炎の熱波が迫っていることも、彼には感じ取れていなかった。

 

 けれども、幻聴だろうか。

 アルスフリートは死の間際、確かに声を聞いた。

 それはどこかで聞いたような、どこか懐かしい、不思議な声。

 

 意識が途切れる直前、声の主はアルスフリートの耳元で、こう言った。


「生まれ変わるなら、何になりたい?」

【第1章-①完結:あとがき】


 ここまでお読み頂きありがとうございます!

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 第1部完結(250話予定)までノンストップで毎日投稿しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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